第42章 私の周波数
第42章 私の周波数①
青空から射す光よりも温かい言葉が降り注ぐ。
「おめでと~」
「結婚おめでとう~」
人々が手に持つカラフルな花びらを花嫁の上に降らす。白、黄、ピンクの彩りが喜びの声と共に舞う。フラワーシャワーだ。
「綺麗」
その華やかな光景に、隣の女の子が声を漏らす。ペールブルーのワンピースドレスの彼女に「君こそ綺麗だよ」と言いたくなるが、今日の主役は彼女じゃない。
花嫁が近くにやってくる。
「瑞羽おめでとう、綺麗だよ」
「ありがとう奏絵」
今日は養成所時代の同期、西山瑞羽の結婚式だ。私と隣の稀莉ちゃんはありがたいことに式の招待状をもらい、喜んで参加に丸をした。
「瑞羽さん、奏絵と一緒に」
そう言って稀莉ちゃんが、メイドの晴子さんから借りた一眼レフカメラを構える。
「はい、チーズ」
心からの笑顔を浮かべ、同期と貴重なツーショットが生まれる。養成所の同期で残っているのは私と瑞羽だけだ。イベントで一緒に写真を撮ることはあるが、二人であることは少ない。プライベートでも同期だとなんだか気恥ずかしくて、二人だけの写真は残してこなかった。……うん、稀莉ちゃんとのツーショットが多すぎで麻痺しているだけで、そういったものだろう。
「瑞羽さん、おめでとうございます」
「本当におめでとう、瑞羽。幸せになってね」
「うん、幸せになる。ううん、もうたくさん幸せだよ!」
たくさんの人が来ているので、花嫁と旦那さんはすぐに行ってしまう。握手会やお見送りに参加したオタクの気分だ。言いたいことを考えていたら、あっという間に過ぎ去ってしまう。きちんと言葉にできてよかったとほっとする。
旦那さんも優しそうな、笑顔が素敵な人で瑞羽にお似合いだ。事前に聞いていた通り、ラジオ関係者じゃないみたいで安心?した。詳しくは詮索していないが、同業者では無さそうだ。……同業者以外とどう出会うかは私は知らないけど。
彼女が籍を入れてから、式を挙げるまでコロナ禍の影響もあり、かなりの年月が経った。でもこうして開けてよかった、そう思えるほど素敵な瞬間の連続だ。
「ひ」
花嫁の幸せな後ろ姿を目で追っていると、肩を稀莉ちゃんに触られ、声をあげてしまう。今日の私の格好はワインレッドのワンピースに黒のレースボレロを羽織っており、肩まわりが透けているので防御力がやたら低い。
「ど、どうした?」
「綺麗ね」
「さっきも聞いたよ」
「何度でも言うわよ。花嫁って綺麗で素敵」
キラキラと輝く目で見る彼女。その眼差しには羨望と憧れが混ざり合っている。稀莉ちゃんにとって初めて参加する結婚式だ。20代前半なので当然といえば当然であるが、その眩しさを自分の目で見たのは初めての経験だ。
「…………」
私と出会わなければ、こういう未来も彼女にあったのだろうか。
私に憧れなければ、別の憧れをみつけられたのではないか。
花嫁姿の稀莉ちゃん。
その隣に私は……。
「はぁ」
聞こえないぐらいに小さくため息をつく。
付き合って、同棲を何年もして、同じ指輪もしているのにいまだにそういうマイナスな気持ちを抱いてしまう。幸せだ。後悔も未練も何もなく、私の選択は間違っていない。
けどあまりに素敵で幸せな姿を見ると、素直に喜ばしい気持ちと同時に、不安が心を蝕む。
「……何、黙っているのよ奏絵」
「ご、ごめん」
「顔に出すぎよ」
わかりやすいと言われるが、そんなにかな。
「……顔に出ている?」
「私だって思うから。私と出会わなければ奏絵もこうなっていたのかなって」
「そんなこと、ない」
そんな未来などない。
あるはずないんだ。
何度だって私はこの手をとる。
手を強く握ると彼女が嬉しそうに口にした。
「私はあなたと一緒にいられてよかった」
これが私の幸せだよ、と私の心を何度だって照らす。
「……ありがと」
「それに花嫁姿も諦めてないから、ね、奏絵さん」
「うん?」
諦めていない? 急にさん付けされて怖い。
「期待しているから」
「ううん?」
「本当にわかっていないのかしら、この人」
「え、どういうこと?」
「集合写真だって、いくわよ奏絵」
繋いだままの手を離さず、彼女が引っ張る。
「はーい、皆さん、こっち向いてー」
カメラマンが高い所から声をかける。
フラッシュの光と共に、幸せの一部になる。できた写真は皆、きっと笑顔で私も稀莉ちゃんも忘れないだろう。
× × ×
結婚式に行ってみると思う。
「結婚式っていいな~」
「本当に良かった~」
「だから早く二人は結婚式開いてくださいって何百回も言っているんですが」
声高に主張するのはメイドの晴子さんだ。メイド姿ではないけど。私たちがザ・結婚式な格好で引き出物ももらいで荷物が多いので、わざわざ迎えに来てくれたのだ。運転もバッチリでき、本当に何でもできるなと感心する。これで声優やラジオの仕事もできたら、私の立場が無い。
「あはは」
「笑ってごまかさないでください」
「私もさっき花嫁姿諦めてないって言ったのに、奏絵は理解していないし」
「あっ、そういう意味だったの」
私と稀莉ちゃんとで式を挙げる。挙がるのか? 挙げることができるのか? ドレスを着ることはできるだろうけど、でもな~今したら感化されすぎな気もするし。
「あと1年しなかったら、私がドッキリで式を開きますんで覚悟してください」
「1年って早くないですか!?」
「早くないです。私が何年待ったっと思っているんですか。一向に進展ないんで家から出ていった私の気持ちを考えてください!」
そうだ。何年も一緒に住んでお世話してくれた保護者的立場の晴子さんは、今年の春に私と稀莉ちゃんの家から去り、正しい意味での同棲生活がスタートしていた。
「といっても、よく来てくれますよね晴子さん」
「お二人とも忙しいから心配なんです」
合鍵も渡しており、部屋が気づくと綺麗になっていたり、冷蔵庫にタッパで料理が保存されていたりとメイドさんに感謝する日々です。
「いつか、考えます。いつか」
「いつかっていつよ!?」
「いつなんですか!?」
二人から責められる。いつかはいつかだよ!
「でも、奏絵がそういうのも仕方ないわ。今は集中することがあるから」
「うん、そうだよね」
私のカレンダーの一カ月後に大きく丸がつけられている。
「明日もレッスン?」
「うん、朝から牧野先生と練習。稀莉ちゃんは舞台挨拶だったよね?」
「川崎、横浜、大宮、池袋、新宿」
「5か所か~大変」
「空飛びファンに会えるんだから、苦じゃないわよ。関東だけじゃなくて、全国まわりたいわ」
「空飛び映画の完結だもんね!」
『空飛びの少女』の映画三部作の最終章の上映。
そして、『空飛び音楽祭』と称された『空飛びの少女』の音楽イベントが私たちを待っていた。
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