これもメイドのお仕事?③
吉岡さんと、稀莉さんと一緒に過ごした奇妙な同棲生活のお供は、大変すばらしいものでした。
百合ップルの日常を目の前で見られる。
こんな幸せなことはありません。
それも、私が家事を手伝い……いや、料理はほとんど私がしていたのですが、私の力で推しを支えているという充足感は、人生においてなかなか味わえるものではありません。
家族のようにいられた毎日。
稀莉さんには長くお仕えしていましたが、吉岡さんとは佐久間家訪問イベントやラジオのイベントで会って、少し話しただけでした。でも、毎週ラジオを聞いていたおかげで、知らない人ではなく友人のような感覚でした。ラジオからそのまま出てきた、そう思えるほど普段のラジオから彼女が素が出ていたのでしょう。打ち解けるのにさほど時間はかかりませんでした。
二人と一緒にいられて、たくさんの思い出ができました。当時の写真を見返す度にニヤニヤしてしまいます。ただ、二人にとってすべてが順風満帆ではありませんでした。辛く、泣いたことも多くあったでしょう。それでも二人は乗り越えられた。さらに強い絆で結ばれ、二人の愛と呼べるものは強固になりました。
「……ちゃんとご飯食べていますかね」
二人の元から離れて、数年が経ちました。
私の役目はもう終えたのです。けれど、ふと気を緩めると二人のことが気になってしまいます。仕方ないですよね。家族のことが気になるのは、当たり前の感情です。
稀莉さんは私がこっそり教えたこともあり、料理の腕がかなり上達しました。吉岡さんは……失敗はしなくなりました。最近は家電もどんどん便利になっているので、吉岡さんでも家事は問題なくこなしているそうです。稀莉さんの愚痴も減りましたね。
嬉しい。けど、寂しさも覚えます。
「仕方ないですよね……」
一人で住む部屋には私以外の音が無く、いまだにその静けさに慣れません。元いた佐久間家にも戻らず、今は一人で暮らしています。
楽しかった。
私もいる三人の写真を机に置いて飾ってしまうほどで、未練が残っていると言われても仕方ありません。
離れて、さらに二人との生活がかけがえのないものだったと気づきます。寂しいし、決定的瞬間を目撃できない。
けど、これでいいんです。私はもうお邪魔虫。
二人のはぐくむ愛をこれ以上邪魔してはいけない。
……来世は壁か天井か観葉植物になって、百合ップルを眺めていたいとか思ってないですよ。
「そろそろ出ますか」
コートを着て、外に飛び出しました。
× × ×
吐く息は白いですが、ワイヤレスイヤホンから流れる稀莉さんの新曲を聞くと、寒さは気になりません。
二人とも、どんどん成長していく。
特に小さい頃から見てきた稀莉さんの成長には、親目線なのか、姉目線なのかわかりませんが、感慨深いです。
声優になれてよかった、二人が出会えてよかったと世界に感謝します。
「ここ、ですかね?」
呼ばれた場所は、都内のレストラン。こじんまりとしたお店ですが、外観からお洒落な雰囲気が漂います。
扉に手をかけ、引っ張る。
すると破裂音が響き、
カラフルなテープが目の前を横切りました。
「え?」
突然のことに驚きを隠せません。
そして声が聞こえてきました。
「晴子おめでとう」
「晴子さん、おめでとう!」
クラッカーを手に持った、稀莉さんと吉岡さんが笑っていました。
「……なるほど、そういうことでしたか」
事情が理解でき、落ち着きを取り戻しました。
「今日は私の誕生日だったんですね」
「気づいてなかったの、晴子!?」
「ええ、それより二人の結婚記念日の方が大切です」
「相変わらずですね、晴子さん……」
二人に案内され、机に向かいます。
豪華な料理に、ケーキが並ぶ、お誕生日パーティー。
「さぁ、晴子さん座って、座って」
「は、はい」
普段はお世話する側なので、もてなされる側は落ち着きませんね……。
「さっきの晴子の驚いた顔は傑作だったわ」
「一度、晴子さんの驚いた顔を見たかったんですよね」
「……もう、まだまだ二人とも子供ですね。私だって驚くことはたくさんありますよ」
そう、驚いてばかりな人生です。
佐久間家の家政婦をすることになって、その娘さんが憧れの人を追いかけるために声優になって、憧れの吉岡さんと稀莉さんがラジオで共演するようになって、イベントでの告白を目撃して、ライブで再会したと思ったらお姫様抱っこを拝め、さらに仲を深め付き合うようになって、そして同棲のお供として私が一緒に暮らし、花嫁姿の写真を何枚も撮りました。語り切れません。たくさん、たくさん驚かされてきましたよ。
「稀莉さん、吉岡さん、ありがとう」
私の人生は二人がいたことで、より楽しいものとなりました。
「こんなに想われるなんて幸せです。二人とも大好きです」
「も、もう晴子、恥ずかしいこと言わないでよ」
「えへへ、嬉しいですね」
そして、これからも楽しくなる。
楽しいことはたくさん待っている。二人がいてくれるなら、二人が笑顔ならもっともっと楽しさは広がっていく。
「さぁ、ケーキより甘い新婚話を聞かせてください!」
「またー?」、「いつもの晴子さんだ……」と呆れ顔の二人でしたが、渋々話してくれました。もらったプレゼントより、二人の幸せが何よりのご馳走でした。
これも、きっとメイドのお仕事。
そう、私は微笑みました。
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