これもメイドのお仕事?①

※このお話は同人誌『ふつおたはいりません!』②で書き下ろした短編+αです。


登場人物:

 □柳瀬 晴子 (やなせ はるこ)

   佐久間家に仕えるメイド(家政婦さん)


 ■佐久間 稀莉(さくま きり)

   17歳の、人気急上昇中の女子高生声優。

   可愛い容姿だけでなく、声優としての実力は抜群。東京生まれ。

   奏絵に憧れて、声優になった。奏絵ラブ。


 ■吉岡 奏絵(よしおか かなえ)

   27歳の崖っぷち声優。21歳で大ヒットアニメの主役を演じたが、

   それ以降は鳴かず飛ばず。4月から稀莉ちゃんとラジオ番組を始め、

   声優界に生き残るため奮闘中。青森県出身。

      

===================================== 


 メイドの朝は早い。

 洗濯機をスタートさせ、次は朝ご飯の準備です。

 髪を結び、黄色の花柄の可愛いエプロンをつけます。このエプロンは稀莉さんが私の21歳の誕生日の時にプレゼントしてくれたもので、私の宝物です。


「おはよう、晴子」


 寝起き姿なのに、どこかエレガントな佐久間家の奥様、佐久間理香さん。


「おはようございます、理香さん」


 彼女は、映画、ドラマなど様々な作品に出演する、大物俳優です。演技が非常に上手で、何個も名誉ある賞を貰っています。

 そんな彼女のお世話をできるなんて光栄なお仕事だと思っています。


「いい匂いね、今日は何かしら」

「モンティクリフトと、オニオングラタンスープです。お飲み物はいかがしますか」

「そうね、今日はダージリンで」

「承知しました。少々お待ちくださいね」


 先に飲み物を渡し、少しして食事をお持ちします。


「今日はドラマの撮影でしたよね」

「そうよ。鎌倉まで行かないといけない。帰りは遅くなるわ。夫も今週はずっと海外ロケだし、稀莉のことはよろしくね」

「ええ、お任せあれ。ただ稀莉さんも今日は学校のあと、ラジオの収録があるので、お帰りは20時ぐらいで遅めですね」


 稀莉さんは、理香さんの愛娘です。17歳の女子高校生で、役者のお母様の影響か、小さいころから劇団に所属し、今は声優として活躍しています。

 私は佐久間家にお勤めし、6年になりますので、稀莉さんが小学生の頃からの付き合いとなります。


「あの子はまだ寝ているの?」

「稀莉さんは、朝苦手ですからね。そろそろ起こしてきますね」

「大学生になっても一人暮らしはさせられないわね」


 私もそう思います。

 普段はすごくしっかりとした子なのですが、朝だけはどうしても弱く、早起きが苦手です。


 

 メイドは何でも知っている。

 稀莉さんは小学生高学年の頃から、ライトノベルにはまり、アニメに夢中になりました。

 深夜にこっそり起きて、アニメを見ていたのも何度か目撃しました。

 バッチリ録画に残っているのもありましたが、稀莉さんは気づいていないと思っていたのでしょう。可愛い子です。

 晴子さんに報告をしましたが、「いいんじゃないかしら」と容認されました。 

 そんな風に黙認していたら、部屋にアニメのディスクや、グッズがたくさん増えていきました。高校生になってパソコンを与えていますので、こっそりとアニメを見ることは減りましたが、この変化はどうかと思いました。

 特に、アニメのポスターは職業柄許せるのですが、同じ声優のポスターが壁に貼ってある光景は、女子高校生らしくはありませんでした。

 どっちかというと男子高校生。


「おはようございます、稀莉さん。朝ですよ」


 扉をノックするも返事はありません。

 ごめんなさい、と小さく言い、扉を開けます。

 稀莉さんはベッドに大人しく、ということはなく、掛布団をベッド外に飛ばし、パジャマはずり上がり、おへそが見えていました。


「もう稀莉さん、風邪ひきますよ」


 そう言いながら、部屋を見渡します。

 私だけ、特別にこの部屋に入ることを許されています。掃除をするので仕方なく、稀莉さんも認めているのです。

 部屋に置いてあるフィギアも、グッズもホコリを被ることなく、綺麗に保たれているのは私のおかげです。

 メイド冥利につきます。つきちゃうんですかね?

 今日も壁に貼られた『吉岡奏絵』さんのポスターが私に微笑みかけます。

 ……親の顔より見ている気がします。


 それはそうと、またグッズが増えていました。

 これはネズミの国のグッズです。耳のついたカチューシャに、バッグに、キーホルダー。

 先日、稀莉さんが吉岡さんとデートした時に買ったものです。

 デート前に、吉岡さんが佐久間家まで来た時にはびっくりしました。

 毎日、ポスターで顔を合わせ、稀莉さんが楽しく語る人、ラジオの面白い人が来たのです。

 理香さんも、私も驚き、そして好意的に迎え入れました。

 理香さんは心の広い方で、娘さんの笑顔を第一に考えています。時には厳しいことも言いますが、それも愛情。

 そんな愛する娘さんを、笑顔にさせ、夢を持たせ、頑張らせてくれる人を、嫌いになるはずがありません。

 私もいつも以上に張り切り、お料理の準備をしました。


 実際にお会いし、吉岡さんは稀莉さんが好きになるのも納得の、素敵な方でした。

 理香さんのお泊り承諾による、吉岡さんの慌てよう、その後の稀莉さんとの家での遭遇。

 真っ赤な顔をした稀莉さんと、本人は自覚していないかもしれませんが、真っ赤な顔をした吉岡さん。

 今まで見守ってきた私にとって至福の時間でした。


「稀莉さん、そろそろ起きましょうね」


 朝食を食べて、高校に行くにはそろそろ起きないと間に合いません。


「うぅん、奏絵……」


 あらあら夢でもお会いしているのですね。

 本当に稀莉さんは奏絵さんLOVEです。


「ごめんなさい、奏絵さんじゃありません。朝ですよ、稀莉さん」


 体を揺れ動かし、やっと稀莉さんが目を覚まします。


「おはよう、晴子さん。あれ、私何か変なこと言っていた?」

「いいえ、言っていませんでしたよ」


 ニッコリと笑い、誤魔化します。

 きちんと伝えないのも、メイドの務めです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る