私の好きだった先輩。④
せっかくの再会だからと喫茶店に半ば無理やり誘い、話をすることになった。
「奏絵先輩は凄いんだよ!」
自慢しようとしたら、先輩の隣にいた女の子は張り合ってきた。
「知っているわよ! 奏絵が凄いっていうのは、私が1番知っている」
高校生の声優さん、佐久間稀莉さん。奏絵先輩と4月から一緒にラジオをやっている相方らしい。
先輩が大学でデビューしているのも驚いたが、さらに早い高校生だ。
すごい業界だ。
ともかく可愛い。オーラが違う。声も可愛すぎる。
二人は浮いてないと思っているが、青森でこの二人の声、この可愛さ、存在感は異質だ。
そして気づいてしまう。佐久間さんは奏絵先輩のことが好きである。
わかる、わかってしまう。同じだからわかる。
「奏絵先輩は、別の世界の人間じゃないですか」
「別の世界?」
奏絵先輩との年月は高校の部活で過ごした私の方が長い。
でも、彼女の方が濃密な期間を過ごしているだろう。そんなの二人の距離を見ればわかる。
「私、東京でカリスマ美容師になろうと思ったんです」
敵わない。
敵うはずがない。別世界の人間なのだ。
「でも私の夢は破れたんです」
張り合うつもりもなかった。張り合える立場にすらなかった。
奏絵先輩が佐久間さんと話すとき、ずっと笑顔だった。
いつもどこか遠くを見ていた先輩が、生き生きとしていた。同じ世界を一緒に歩いている人がいる。同じ景色を一緒に見られる。
それが答えだった。私の居場所は1mmもない。
「最後にちょっとだけお時間くれないですか。寄って欲しい場所があるんです」
なら、せめて心のすみっこでも私を残しておいてほしい、そんな些細な気持ちを許してほしい。
雪の積もる弘前公園に二人を連れてきた。開催期間でないのに、「東京から友達がきたんです!」と無理言ってお願いし、ライトアップを頼んだ。スタッフの皆は聡美ちゃんが頼みごとなんて珍しいねと快く引き受けてくれた。
「私からの先輩と佐久間さんへのエールです」
合図を送る。
「今日は貸し切りでございますー。では、お楽しみください」
幻想への誘い。
「冬に咲く、さくらを」
雪が見せた、桜の幻。
先輩と一緒に見ることのできなかった幻想。
ピンク色に染まる雪がつくる、あり得ない光景に、二人は驚いていた。
凄い二人が、別世界の二人が感動する姿に声が震える。
「私はここにいるから、二人はどうぞゆっくりお楽しみください」
ちゃんと言えただろうか。
雪桜の中歩く二人を見て、気持ちが晴れていくのを感じた。
会話は聞こえないが、二人は楽しそうに話し、美しい光景に魅了されている。
佐久間さんの後押しはできただろうか。奏絵先輩のあんな笑顔、私には引き出すことはできない。良かったね、奏絵先輩。あなたを心から好きな人と出会えて。
「大好きでした、先輩……」
奏絵先輩のことで泣くのはこれが最後だ。
挑戦してもいないのに、失恋。泣く資格などないのかもしれないが、私はそれでいいのだ。
先輩の恋に少しでも関われた。勝手な自己満足で、勝手な私の恋の終演。
それでも彩った思い出は、消えない。
「えー、実家の床屋手伝ってって? 成人式で忙しい? もうしょうがないな。臨時だよ、臨時」
先輩と会った日から数ヵ月が経ち、新年を迎えていた。
「若い子にお父さんの腕は不評? 知らないよ。もっと勉強あるのみだよ。あ、ごめん、切るよ。時間、時間だから。はい、切ったー」
そういって容赦なく電話を切る。
開始1分前だ、危ない。ベッドに座り、携帯の準備をする。
1週間の1番の楽しみだ。アプリで配信もあるが、ファンとしてはリアルタイムに聞きたいものだ。
時間ピッタリになり、声が聞こえてくる。
『始まりました』
『佐久間稀莉と』
『吉岡奏絵がお送りする……』
『これっきりラジオ~』
私の好きだった先輩は、今日も人々に声を届ける。
青森だって聞こえる。
携帯ひとつで日本のどこだって、きっと世界のどこでも、宇宙だって聞こえるはずだ。
そんな凄い人を、私は知っている。
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