クラスメイトが声優?②
休み時間、ぼっちの二人はいなくなった。
「アオミスの最新刊良かったわね。あそこで振られるとは思わなかったわ」
「ねー。絶対付き合う流れだったのに、作者は可笑しいよ!」
「でも、そこが面白い」
「そうそう、上手くいかないから、もどかしくて気になっちゃうんだよね」
佐久間さんとは話があった。美術部の子たちよりも、漫画やアニメに詳しく、きちんと感想を言葉にできる子だった。おかげで毎日、オタク話を休み時間の度に繰り広げている。
何より佐久間さんは、読み込みが凄い。
「主人公が、言葉と裏腹に行動しちゃうところは、ぐっとくるわね。怒りとは違う。条件反射。あれはどう喋ったらいいのか難しいわ」
「さすがだね、稀莉」
気づけば、お互い名前で呼ぶようになっていた。
「そういえば、稀莉の紹介してくれたアイドルアニメ面白かったよ。可愛い子たちなのに話は熱血で、夢中になって一気に見ちゃった」
「結愛ならわかってくれると思ったわ。あれは大変だったわ」
でも、時々話がかみ合わないことがあった。『あれは大変だったわ』。まるで自分が、そのキャラだったかのように喋るのだ。
変だなーと思うも、読み込みの凄い彼女のことだ、きっとキャラへの感情移入が凄いのだろう。そう結論づけて、深く追求しなかった。
「そうだ、こないだ紹介した漫画の新刊出るんだ。一緒に本屋行こうよ」
「ごめんなさい。今日は仕事があって。明日なら大丈夫」
あと苦学生には見えないが、バイトをしているようだった。美術部に誘った時も、興味はあるけど仕事があるからと断られた。
「わかった、じゃあ明日の放課後ね」
どんなバイトをしているのかは、聞かなかった。気になるが、何だか話しづらそうにしていたから、踏み込まなかった。私は余計なことはしないのだ。話して楽しければそれでオッケーだ。
さらに彼女を知っていくうちに、わかったこともある。
「見てみて、結愛。『空飛びの少女』の新刊、新刊よ!」
「見えているよ、たくさん積まれているね」
彼女はこの作品のことになると、かなり熱が入る。
「前の刊は素晴らしすぎたわ。空音が大活躍して、戦に勝利するんだけど、戦闘機の燃料が切れて海に落ちちゃうの。何とか無人島に着くんだけど、そこで出会ったのが敵国のライバル。敵同士だけど、一時休戦として協力して生き延びようとするの。その心理描写が絶妙でね」
このように『空飛びの少女』のことになると、話が止まらない。有名ライトノベル作品で、私たちが小学生のころアニメもやっていたらしい。
「稀莉は空飛びのことが本当大好きだね」
「もちろんよ! 私の人生において最高傑作だわ。この素晴らしき神作を見ていないなんて、結愛は人生を損しているわよ?」
「わかった、わかったよ。今度の3連休にはちゃんと見るから」
「早く見るのよ。アニメはアニメで本当に素晴らしいの。特に空音の演技がリアルで良くてね。エンディング曲も空音、声優の奏絵さんが歌っているんだけど、これもまた最高なの」
そして特に『空音』、中の人、声優の『吉岡奏絵』さんのことになると最も熱が上がる。
声優に夢中になるなんて、稀莉はかなりのオタクだと思う。イベントで実際に見たこともあるらしい。女子高校生の普通?の私にはよくわからない世界だった。
「稀莉は本当に吉岡さんのことが好きだね」
「うん、すっごい好き」
可愛い女子高生をこんなに夢中にして、吉岡さんは罪作りな人だと思う。一度、どんな人だろうと気になり、検索したこともあった。確かに、吉岡さんは綺麗な女性で、稀莉が好きになるのもわかる見た目だった。だけど、演技の良し悪しまでは私にはわからない。
「いつか会えるといいね」
ただ、吉岡さんは最近役が貰えていないみたいで、活躍できていないらしい。稀莉が「イベントで会えない!」、「一緒の空気を吸えない!」と嘆いていた。重症だ。
「絶対に、会う」
バイトをしている?彼女の財布事情を考えると、イベントなんかあった日にはかなりの額を使いそうで、これで良かったと思うも、口には出さない。声優でも、アニメでも、漫画でも夢中になれることはいいことだ。こうやって好きなことを熱く話せる彼女のことを、羨ましくも思う。
× × ×
ディープなオタク友達として、稀莉と話すのが日常となり、特に何事もなく、冬休みも終わり、高校1年生は終わりを迎えようとした。
今日も電車に揺られ、高校に向かう。
「……っ!?」
いつも通りの日常のはずだったが、突然入ってきた情報に世界は混乱した。
携帯でその情報を知ると、電車の中なのに声を出しそうになった。
『青空ミステイク』アニメ化。
え、何!? 嬉しすぎる。アニメ化? あのアオミスの面々が動いて、声がつくの?
