第42章 私の周波数⑤

「はい、10秒前」


 その掛け声に背筋を伸ばす。でも固くならないように指で頬を柔らかくして。といってもラジオだから顔は見えないけどさ。おまじないをかけるのは、前に座る女の子と今日も笑顔でいたいからだ。


「7,6……」


 声は消え、指だけの合図となる。

 カウントダウンが0になり、何度も聞いたジングルが流れ出す。


「吉岡奏絵と」

「佐久間稀莉の」


 でも、同じ収録は一度だって無い。


「これっきりラジオー!」


 君と話す度に何かが生まれる。それは大したことじゃないかもしれないけど、私にとってかけがえのないもので、生きがいだ。

 そんな気持ちが電波に乗って、伝わると嬉しいな。


 そうやって、私たちは今日もラジオを続けていく。

 


 × × ×


「本当奏絵は、相変わらずなんだから。30過ぎても全く落ち着かないね。出会って10年以上経っても変わらないよ」


 × × ×


「今日もよしおかん、絶好調ですね!」

「うちのオタクラジオも負けてられないな~」


 × × ×


「そんな大きな声出して、二人とも次のライブのことわかっているんですかね」


 × × ×


「私の方が絶対に面白いんだから。ラジオ女王の座は唯奈が絶対に譲らない……ぷふ、わはははは、なんなのこの二人。お腹痛いんだけどー、ははは」


 × × ×


「奏絵先輩は相変わらずですね。あの時のあの子とこんなイチャイチャな関係になっていたとは……。少しは私のおかげなのかな? いつかもう一度、青森で挨拶させてくださいね」


 × × ×


「晴子、もっと音量上げて頂戴」

「理香様、これで最大音量です」

「今週も愉快だね」


 × × ×


「何聞いているの、結愛?」

「ラジオだよ。私の高校の同級生、親友がやっているの」

「No kidding!」


 × × ×


「おい、植島。もっとスピード出せよ」

「人の車に乗っといて、人使いが荒いな伊勢崎君」

「うるせ」

「スピードはあげないよ。ラジオが聞こえづらくなるから」

「収録現場で聞いているだろう?」

「周波数にのると違うんだよ」

「けっ、わからねーよ」


 × × ×


「おーい、片山。2軒目行こうぜ」

「わりー。これから大事な予定があるんすよ」

「おいおい、俺たちと飲むより大事なことあるのかよ」

「担当声優のラジオの時間っすから。じゃっ」


 × × ×


『私、今年結婚します』

「寝言は寝て言え、ひかりん」

『ベッドに入りながらだったらいい?』

「違う、そういうことじゃない」

『聞いてよ~ラジオの相方でしょ~合コン失敗話聞いてよ』

「失敗してんじゃん」

『もういい、ラジオでも聞いて寝る』

「はいはい、あったかくして寝なさいよ」

『これっきりラジオ~。あはは、最初からかなかな噛んでやんの』

「電話越しに実況しないでくれる? 相方さん」


 × × ×


「長田社長、夜遅くまでお疲れ様です」

「……社長って呼び方はまだ慣れないですね」

「まだお仕事ですか?」

「ええ。佐久間さんがラジオで失言しないかチェックです」


 × × ×


「母さん、奏絵のラジオはまだかい」

「もうお父さん、ラジオは昨日聞いたじゃないですか」

「何回聞いても面白いんだ。たまに意味がわからないこともあるが……」

「あらあら、ツンデレですね」

「ツンデレ? 母さん、それはどういう意味なんだ」

「奏絵に直接聞いてみなさいな」


 × × ×


「先輩! ……あ、何言っているんだろ私。寝ていたのか。の割にリフレッシュできてない。あープレゼン資料終わらない。まっしろー。ラジオもつけっぱなしだ。よしおかん? ……なんか、この声聞いたことある気がする。気のせいか! うーん、もうひと踏ん張りしましょう!」


 × × ×


「今日はおたより読まれるかな。読まれてほしくないような、読まれたいような……。事務所の先輩のラジオにおたより送るのは、そろそろやめた方がいいかな……あっ、読まれたーーー!」


 × × ×


「今日もドーナッツよりも、ケーキよりもあまりラジオですね。さすがの梢もブラックなコーヒーがほしくなりますぅ」


 × × ×


「今日もひどい収録だった」

「何よ、最高じゃない」

「いやいや、何言っているの? 放送事故すれすれだよ」

「大丈夫、これっきり、これっきりといって何年も続いているから」

「そういう意味でタイトルコールしてないからね!?」

「かなえーつかれたーおんぶしてー」

「急に何!? しないよ!?」

「じゃあ、ちゅー」

「ちゅーなら……ってしないよ!?」

「ちぇっ」

「舌打ちしない~」

「耳がいいんだから」

「わー、すっかり外は真っ暗だね」

「ちょっと肌寒い」

「そういって抱き着いてくる稀莉ちゃんなのであった」

「誰にいっているの?」

「電波の向こうの君たち」

「誰よそれ。今日のラジオ収録はもう終わっているわ」

「周波数を合わせれば聞こえるよ」

「そう?」

「わっ、急に胸に顔をうずめないで!」

「周波数聞いているの。鼓動はやっ」

「……慣れないから」

「ふふ、私だけの周波数ね」

「他の人には聞かせないよ」

「もちろん。聞かせるのはこれっきりラジオだけで十分だわ」

「十分すぎるほどやっているけどね」

「十年はやりたいわね」

「十年……、私がアラフォー……?」

「私もアラサーになっているわね。よしおばあちゃん」

「そうじゃね、稀莉おばあちゃん」

「……どうなっているのかな」

「変わらないよ、ずっと稀莉ちゃんのことが好きなまま」

「ふふふ、ありがとう。私も好きだよ、ダイスキ」

「……甘々すぎないかい?」

「じゃあ、ちゅー」

「だからしないって!?」

「いつしてくれるのよ!」

「けっこうしているじゃん!」

「3日前です」

「へ?」

「それ以降していません」

「……よく覚えているね」

「毎朝、毎晩必要なの」

「過剰摂取!」

「溢れるぐらいがいいの!」

「じゃ、じゃあ。無事に武道館のイベント終わったら」

「終わったら?」

「ご褒美で毎日を検討します」

「最高のイベントにするわよ、奏絵!」

「急にやる気出してきた」

「それじゃなくても空飛びのイベントよ。元からやる気しかない」

「楽しみだね」

「歌える?」

「歌えるよ」

「歌う前におまじないしてあげるから」

「……けっこう根に持っているね」

「いいことじゃない。私のルーティンよ」

「勝手にルーティンにしないでー」

「じゃあ、武道館でライブ前のキス待っています」

「うん、歌える気がしてきた。おまじないなくても大丈夫」

「駄目です、飛び立つ前のエネルギー補給は必要です。空飛びにもそう書いてあったわ」

「書いてないよ!?」

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