橘唯奈の出番はない⑧

***

唯奈「今日も」

スタッフ「世界で1番」

唯奈「私が」

唯奈・スタッフ「可愛い!」


唯奈「唯奈独尊ラジオ―!!」


唯奈「今回も始まりました。いいかげん、最初のコールは変えたいわね。もう20代もそこそこ経ったんでいつまでもカワイイだけじゃないられないの。大人の女性に私もなっていかないと駄目。どこかの声優さんみたいに永遠の〇〇歳にはならないわ」


唯奈「大人っぽく見えるように髪型も色々とチャレンジしているの。どの唯奈が皆は好き? 最近は内巻きボブね、けっこう似合っていると思うんだけどどうかしら?」


唯奈「ツインテはもういいかな……。10代の特権じゃない? もしくは2次元。20そこそこになってツインテだといつまでも大人な唯奈になれない気がする。アニメのキャラがツインテだったら、イベントでも合わせる努力するけど普段はもうきついな~。それに最近はウィッグでイベントは済ませちゃう方が楽かな」


唯奈「ポニテにしてイベント出た時の反響が凄かったの覚えているわ。オタクはポニーテール好きが多いの? うん? 普段と違った髪型を見せるのがいいの? わかるような、わからないような」


唯奈「あー普段は眼鏡をしていないキャラが家では眼鏡だったり、外ではきっちりとしたスーツを着ている人が家ではだらしない格好だったりする、そんなギャップがいいのね。それはわかる。なるほどー」


唯奈「わかりました。唯奈もギャップをたくさんつくっていくわ。私も普段はコンタクトで家では眼鏡なことが多いから、それもギャップね。眼鏡姿見せたことあったっけ? え、それじゃ弱い? 構成作家がいちいち面倒だわ」


唯奈「え、自宅では全裸!? そんなわけないじゃない! え、あの声優さんは自宅で裸族なの!?!? ちょっと、私の王国民には教えられないわ。そっちにファンが移っちゃうじゃない。私は普通にパジャマかラフな格好です」


唯奈「さぁアバンはこれぐらいにして、今日も始めるわよ!」


唯奈「唯奈ー、独尊ー、ラジオ―!」


唯奈「この番組は、日々の暮らしを豊かにするコンビニ『ステラ』と、あなたの喉を爽快、リフレッシュドリンク『レモンダッシュ』の提供でお送りいたします」


× × ×

唯奈「今日はおたよりがたくさん来ているので、おたよりをたくさん読む回にするわ。どうしておたよりが多いかは国民の皆ならわかるよね? たくさんのおたよりをありがとう。嬉しいです」


唯奈「じゃあ早速一通目。『ナベソーラ』国民から。『唯奈様、こんばんはー。唯奈様の3年ぶりの有観客ライブ最高でした! オンラインライブも良かったのですが、やっぱり唯奈様の歌は生で聞けるのが最高です。幸せな時間でした。唯奈様は久しぶりのお客さんの前でのライブどうでしたか?』」


唯奈「おたより、ありがとう。そう、細かく言うと3年と6カ月ぶりぐらいの有観客ライブでした。久々、緊張したー。え、どこが緊張していたのって? 全部よ全部。完璧に見せているけど、唯奈も人間なの。反省だらけよ。もちろん精一杯の全力を出したわ」


唯奈「オンラインライブも何回か開催して、あとで自分もアーカイブ視聴してコメントを見返したりしてファンの声を聞いてきたけど、お客さんの表情を見ながら歌うのはやっぱりいいわね。まだ制限はあるけど、それでも皆の前に立つから、私が私でいられるんだな~と思います、ありがとう」


唯奈「歌いたい曲も多すぎて、当然全部は歌えなくて、何日もやりたかったな。やっぱりステージの上は特別な場所で、そこからの光景はかけがえのないものでした。忘れられません。これからもっとそんな景色を見せてね、みんな」


唯奈「他にもおたよりが来ているからどんどん読んでいくわ。『マチカドジっ子』国民から。『友達と久しぶりの唯奈様のライブ、最高でした。ごめんなさい、……恋人です、友達じゃありません、大好きな人と一緒に唯奈様を拝みました。惚気てすみません』」


唯奈「……次に行こうかしら? しょうがないわね、今日は寛大な気持ちで読みまーす」


唯奈「『とっても素敵なライブでした。本当に生・唯奈様が久々すぎて登場前のイントロから泣いちゃいました。そして唯奈様が現れてさらに泣く。唯奈様のライブグッズのタオル(金額:2,000円)がライブ終演後はびしょびしょでした。唯奈様に出会えて幸せです。ありがとうございました』」


唯奈「うんうん、ありがとう。続き、読むわね」


唯奈「『オンラインライブを何回かする中で思い、今回のライブでさらに強く実感したのですが、唯奈様の歌が20歳を超えてから変わった気がします。なんと説明したらいいかわかりませんが、ともかく明るくて元気ー楽しいーから、心にズンとくる、泣かせにくる面が増えた気がします。唯奈様も様々なことを経験し、大人になっているんだな~と歌から実感します。気のせいですかね? もし話せたらでいいのですが、20歳を過ぎてから唯奈様に何か大きな出来事があったのでしょうか? 王国民としては気になって気になりすぎて夜も8時間しか眠れません。これからも唯奈様の活躍を願っています。またライブでイベントで会いたいです。唯奈様、大好き。』」


唯奈「ありがたいわね。最初は惚気を入れてきましたが、熱いおたよりでした。あつおた! ……なんか違うわね。ともかくありがとう。皆も不安があったと思うけど、こうやってお客さんを入れてライブができてよかったなと思っています。同時に配信もしたので、よりたくさんの人が見てくれた気がします」


唯奈「20を過ぎてから変わったか……よく見ているわね。自分でも気づいていなかったけど、同じようにスタッフさんからも似たようなこと言われました。より人間っぽくなったねって。人間っぽくって何なの? と思うけど、言わんとすることはわかります」


唯奈「20歳を過ぎてからあったことね……。今までと違ってライブが皆の前でできなくなり、環境が恵まれていたんだなとか、私一人じゃどうしようもできないんだなと学びました。時間もできて、考えることも増えたわね。これから声優としてやっていけるのだろうか……まではマイナスな考えじゃなかったけど、私たちの仕事は必要なのだろうかと考えました。私が言うのもなんだけど、必要だよね。声や歌は元気をあげられる、人を変えられる。そう思います」


唯奈「そういう風に考えられるようになったのは、大人になった、というのかしら? 猪突猛進だった10代とは違う。おばさんにはなりたくないわね。あと、大きな事といえば、失恋しました。以上です!」


唯奈「失恋については詳しく話さない! 勝手に妄想しなさい! え、2次元、3次元どっちって? どっちなんでしょう、ふふふ。終わり、この話終わり! 次のコーナーいくよ!」

***


 収録後「これから打ち合わせに行こうぜ」と構成作家の伊勢崎さんに誘われ、外に出た。


「お疲れ、唯奈様」

「なんですか、ニヤニヤして」


 テーブル席で斜め対面に座り、昼過ぎの空いたラーメン屋さんで食事する。


「やーーーっと失恋した時のこと話したか」

「……やたら横棒を伸ばすわね」

「吉岡奏絵に振られたんだろう、唯奈様?」

「ぶーっ」


 いきなり核心を突かれて、びっくりする。


「きたねーな、女性声優がラーメンを吹くんじゃないよ」

「ゲホゲホ、いきなりそっちが変なこと言うからでしょ!?」


 私ってバレバレだったの? 吉岡奏絵は全然気づいていなかったのに、周りには気づかれていたの!? ……まぁいい。終わった話だ。切り替え、切り替え。


「ええ、フラれましたよ。振られました。完膚なきまでに振られました」

「そうかそうか」

「……嬉しそうじゃないですか」

「浮かれている奴より、失恋で荒んでいる方が演者は輝くんだよ」

「さいてー」

「それそれ。トークのキレもあがるんだ」


 少しイラっともするが、一理あるので何もいえない。急に失恋話をしたことでSNSも賑わうことになるかもしれないが、「それが今の唯奈様だろ?」と伊勢崎さんは言い、カットせずに放送するとのことだ。嬉しいが、ただ再生数を稼げるからと打算的な考えが潜んでいるのだろうなとも思う。ずっと組んできたお世話になった人物なので今さらどうこう言わない。私のお姉さんのような、お母さんのような存在、といったら怒られるだろうか。


「でもそれってだいたい3年前のことだろ? 話すまで長くない?」

「……色々とあるのよ」

「なかなか吹っ切れなかったんだな」

「……ええ」

「それにしても掛かりすぎじゃないか、3年って」

「いいでしょ! 3年かかったって!」

「その間に中学生も、高校生も卒業しちゃったぞ」

「小学生や、大学生は卒業してない!」


 そう、そうなんだ。完膚なきまでに吉岡奏絵に振られたのだが、なかなか吹っ切れなかった。失恋したらスッキリすると思ったけど、それでもついつい思い出してしまう。その間に別の恋をみつけられるはずもなく、“友達”、“同業者”としてたまに彼女と稀莉に関わってきた。終わったはずの恋を引っ張り続けて、続けて、3年経って、やっと他の人にも話せる状況になった。


「……好きって何でしょうか」

「キミを好きなファンはたくさんいるよ」


 そういうことではない。


「ここは失恋祝いで私のおごりだ」

「祝いじゃなくて、そこは励まし、慰めじゃないですか」

「別に励ましたり、慰めたりしてほしくないだろ?」


 そう、もうとっくに終わっていて、さすがの私も気持ちの整理がついている。でも、


「思いますよ。稀莉より先に好きになっていたらって」


 その恋はまだきちんと鮮明に記憶している。


「でも結局は稀莉がいたから、私は彼女のことを知ったし、好きになった」


 色褪せず、ずっと私の中に残って、私の一部になっていくのだろう。


「……唯奈様」

「なによ」


 ジト目で伊勢崎さんが心配そうに口にする。


「人の好きな人を好きになると大変だぞ。癖にならないようにな……」

「ガチの心配をしないで! そういうことじゃないから!」

「良かった、良かった。不倫とか略奪などのスクープはくれぐれもやめてくれな。ラジオが終わってしまう」

「わかっているわよ。こんな恋、二度と……」

「二度と?」

「……知らない」


 相変わらず意地悪な構成作家だ。


「唯奈」


 ラーメンを食べ終わり、外に出た私に優しい声で伊勢崎さんが話す。


「大人になったな」


 何が大人なのだろうか。

 恋をして強くなるなんて嘘だと思う。けど、積み重ねたものは増えた。それが良いもの、悪いものかかわらず、経験して、消化されて、私が気づかないほどに私に溶け込んでいる。それが声になり、歌になり、届いて、また繋がっていく。

 悪くないな、と思う。

 だから私は生意気に、構成作家にこう返すのだ。


「うるさい!」

「じゃあ次の収録でな」


 吉岡奏絵を好きになって良かった、今ならそう言える。

 見上げた空はまだ青く、これからオレンジ色に変わっていくだろう。同じ空はなく、見る度に色を変えていく。


「あっ、唯奈ちゃん」


 呼ばれた声に振り返る。

 ……私の色も、きっとこれから変わっていく。


 好きになって良かった。

 また、そう言えることができたらいいな、と微笑むのであった。

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