ある日のラジオ参観②

 × × ×


理香「稀莉も奏絵さんも忙しいのだけど、毎年お正月には必ずうちに寄ってくれるのよね」

奏絵「年末はイベントあること多いですが、年明けの三が日はさすがに休みをくれるので、年明けの挨拶で行ってますね。理香さんこそ、お正月はお休みなんですね」

理香「稀莉が生まれてからは必ず休みにしているわ。普段、母親らしいことできてないから、お正月だけでもちゃんと家族で過ごしたいの」

奏絵「そんな、理香さんは立派にお母さんやってますよ。稀莉ちゃんはとっても良い子で、素敵な人です」

理香「嬉しいわ。でも、私も主人も家を空けることが多く、家政婦さんや劇団の人に稀莉のことはずっと頼りっぱなしだったのは事実よ。稀莉は寂しがらないし、文句も言わないけど、小さい頃は寂しい思いをさせてしまっていたと思うの」

奏絵「会った時から見た目は学生さんでも、性格は大人びていましたからね……。私への感情は素直なんですが、辛いことや悲しいことは当時はなかなか言ってくれなかったですね。……私が言うなって台詞でもあるんですが」


理香「そんな稀莉が我儘をいったのは、『声優になりたい!』って言ったことかしら。あとは奏絵さんとのおつき」

奏絵「そこまでして声優になりたかったんですね!」

理香「奏絵さん、まだ言い終えて」

奏絵「稀莉ちゃんの声優エピソード聞きたいな!」

理香「必死すぎよ、奏絵さん」

奏絵「公言はしないんです……、したら駄目なんです!」

理香「ドレス姿の写真まで撮っているのにね~、あの生放送だって~」

奏絵「稀莉ちゃんの話を聞きたいなー!」


理香「どうして声優になったかは、リスナーなら今さらのことですよね?」

奏絵「ど、どうなんですかね……」

理香「稀莉が奏絵さんを好きになったのは、小学生かしら」

奏絵「あれ、違う話に……」

理香「空飛びのイベントに行きたいと稀莉が劇団の人に相談して、私にも報告がきたの。何も知らないって装ってはいたけど、劇団の人にはイベントでの稀莉の様子を事細かに報告してもらったわ」

奏絵「……ばっちりバレていたんですね」

理香「当然よ、親ですもの。で、『空飛びのイベントに出ていた役者「吉岡奏絵」さんに目を輝かせていた』、『終わった後も「空音が凄かった、歌も、朗読劇も全部すごかった」ばかりで興奮していた』と報告されたわ。グッズも大量購入してバレないように部屋に隠していたけど、家政婦さんがすぐに発見した」

奏絵「でも、バレても本人にも言わなかったんですね」

理香「だって、隠しているフリしてもあのイベント以来、あの子ずっと楽しそうにしていたのよ。色んな劇を見せたり、映画を見せたり、役者として舞台に立ったりしたけど、あまり興味を示さず、何が好きなのか判らなかった。自分の感情を出さない子だったの。そんな稀莉が、デビューしたてのあなたに心を全部持っていかれてしまった」

奏絵「声優駆け出しの私に、ですよね……」

理香「すごいわよねー。その人に近づきたくて声優になって、一緒のラジオをやるなんて、私の娘ながら行動力と運命が凄いわ」

奏絵「なんだか、申し訳ない気持ちです……」

理香「いえ、奏絵さんがいたから稀莉が輝けたと思うの。あのまま劇団で役者をしていても、花開かなかった。『演技するの嫌いじゃない、好きだよ』とは言ってくれていたけど、心の底からは思っていなかった顔だったもの。子供ながら、できた子すぎた。それが変わって、自分の好きを見つけて、自分の道を選べた」

奏絵「声優としても、彼女のことを尊敬しています。あんな凄い子、いないですよ。声優になってくれてよかった」

理香「そうね、声優にならなかったら奏絵さんに出会えなかったものね」

奏絵「……そうなんですかね、そうかもですが。出会えたから私も変われたので、私こそ感謝しています。稀莉ちゃんを育ててくれてありがとうございました」

理香「あら、何なのかしらこの回。結婚前の挨拶はもう済ませているのよ?」

奏絵「いやいやいや、そういう意味はなくて、ですね! 挨拶って何ですか、知らないなー」


理香「稀莉が幸せなので、母親としてはこれ以上言うことはありません。そうそう、この間二人が北陸に旅行したらしいのだけど、その時送ってきた写真が」

奏絵「わーわー、待って、その情報はSNSでもラジオで言ってないですから!」

理香「いいわね~、いつまでも新婚の時の気分が続いているみたいで羨ましいわ」

奏絵「ここで、一曲、一曲いきましょう!」

理香「あら、これっきりラジオでは音楽は滅多に流さないんじゃなくて?」

奏絵「ヘビーリスナーが相手だと困りますね! 今日は特別です! 本日のゲストの理香さんのデビューシングル、え、理香さんは中学生でデビューされているんですか!?」

理香「最初はオーディション番組で優勝したのがきっかけだったわ。10代で歌うのは辞めちゃったけど」

奏絵「凄いですね……! そのデビューシングル『赤すぎた春』をお聞きください!」


 × × ×


奏絵「歌詞がめっちゃ大人! 中学生が歌っていい歌詞ではない……!」

理香「今振り返るとそうね。昭和はそういうのが多かったのよ」

奏絵「やたら重い歌詞もあったりしますよね」

理香「平成生まれの奏絵さんには古い話ね」

奏絵「私ももういい歳ですから、アハハ……。時代は令和です」


理香「稀莉の恥ずかしエピソード、奏絵さんとのイチャラブ話はできているかしら、リスナーは物足りなくない?」

奏絵「十分です、絶対満足しています!」

理香「仲良すぎる二人だけど、喧嘩することはないの?」

奏絵「え、理香さんに話すんですか」

理香「うん」

奏絵「喧嘩は、しょっちゅうしているってことはないですけど、それなりにはしますね。だいたい私が無神経で、稀莉ちゃんが重いことで起こるんですよね……」

理香「例えば?」

奏絵「記念日関係はそうですね。私はメインの誕生日などは重視するのですが、稀莉ちゃんはやたら細かいんですよね……」

理香「ふむふむ、他には?」

奏絵「家事とかはあまり揉めないですね。なんだろ、他は……。料理の味の違いや、家具などのセンスの違いはありますが、今はお互いを尊重しています。あとは、そうだ。ちょっと体調悪いかも、って時に黙っていると怒られますね……。何でもすぐに話しなさいって言われます」

理香「素直に話すことは大事ね。気を遣うことが逆に良くないこともあるわ」

奏絵「あとは良くも悪くも、時間のすれ違いが多いんですよね。休日も決まっていないし、働く時間も日によって違う」

理香「それはうちもそうね。けど、それも悪いことばかりじゃないわ。毎日ずっとべったりだと嫌になっちゃうもの」

奏絵「嫌にはならないかもですが、その適度な会えなさ、寂しさの分だけ、一緒の時間を大切にしようと思えますね。だから、何かあったらすぐ謝るってことを徹底しています。……私が謝ってばかりですけど」

理香「よいふ~ふになれていますね」

奏絵「……ノーコメントで」

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