第41章 君を待っている⑥

 唯奈ちゃんとの間に起きたことを話し終え、稀莉ちゃんの顔を見る。


「ということだったんだよ!」


 汗がだらだらと止まらない。

 どういうことなんだ、私? 私も何が起きたか、イマイチ理解してない。唯奈ちゃんが私のことが好きらしくて、でも特にどうかしたいわけではなくて、あれ以降直接の連絡はない。そんな時に30歳記念のビデオレターが届き、稀莉ちゃんにバレたわけだが。でも唯奈ちゃん自身も「可笑しかった」と評しており、けどけど事故なんかじゃなくて意志は確かにあった。

 目の前の女の子が口を開いた。


「で?」

「……っ」

 

 あ、これ見たことある。

 おうち時間の時にプレイしたギャルゲーの結末だ。

 『Dead End』。

 人生はギャルゲー。ギャルゲーは人生?

 詰み。

 いや、私は学んだはずだ。負のスパイラルからの脱却を。何度もゲームオーバーになって、何度も鮮血エンドを目の当たりにして、私は知ったはずだ。

 今、私がすべきことは!


「稀莉ちゃん!」


 彼女へ近づき、強く抱きしめる。


「当然稀莉ちゃんのことが大好きです! 私の気持ちに変わりありません!」

「それだけ?」

「唯奈ちゃんの気持ちには答えられません。黙っていてごめんなさい!」

「まだ足りない」


 見上げる潤んだ瞳に抵抗はできない。彼女の前髪をあげて、そっと口づけする。


「……これでいい?」

「ここは?」


 そういって、マスクを指さす。その奥にある耽美な感触を私は知っている。


「……濃厚接触は禁止だから」

「密着してきたのは誰よ」

「それもそうだけど」


 彼女に押されて、密着から解き放たれる。

 うん、そもそも場所が収録ブースであったことを思い出す。事前にスタッフが部屋からいなくなっていて助かった。


「あ」

 

 ブースの外で屈んでいた女性スタッフと目が合う。


「す、すみませーん! 書類を忘れて取りに来て、それだけです! 何も、何もみてませんーん!」


 扉から勢いよく出ていく。

 

「絶対に見られていた反応だよね……」


 見られてもセーフな内容だよね? 感染対策的にはアウトだけど!


「唯奈がね……、ふーん……」


 外のスタッフに反応せず、思案する目の前の女の子が怖い。


「ゆ、友情にひびが入らないで欲しいな、なーんて」

「ひびは入らないわ。ただ事情聴取はさせてもらう。もう連絡したの。今週どこかで話そうって」

「返事はきたの?」

「土下座のスタンプが送られてきた」


 稀莉ちゃん、お手柔らかにね?

 口に出したら私が怒られそうなので言わないけど、心で願う。


「私は心が広いから、私は心が広いから、私は! 心が! 広いから! 今回は不問にしてあげる」

「ありがとうございます、稀莉様」

「そうね、でも指輪を買いましょう。お風呂以外は必ずすること。魔よけの道具よ。いつでも私のことを思い出して、余計なものがつかないようにするの。そうだ、イヤリングも同じのつけましょうか」

「え、指輪にイヤリング?」

「首輪がいい?」

「指輪も、イヤリングも私に任せてください!」

「じゃあこの後行くわよ」

「え、今日?」

「いいわね?」

「はい、仰せのままに」

 

 私の30歳の記念回だというのに、出費が決まったのであった。


「はい、この話は終わり。楽しみね、ペアリングに、ペアイヤリング。ほら、奏絵の誕生石はクオーツで、永遠の愛って意味があるらしいわ」


 稀莉ちゃんが「奏絵にピッタリの誕生石ね」と携帯画面を見せてくる。永遠、永遠の愛か。言葉が急に重くなる。そのつもりだし、その覚悟もあるつもりで声優に戻ってきたが、いざ示されると躊躇してしまう。どんなことがあっても彼女の側にいると決めた。それでも声優としてずっと一緒にいられるとは限らない。


「唯奈とはじっくりと話すとして」

「仲良くね?」

「仲良しよ。レッスンを再開するのね」

「うん、それが言えなかったこと。目標はないけど、また少しずつ始めていけたらなって」


 喉を壊した原因に、歌はもちろんある。歌手活動をしなければ、手術することなんてなかったかもしれない。


「うちの両親も、稀莉ちゃんのお義父さんお義母さんももう認めてくれたし、制限はなくなったから武道館で歌って、私の力をみせつける必要はなくなった。それに前みたいにきちんと歌えるか、わからない。でも、やらなきゃいけない、と思っている」


 タイアップの話もないし、また曲が出せるかもわからない。ライブもいつできるようになるか不透明だ。再開しても意味がないかもしれない。

 けど、コロナ禍になってわかったんだ。


「私たちはいつ仕事が無くなってもおかしくない」


 前から知っていることだ。順調でも次クールには仕事ゼロが当然ありえる世界。

 さらにコロナ禍になり、延期や、そもそもプロジェクトが中止になった作品もある。機会がどんどん減って、無くなっていく。

 そんな中、立ち止まっていることは許されない。


「立ち止まりたくない。仕方ないとぼーっとしていたくない。少しずつでも進んでいく。諦めないで、私を信じてみたい」


 地球が回転しないのなら、私から進んで、切り開く。

 私の言葉に彼女が優しい声で答えた。


「私が待っている。奏絵の歌声を待っている。それじゃ目標に、理由にならない?」

「……十分すぎる理由だよ」


 30歳。私の何度目かのリスタートだ。


 

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