ある日のラジオ参観④
***
稀莉「先日はお休みしてすみませんでしたー」
奏絵「おかえりー。元気になってよかったよ」
稀莉「ありがとう。体調はバッチリよ。励ましのコメント嬉しかったです」
奏絵「よし、じゃあいつも通り始めよう」
稀莉「でも、いつも通りなわけないわよね」
奏絵「え?」
稀莉「何が『え?』よ。前回の放送のことを触れないわけにはいかないわ」
奏絵「…………」
稀莉「ラジオで黙らなーい!」
奏絵「私には何の非もないからね?」
稀莉「わかっているわよ、そこで笑っている構成作家とガラスの向こうにいるスタッフたちのせいでしょ。なんで、うちの母親がゲストで呼ばれているのよ!」
奏絵「いやーごもっともなツッコミで」
稀莉「大学を卒業したこの歳になって親が来るなんて思わないわ」
奏絵「授業参観」
稀莉「私が病欠だったから参観でも何でもないんだけど! それに職場だし! あーもー恥ずかしいエピソードばかり話していって、もーーー!」
奏絵「私も戸惑ったよ」
稀莉「小さい頃の私が空飛びのイベントに行ったことや、グッズを部屋に隠し持っていたこと全部バレていたって何なの!?」
奏絵「家政婦さんが完全に裏切っていたね。でも、親はそんなものだよ。言わないでおいてくれたのは優しさ」
稀莉「なら、そのまま言わずに封印しておけばいいじゃない! 何で20歳過ぎて言われるのよ!」
奏絵「男子学生がエッチな本をベッドの下に隠したり、机の引き出しに閉まっていたりしたことが実はバレていて、大人になって『あんたバレバレだったけど、お父さんが言うなって言ったから黙っていたの』とお母さんから言われるようなものだよね」
稀莉「何なのよ、そのたとえ! 初めてラジオを途中で聞くのを辞めようと思ったわ!」
奏絵「でも、ちゃんと全部聞いたんだね」
稀莉「何言われるかわかんないじゃない! でもまだ昔の話だからいいのよ。よしおかんに見られてないところで努力していた話をするのは、無くない?」
奏絵「あの話はグッときた、ありがとう理香さん」
稀莉「もー本当ありえないんだけど……」
奏絵「先日も稀莉ちゃんがアップルパイをつくってくれたんだ~」
稀莉「あれはよしおかんの実家からの林檎が大量にあったから、仕方なくよ」
奏絵「そういって、林檎のように顔赤くして照れちゃって~。映像でお届けできないのが残念」
稀莉「も、もう早くコーナーいくわよ!」
奏絵「仕方ないな。じゃあいきましょう」
奏絵「よしおかんに報告だー!」
奏絵「このコーナーでは、リスナーの相談や私たちに関する報告など、おたよりなら何でもありの、ふつおたのコーナーです」
稀莉「つまらないおたよりや、私をイジルおたよりは容赦なく破ります」
奏絵「……それって今日は絶対に破るよね?」
稀莉「それはリスナー次第よ」
奏絵「じゃあ一通目行こうか」
稀莉「ラジオネーム、あるポンから。『よしおかん、稀莉ちゃん、こんばんはー。稀莉ちゃんは体調良くなりましたか? こないだの理香さん参戦回は間違いない神回でした。特に母親視点の稀莉ちゃんの評価、想いが知れて面白かったです』びりびり……」
奏絵「わー!? まだ全部読んでないのに破らないでー!?」
稀莉「はい、次行きましょう」
奏絵「何が書いてあったの?」
稀莉「私をイジルおたよりは容赦なく破ります」
奏絵「ハハハ……、本当に容赦ない。じゃあ次、私が読むね」
奏絵「ラジオネーム、クロカンブッシュてんこ盛りさんから。『稀莉さん、吉岡さん、こんにちは。こないだの稀莉ちゃんのお母様である理香さんがゲストに来る回聞きましたよ! 前代未聞でずっと笑っていました。でも、理香さんの稀莉さんへの温かい気持ちも聞けて、ほっこりしました。さて理香さんの話では、吉岡さん稀莉さんの二人で北陸に旅行したそうですが、具体的に何処に行ったのでしょうか。ぜひ今度はよしおかんのお母様をゲストに呼んでください』」
奏絵「うちの親は絶対に呼びません! 青森在住の一般人ですよ。顔出し、声出しNGです!」
稀莉「何よ不公平じゃない。スタッフ、文章だけの登場でいいから早くオファー出して」
奏絵「辞めてー。これっきりのスタッフなら本気でやりかねない!」
稀莉「で、何処に行ったのかだって。話していいの?」
奏絵「別に黙っておくことでもないけどさ……」
稀莉「北陸新幹線に乗って、富山、石川に訪れたわ。最初はダムに行こうと思ったけど、今回は黒部峡谷にいったの」
奏絵「トロッコ電車に乗ったねー。まだ紅葉には早かったけど、いい景色だった」
稀莉「次の日は金沢まで行ったわ。兼六園に行ったり、21世紀美術館に訪れたりしたの」
奏絵「あのプールの展示も見たよね~。水中の様子を味わえる不思議な空間な展示」
稀莉「水中からの景色なのに、いつも通りの格好で変な感じだったわね。それに中の展示も特別展ばかりで、来る時期によって全然違うらしいの。私のアート心がくすぐられたわ」
奏絵「私たちもアニメという一種の芸術にかかわっている人間だからねー。でも、私にはなかなか芸術はわからないかな……」
稀莉「よしおかんはグルメの方に夢中だったわね」
奏絵「仕方ないよ、美味しいものが多すぎた! 特に海鮮系! シロエビやホタルイカが美味しい日本酒にあってですね~」
稀莉「はいはい、またお酒の話」
奏絵「旅行の夜ぐらい許してね。1番感動したのはのどぐろかなー」
稀莉「塩焼き美味しかったー。あの美味しさだけで旅行して良かった~って思えた」
奏絵「けど、のどぐろはかなり高いんだね。お会計の金額みてびっくりしたよ」
稀莉「せっかくの旅行だからケチらない」
奏絵「だね、あとは金沢カレーを食べたり、え、植島さん何? グルメはいい? リスナーが聞きたいのはそういうことじゃない? いやいや、聞きたいよね、旅行話!」
稀莉「声だけでどこまで伝わっているのかしら」
奏絵「わかったよ。稀莉ちゃんと温泉宿に泊まって、一緒に温泉入ったりしましたよ! これでいい!?」
稀莉「今日のよしおかんは躊躇わない」
奏絵「互いの親がゲストに来るよりずっとマシ!」
稀莉「ここで発表です? はい、何よこの原稿」
奏絵「え、私も知らない。次のイベント開催場所? え、ええー!?」
稀莉「次回は青森と神戸で開催、はい!?」
奏絵「待って、突然の凱旋イベント?? 親をゲストに呼ばない代わりに、親がいる地元の青森でイベントするとか何なの罰ゲームなの!?」
稀莉「えーっと……、詳しくはまたの放送でお伝えしますとのことです」
奏絵「ラジオ参観はもうこりごりだよ!!」
***
3か月後、地元・青森のホールに立つ私がいた。
親は当然、懐かしい友達もきてプチ同窓会になり、私にはある意味一生忘れることのできないイベントになったのであった。……忘れるなら忘れたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます