声優にならなかった私。②
佐久間稀莉。
16歳の俳優だ。たまたまテレビのCMで見かけて可愛いなと思っていた。芯があって強気な感じがいい。大人びた感じがありながら、無邪気な笑顔が可愛い。
でも普通の役者さんと同じで「可愛い」と思ったものの、そこまで彼女に興味を持つことはなかった。
――彼女が主演したアニメを見るまでは。
私は学生の頃からオタクであった。
中学の陸上部、高校の吹奏楽部時代に周りに漫画、アニメ好きが多かった影響もあるかもしれない。
『これ読みなよ』『は? シンプリ見てないの? 人生損しているよ』『声優のなっぴーくんが可愛くて、ほら奏絵にも写真あげるわ』『はい、これ必読書の全巻』『レポートできた? え、アニメの感想だよ』『おーし、今日は練習そっちのけでアニメ鑑賞するぞ』など、今でも彼女らの台詞が思い浮かぶ。よく青森の地に強烈なオタクが揃ったものだ。いや娯楽がなかったからこそ、オタク活動に火がついたのかもしれない。彼女らの影響を受けて、私もすっかりとオタクになっていた。
あと勉強中に聞いていた声優ラジオの影響も大きい。気づけば勉強そっちのけで、ラジオを夢中になって聞いていた。初めて書いたおたよりが女性声優さんの可愛い声で読まれた時は家でガッツポーズしたっけ。東京という輝く地で、輝く人が私の文を読んでくれた。夢みたいで、嬉しかった。
でも、憧れは憧れのままで、私の人生に影響はなかった。
いや、その後大学は東京に行ったし、卒業しても東京で働いている。憧れた地にい続けている。でもたいした夢も無く、ただただ生きているだけでは何処にいたって変わらない。
憧れたのは場所じゃなくて、その地で輝いている人だ。
場所に行ったって何も変われない。夜空の星が見えても、手が届かないし、私も同じように輝けない。そう気づいたのが26歳になってからだった。
絶望とは違う。
――失望。
何にも挑戦してないけど、諦め。
別に恋をしたいわけではないし、キラキラしたいわけではない。
じゃあ何になりたいのだろうか。たぶん何にもなりたくなくて……本当に? 私は何にもなりたくないの? じゃあ何のために生きているの……? 生きるのに理由が必要? 考えすぎじゃない。けど、意味は、意義は?
そう自問自答している時に出会ったのだ、彼女の声に。
『あなたは何にでもなれる!』
テレビから聞こえた声に凍りついた。
『なれないと思っているのは何処かで諦めているから。あなたには良い所あるの私知っているよ。だから一緒に変わろうよ、サナエちゃん』
見ていたのは魔法少女もののアニメだ。主人公の女の子が絶望して、闇に堕ちそうな友人に語りかけるシーン。私の名前のカナエじゃなくて、サナエ。でも私に言われている気がしてしまって、どこか諦めかけていた私の目に涙を生んだ。
「え、あれ、何で私泣いているの?」
自分でもよくわからない感情だった。
そしてエンドロールで流れる主人公の声に驚く。
佐久間稀莉。
あれ? 聞いたことのある名前だ。役者、していなかったっけ? すぐにスマホで検索し、調べる。16歳の今年からアニメにも出るようになったとのことだ。声優としてデビューしたばっかりなのにもう3作も出ている。
「良い声だな……」
自分が励まされたと勘違いされた私は彼女が出ているアニメを一週間のうちに全部見たのだった。今では全部ディスクを持っている。
そして今度劇場アニメに出ることを知り、舞台挨拶に迷うことなく応募したのであった。
◇ ◇ ◇
90分ほどの映画だったが、体感10分だった。
まだ見たい。まだ続きを見たい。終わってほしくない。まだ彼女の声を聞き続けたい。
そう思えるほどに素晴らしい映画で、エンドロールが終わると手が痛くなるほどに拍手をした。
上映後、声を担当した役者さんが舞台にあがる。
あの子を見つけた瞬間に心臓が跳ね、目を逸らせない。移動する彼女を目で追う。
真ん中に立つ彼女。
大きな歓声と拍手の中でひと際目立つ存在。
――佐久間稀莉だ。
アニメ映画に16歳という若さで主役抜擢。役者経験があるとはいえ、他の役者、声優と混じってもその才は輝く。
「皆さん、こんにちは。佐久間稀莉です。映画どうでしたか? 楽しかったですか?」
時間は限られており、彼女の喋る時間は短い。それでも初めて聞いた生の声に、感動を覚えてしまう。26歳の私が16歳に夢中になっている現実。
でも、だって凄かったんだもん。切ない声も、立ち向かうカッコいい声もすべて抜群で心を揺さぶった。素晴らしき映画だった。素晴らしい演技だった。魂揺さぶる声だった。この後何度も劇場へ足を運ぶだろう。
見終わった後、こうやって演者さんと気持ちを分かち合えるのは最高だ。
声優って、役者って凄いな。
私も、……私も?
