これもメイドのお仕事?②

 稀莉さんを学校に送った後は、部屋の掃除です。


 その後に、私の仕事が始まります。

 理香さんにいただいた仕事部屋で、パソコンモニターと向き合います。

 クライアントにビデオ通話で要望を聞き、提案します。


「御社のブランドに合うのは、あえてシンプルな見た目だと思います」


 ページを共有し、反応を伺います。


「ありがとうございます。では、こちらの方向で詰めて、完成させますね」


 マイク付きのヘッドセットを外し、仕事に集中します。

 私は、佐久間家の家政婦の傍ら、Webデザイナーの仕事をしています。

 理香さんの個人ホームページも実は私がつくっていたりします。


 元々は、両親の写真をホームページにまとめるのが趣味でした。

 両親は海外旅行好きで、旅行の度に写真をたくさん撮るのですが、特にSNSやホームページに公開せず、娘に送るだけで満足していました。「こんなにいい写真がもったいない!」と思い、両親に許可をとって、SNSに投稿したのが私の仕事の始まりです。

 徐々に人気が出て、調子に乗った私はホームページを開設しました。

 そして、ホームページをどんどん素敵にしたい、両親の写真をさらに綺麗に見せたいとのめり込んでいきました。

 華の女子高生だったにも関わらず、友達と遊ぶより、パソコンをいじる方が好きだったんです。高校を卒業してからは、大学には行かず、専門に行こうと思っていました。


 その時、両親から相談を持ち掛けられました。私たちと世界中を旅しようと。

 私は、断りました。

 ネットのない環境にいるのが嫌だったのです。ザ・現代人。

 両親は渋々折れてくれたのですが、一人暮らしは許してくれませんでした。

 前々から両親は家を空けることが多く、私はほぼ一人暮らしでした。でも家事全般は私の仕事で、何も心配はありません。

 けど今まで以上に家に帰れなくなる両親は、一人娘のことを心配したのでしょう。

 母は、幼馴染で親友の、佐久間理香さんに相談しました。

 そして、家のことがほとんどできない理香さんに代わり、私は家政婦として佐久間家に仕えることになったのです。


 衣食住完備で、家事をこなせば、給料が出て、副業もできる環境。

 お家は広く、大変な面もありますが、理想の職場でした。

 私は、メイド兼専門学校生として新生活をスタートし、専門卒業後はメイド兼フリーのWebデザイナーとして悠々自適に生活しているわけです。


 ここでの暮らしは、凄く居心地が良い。

 理香さんは非常に綺麗で、頭もよく、一緒にいて、人として成長できていると実感します。

 旦那様も、さすが映画監督。非常にクリエイティブな方で、時に仕事のアドバイスもくれる、非常に頼れる存在です。

 そして、稀莉さん。

 兄弟、姉妹のいなかった私にとって、稀莉さんは慕ってくれる可愛い妹で、天使のような存在でした。彼女の成長が私の楽しみで、彼女が幸せになることが私の今の夢といっても過言ではありません。


「ふー……」


 仕事でひと段落した時に、佐久間家のアルバムを見るのが私の癒しです。

 小さい頃から現在まで、数多くの写真があり、私でさえまだ全部目を通せていません。

 私がまだ務めていなかった頃の、小さい稀莉さんもとても可愛く、一緒に並ぶ理香さんは美人すぎで、映画のワンシーンを切り取ったかのようでした。

 皆、顔がいい。

 写真映えがいい。芸術が詰まっていました。

 Webページで公開することのない、限定コンテンツを私だけが眺められるのです。メイド万歳。



 × × ×


 メイドの夜は長い。


「今月の稀莉会議を始めるわ」


 稀莉さんが寝静まったのを確認し、理香さんが宣言します。

 月に1度の稀莉さん会議。

 参加者は、理香様と、旦那様と、私。

 旦那様は、本日は海外ロケなので、ビデオ通話で参加です。


「こちらがデートの時の、稀莉さんの写真です」


 私がパソコンに写真を表示します。

 娘大好きの理香さんが、何もなしに稀莉さんをデートに行かせるわけがありません。理香さんの命令で、私は変装をし、稀莉さんと吉岡さんのネズミデートを尾行したのです。

 さすがに宿泊地までは追っかけませんでしたが、十分に写真を撮ることができました。


「稀莉、可愛いわね」

『ああ、いつもとは違う表情だ。可愛い』


 親馬鹿な佐久間家二人の言葉に私も賛同します。


「ええ、全力で楽しんでいますね」


 稀莉さんは普段からとても可愛いお方なのですが、このデートの時は今まで以上に抜群に可愛かったのです。

 理由はわかっています。

 女の子が1番可愛いのは、恋をしている時。

 稀莉さんは、吉岡さんに恋をしています。もうバレバレなぐらいに。

 恋する女の子は可愛い。この笑顔は、恋をしていなきゃ出せない表情です。


「素晴らしい仕事をしたわ、晴子」

「ありがとうございます、理香さん」


 理香さんも納得の写真が撮れて、私も満足です。


『晴子さん、すまないね。こんなことさせて』

「いえいえ、私も楽しかったので大丈夫です。それに稀莉さんのはしゃぐ姿を直接見たかったですからね」


 私も、私で「探偵みたいで面白い」と思っていたので楽しいイベントでした。


「晴子。またお願いしていいかしら」

「ええ、もちろん」

「今度はイベントなので写真は撮れないから、しっかりと心に記憶し、報告してほしいの」

「ラジオのイベントですか?」

「そうよ、さすが晴子。稀莉と吉岡さんのラジオイベントに参加し、詳細を報告してください」


 稀莉さんが出ているから聞いたラジオでしたが、聞いていくうちに大好きになったラジオ。

 『これっきりラジオ』。

 その初イベントに、参加してほしい、との理香さんのお願いでした。

 断るわけがありません。

 事務所経由で、昼、夜のチケットが用意され、私はやる気満々で向かったのでした。

 

 

 × × ×


 メイドの仕事は難しい。

 イベントは楽しい。笑いっぱなしの、愉快な時間でした。

 けど、最後の稀莉さんの挨拶が問題でした。


「彼女の隣は誰にも渡しません!」


 稀莉さんが『吉岡さんLOVE』なことを知っている私でも驚きの言葉でした。


「私は、吉岡奏絵が好きーーー!大好き!!」


 ……これは報告していいのかしら?

 初めて迷いました。ネットでも話題になってしまうでしょう。理香さんの耳にも入るかもしれない。

 でも、私は聞いていないフリをした方が良い気がしたのです。


 いつか吉岡さんが答えを出すまで、待った方がいい。

 周りから何も言わない方がいい。稀莉さんを、吉岡さんを信じることも必要だと。


 もう稀莉さんも子供ではない。

 女の子の成長を嬉しく思い、女の子の無鉄砲な真っ直ぐさに苦笑いもする私でした。 

 メイドも大変です。



 ……でも、また吉岡さんが、稀莉さんのことで佐久間家を訪れる。

 そんな未来を待ち遠しく思うあたり、メイドの仕事は辞められないな、と思うのでした。

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