ワクワクが止まらなかった。
公式ホームページもできており、急いでページへ飛ぶ。
そこにキャストの名前が書かれていた。主人公は、うーん、知らない男性声優さんだ。そもそも私は声優に詳しくないので、キャスト欄を見ても、さっぱりわからないのだが、何となく気になってしまう。
そして、私は見つけてしまったのだ。
佐久間 稀莉。
……うん?
知っている名前だった。
もう一度、見る。
キャスト欄に、佐久間稀莉。
うん、同じクラスの友達に同じ名前の子がいるけど、きっと気のせいだ。
そう思って、「佐久間稀莉 声優」と携帯で検索する。
……ううん???
私の友達と同じ顔をした女の子の写真が、検索でたくさん出てきた。
『今をときめく女子高生声優』、『この声優が今年くる!』、『アイドルアニメで出演した佐久間さん』。
事務所のホームページもあった。
「……ええええええええええええええええ!?!?」
今度は声に出ていた。
アオミスのキャスト欄に載っていたのは、紛れもなく私の友達だった。
私の友達が声優? 嘘だ。
え、でも思い出せば当てはまることが多すぎる。
学校を休みがちで、仕事が忙しくて、部活に入らない。
まるでアニメのキャラであるかのように、感想を述べる。そりゃそうだ。彼女が声優を演じたんだから!
まじか。衝撃の事実に頭が追いつかなかった。
学校に着き、急ぎ稀莉の元に行く。
「ねえ、稀莉。あなたもしかして」
言い終わる前に、彼女から話をし始めた。
「結愛、聞いて聞いて! 奏絵さんと一緒にラジオをすることになったの。なったのよ! もう嬉しすぎよ! 来月から会えるの!」
……ううん? ラジオで共演? 奏絵さんって、声優の吉岡さん?
なんで、私のクラスメイトがラジオで共演?
「ねえ、……やっぱり稀莉は声優さんなの?」
「え、知らなかったの?」
その後他のクラスメイトに聞いてみると、皆知っていた。美術部の子も当然のように知っていた。
オタクの私だけが、何故か知らなかった。
「あはは、さすが結愛。最高に面白いわ」
「もー、ちゃんと言ってよ」
「わざわざ言うことじゃないわよ。それにまだ駆け出しだったし」
彼女は謙遜するが、調べれば調べるほど、注目されていることがわかった。
「私って鈍感なのかな?」
「それがいいのよ。ちょっとズレているからいいの。だから、私は結愛の友達なの」
友達。彼女が声優だったとしても友達。
彼女が不安そうに問いかける。
「……友達やめないよね?」
「こんなに話が盛り上がるクラスメイトは、稀莉だけだから」
たとえ何者であったとしても、友達は友達だ。
私のクラスメイトは声優。
それ以前に、話の合うオタク友達だ。
「そういえば、結愛って漫画を描いていたよね? こないだ打ち上げで液タブ当たったんだけど、私は使わないし、いる?」
「いります、いります! やっぱり稀莉は最高の友達だよ!」
「調子いいわね」
ハハハと彼女が笑う。友達はいいもので、最高だ。
……もので釣られたんじゃないよ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます