私の好きだった先輩。③
美容師の仕事を辞めて仙台で暮らしていけるはずはなく、青森の実家に戻った。
青森の実家の手伝いはせず、駅前の百貨店で働いた。
当分、髪は切りたくなかったのだ。関係なく、ただ「何となく」働いていたかった。
そんな「何となく」な自分を好きになってくれる人もいた。
「いらっしゃいませ。今日もお仕事帰りですか」
「そうよ、頑張った私へのご褒美よ」
綺麗な女性だった。
スーツ姿でバッチリ決め、週1でお店を訪れる。何故だか、やたら私に話しかけてきた。
「あなたが好きなのを選んで頂戴?」
どうやら私は気に入られているらしい。こうやってすぐ揶揄ってくる。
「私が好きなのですか……、そうですねチョコレートケーキが好きですかね」
「わかったわ、ホールで頂戴」
「全部食べるんですか?」
「そうね、私一人じゃ食べきれないわ。アナタも一緒に食べてくれるかしら」
いいかな、と思った。
女性の誘いに乗り、勤務後待ち合わせをして、一緒にケーキを食べた。
役所に勤めるお堅い人だったが、打ち解けて話すと楽しく、愉快な時間だった。
「また会いたいです」
気づいたら、私からそう言っていた。
「嬉しいわ」
それ以来、すぐに付き合うことになった。
でも3カ月もせずに、うまくいかなくなった。
「あなたは私に誰かを重ねているよね」
「そう、かもしれません」
彼女のことは好きだった。一緒にいて楽しかった。
「私を見ていない」
「ごめんなさい」
でも理想のあの人ばかり考えていた。好きな人に愛されながら、別の人のことを想っていた。
「別れましょう、聡美」
「……はい」
私は駄目な人間だった。
初恋を引きずり、終わらせられない。
いつになっても始まることはなく、ただ心に深く刺さったまま、異物感として残り続ける。
私は何処にもいけない人間だった。
数年、奏絵先輩の名前をアニメで聞かず心配だったが、最近では仕事を増やしているみたいだった。まだ聞けてはいないが、ラジオもやっているらしい。アプリでも聞けるらしいので、今度聞いてみようと思っているうちに、青森の弘前に戻って何年目かの冬を迎えようとしていた。
私は相変わらず百貨店で働き、実家に住んでいる。
何となく働き、何となく生きている、……はずだった。
「冬に咲くさくら?」
誘われたのは去年の冬だった。
職場の先輩から人手が欲しいとお願いされた。
枝につもった雪をライトアップさせ、まるで桜が咲いているように見せる、写真映えのプロジェクト。
SNSで投稿したところ、話題が広がり、毎年の企画として行おうとなったらしい。
ただクラウドファンディングやボランティアで成り立つプロジェクトで、続けていくのに人が足りなすぎるとのことだった。
私は、快く承諾した。
何もできない私にとって、何かに夢中になれることがあるのは嬉しいことだった。
また一年が経った。けど「何となく」から脱しつつあった。プロジェクトで去年も素敵な景色を見ることができた。達成感と、人々の感動。はじめて人のためになれた気がした。
今年も、冬にたくさんの桜を咲かせよう。
そう思い、弘前駅に寄った時のことだった。
「あれ、奏絵先輩?」
想い人が目の前に現れた。
「聡美ちゃん?」
「そうそう、そうですよ! わー懐かしいな。帰ってくるなら言ってくださいよー」
「いやいや、急な帰省だったもので」
高校を卒業した以来の再会だった。先輩は友人の結婚式にも来ず、吹奏楽部の同窓会にも連絡すら返してくれなかった。地元のことを忘れるほど忙しい、彼女の世界はもうここにはないと諦めていたから、突然の再会には驚くしかなかった。
「久しぶりですね」
出てきた言葉はあまりに簡単な言葉。
先輩は髪が短くなり、さらに綺麗になっていた。
「うん、久しぶり。綺麗になったねー」
褒められたが、褒めたいのは私の方だった。
東京にいるはずの奏絵先輩がいた。幻でなく、本当に実在した。
「どうして弘前にいるんですか?」
「うーん、まぁ色々あってね……」
露骨に濁した。そんなところも変わらない、奏絵先輩だ。
そしてそこにいたのは奏絵先輩だけでなかった。
「で、その子は誰ですか?」
高校生ぐらいの女の子が一緒にいた。
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