「本日の舞台挨拶は終了です。ですがご厚意で出演者によるお見送りを出口で開催します。少ない時間となりますが、感想や応援をぜひ言ってください。前の席より案内しますので、少々お待ちください」
さらにお見送りイベントで、少し演者さんと話せるとのことだ。何だ、神イベントか、これ!? 事前情報にはなかったサプライズに心が騒ぎ、落ち着かない。
席から立ち、列に並ぶ。
舞台挨拶に当たっただけでもラッキーと思ったが、アニメの声を担当した役者さんと直接お喋りできるなんて思っていなかった。短い時間だけど、一生の記念だ。きちんと言いたいことを伝えないと。
順番が迫り、彼女の姿が見えると緊張してきた。遠目からでも可愛いなと思う。
絶世の美少女。
平凡な会社員の私が目にしていいの? 喋っていいの? 稀莉さんにとって罰ゲームじゃないの? いやいや、考えない。話したいこと全部言う。
そして私の順番が来た。
「今日はありがとうございました~」
「稀莉さんすっごく良かったです! 敵と対峙して攻撃を仕掛ける時の叫びが決断しながらも、でもやっぱり怖さも混じっている感じが出ていて気持ち凄く伝わってきました。あと大好きな人の死に泣く時の、声にならない声も抜群で、涙しちゃいました。実写映画の『向日葵の咲くとき』の時もそうだったんですけど、泣くときの演技が素晴らしいですよね。一方で、街に出て初めて知る喜び、楽しみにウキウキしちゃう、あどけなさ、新しい世界を知る気持ちも声で表現されていて感心しました。絶対BD買います! 実写も良いですが、アニメの稀莉さんもすごく好きです。私、救われています。あなたの声に励まされています。生まれてきてくれてありがとう」
「ぽ、ぽかーん」
声に出されて唖然とされた。隣の役者さんが「この人熱すぎでしょ」とゲラゲラ笑っている。あれ? 私喋りすぎた……どう見ても喋りすぎだ。一言どころじゃない。
目の前の稀莉さんも困惑していた。
けど、すぐに切り替えて、稀莉さんが両手を伸ばしてきた。
「ふえっ」
「ありがとうございます。熱弁でびっくりしちゃいました。私のこと、たくさん見てくれてありがとうございます」
伸ばされた手に反応して、右手を恐る恐る出す。
彼女はその手をぐいっと掴み、笑顔を私に送る。
「それにすっごく良い声ですね。早口で噛まず、びっくりしちゃいました。お姉さん、もしかして声優さんですか?」
「い、いえいえ。私はしがない、平凡すぎるほどのふつうの会社員です!」
「どんだけ下げるんですか! 逆に気になります」
包まれた手が温かく、彼女から送られる言葉が心を熱くする。
「えへへ……」
「会社員……そうなんですか。もったいない。あ、ごめんなさい、そろそろ時間ですね」
後ろにスタッフの人が立つ。一言のはずなのにはがされなかっただけでも、すごくありがたい。どうみても喋りすぎだ私。言いたいことは全部言えたけど。
「ありがとうございました! また会いましょう、お姉さん」
「……は、はい!」
夢見心地のまま、劇場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます