クラスメイトが声優?③
年末の一大イベントといえば、そう同人誌即売会『コミ〇』である。
コ〇ケに出るのは、大学生以来で久々だ。
様々なジャンルが揃い、漫画だけでなく、小説、評論、雑貨と多種多様なものが売られる。そこにあるのは熱い気持ちだ。その多彩な欲望の元に、たくさんの人が訪れる。初めてコミ〇に来た時は、こんなにオタクはいたのか!と感心してしまった。
一言でいえば、お祭りだ。
そのお祭りも午後になると少し落ち着く。午前は人が多すぎて、お客さんはいちいち吟味している暇はないだろう。事前にチェックして、お目当てのものをともかく買う。思いがけない同人誌との出会いは最初は厳しい。私も一般で入った時は苦労したな……と懐かしさを覚える。
「試し読み、いいですか」
「はい、こちらの見本誌の方でお読みください」
声をかけられ、すかさず案内する。
ゆっくりとページをめくる音がする。熱心に読んでくれているようだ。こんなに夢中になってくれたら買ってくれるかな?と期待し、その人をちらっと見る。マスクに眼鏡に、ニット帽で顔は良く見えないけど綺麗な人だなと思った。年齢も私もあまりと変わらなそうだ。
あんまりじろじろ見てはいけないと思い、新刊の残りの数を確認する。
壁じゃないけど、それなりに売れた。あと10冊で新刊は完売だ。久しぶりの参加だったけど、上出来だろう。私が魂を削って描いたものが、多くの人に届く嬉しさ。利益はともかく、クリエイターとして喜ばしいことだ。
そんな感じで自己満足に浸っていたら、試し読みしている女性に声をかけられた。
「あの」
「どうかしました?」
「なんで、この題材を選んだわけ!?」
見た目は気づかなかったけど、その声は聞き覚えがあった。
「もしかして稀莉?」
「……気づくの遅くない、同級生さん」
「久しぶり!」
「久しぶりじゃないわよ、何で私たちを題材にしているのよ、結愛」
そう、私は空飛びの同人誌を今回は描いたわけだが、そのおまけとして空音を演じたある二人の声優のことを漫画にしていた。
「それは抑えきれない情熱があるからだよ!」
「同級生を題材にするって無くない?」
「大丈夫、健全だよ! ハグとキスシーンしかない」
「そういうことじゃない!」
と怒りながら1000円札を出し、新刊2冊を買ってくれた。
「ありがとうございます~」
「やたら上手いわね……このシーン。まるで見たことあるかのように……」
「オタクの妄想をなめないでよね、稀莉」
「私と奏絵を勝手に妄想すんじゃないわよ」
怒っているような声にも懐かしさを感じる。大学を卒業してから会ったのはこれが初めてだ。たまに連絡をとっていたが、最後に会ってから3年の月日が経っている。
「こっちに帰ってきたと思ったら早速オタク活動なのね」
「早速じゃないよ。待望なんだよ」
高校までは稀莉と同じ大学付属の女子校だったが、私はそのまま上がらず語学系の大学に入った。卒業後は、最近まで海外で過ごしていたわけだ。
「オタク活動はやっぱり日本だよ~」
「そんなオタクなら海外に行かなきゃよかったじゃない」
「ううん、それでも行ってよかったと思うよ」
海外に行って成長したとか、違う文化に触れて貴重な体験をしたとか、そんな有り体のことを言うつもりはない。
「稀莉の良さを日本だけじゃなくて、たくさんの人に伝えられた」
「買い被りすぎじゃない?」
「漫画やアニメはもちろんだけど、声優人気も凄いよ。稀莉と同級生だったと紹介するとだいたい驚かれて、羨ましい!と言われる」
「ただ好きなアニメや漫画、ラノベを話をしていただけなのにね」
「そうだね。あとは稀莉の一方的な恋愛話を聞いていたねー」
「……忘れなさいよ」
「忘れられないよ」
稀莉の左手の薬指が光る。
あの頃、話していた憧れの人とラジオをして、幸せになっているなんて夢のような話だなと嬉しくなってしまう。
「結婚おめでとう、でいいのかな、稀莉」
「ええ、間違ってないわ」
「幸せそうだね。そうだ、吉岡さんは一緒に来てないの?」
「奏絵は年明けのライブに向けて忙しいの」
「そうなんだ、残念」
勝手に描かせてもらっているが、吉岡さんのイベントに参加できたことはなく、実際にお会いしたことはない。
「今度、うちにきなさいよ、結愛。奏絵と歓迎するわ」
「ありがとう。バッチリ取材させてもらうから」
「そういうことじゃない~!!」
見た目は多少変わっても、あの頃と変わらない。いくつになって会えばあの頃のような愉快さが戻ってくる。
「こっちに戻ってきて何しているの?」
「今はラジオも翻訳できるように頑張っているんだー。海外の人にもこれっきりラジオを聞いてほしくて」
「許可はとりなさいよ?」
「大丈夫、マウンテン放送さんとの共同プロジェクトだから。字幕をつけて、多くの声優ラジオを聞いてもらえるようにしたいんだ。声優さんだけじゃなく、日本のことにも興味を持ってもらえると思うし」
「私たちのラジオが海外で受け入れられるのかしら。理解できないんじゃない?」
「大丈夫だよ、オタク文化は世界に繋がっている」
自分の目で見てきたから、知っている。言葉が違っても、伝わるものは伝わるのだ。「そうだといいわね」と彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん、久々に会えて嬉しかったよ」
「奏絵のライブが終わったら、絶対にご飯行くからね。絶対」
「ありがとう、楽しみにしている」
「またね」
「うん、またね稀莉」
あの頃と変わらず「またね」と言い、見えなくなるまで手を振る。
もうクラスメイトじゃなくなった彼女。
でも、声優でい続けて夢を与えてくれる。
そしてこれからも輝きを与え続けるのだ。
「また、描くネタが増えそうだ」
稀莉のことをほんの少しでも手助けして、恩返しできたら嬉しいな。
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