第41章 君を待っている④

 どういうことか答えないわけにもいかず、私は話し始めた。

 釈明、自供、自白。私の説明がどれにあたるのかは、きっと彼女次第。大丈夫、稀莉ちゃんならわかってくれる。


「早く話しなさいよ」


 ……わかってくれるよね?


 × × ×

 ラジオの再開と共に、アフレコも再開となった。

 ただ以前の様子とは全く違う。


 まず人数は2,3人ずつの収録となった。密閉空間内で距離を保つため、今まで通りの大人数での収録は不可能となった。

 マイクも固定で収録ブースには3本立っている。間には立てられた壁があり、2,3人の1チームの収録ごとに10分ほどの換気、マイク、壁等のブース内の消毒がされる。


「おはようございます、吉岡先輩」

「おはよう、砂羽ちゃん」


 先に事務所の後輩の新人・広中砂羽ちゃんがきていた。彼女は、私がこれっきりラジオをお休みした時にピンチヒッターとしてラジオを担当してくれた。その時のことは感謝してもしきれない。彼女も声優として2年目になり、役を少しずつ増やしている。期待の後輩だ。


「今日は暑いね~」

「ですね~」


 私たちの前に1組の収録が終わっており、今は収録ブースの外の休憩室で換気・消毒待ちだ。そしてもう一人がやってくる。

 

「おはよう、吉岡奏絵、広中砂羽」


 強気な口調と漲る自信。20歳弱にして、声優界一といっていいほどの人気と圧倒的歌唱力を持つ声優であり、アーティストである橘唯奈ちゃんが目の前にいた。


「おはよう、唯奈ちゃん」

「おはようございます、唯奈様」

「久しぶりね、今年に入ってからは実は初めて?」

「だね~。ゲーム内では会ったけどリアルでは久々かも」


 前見たよりも大人びた印象だ。この年齢の女の子は数ヵ月あわないだけでも印象がガラッと変わる。どうやら今日の収録はこの3人で1チームらしい。


「吉岡先輩に、唯奈様が一緒だなんて、今日の収録ガチャはSSRです…!」

「収録」

「ガチャ?」


 砂羽ちゃんの言葉に唯奈ちゃんと顔を見合わせる。


「いや、新人の私が言うのはおこがましいのですが、2,3人の収録になり、同じ作品でも会いづらくなったじゃないですか。特に私はちょい役が多いので、ちょい役の人たちと一緒のグループになって、すぐ終わることが多くて、人気声優さんと一緒になることが少ないんです。それが! 今日は! 大好きなお二人と一緒なんですよ!? SSR、いやUR、LR??? ともかくテンションあがりますよ!」


 なるほど。台詞の多い役は同じグループになりやすく、メインじゃないキャラ同士は時間が少ないので同じグループになりやすい。そういう弊害もあるのか。私がSSRかは置いといて、同じアニメをつくっていて、一回も会えずに終わることも当たり前になっていくのだろう。それに打ち上げもできない状況だ。仕方がないが、寂しさを感じる。

 唯奈ちゃんが口を開く。


「モブでも何でもさ、最初は先輩の演技を見て覚えるじゃん。そういう機会がなくなってこれからの新人は可哀そうね」

「確かに」

「そうですよ……」

「それに収録する側も時間をかけたくないから、慣れている人を起用しがちになる」


 学ぶ機会も少なく、そもそもスタート地点に立てない。


「合わせての演技ができない。先に録る人は『あの人は、相手はこう演技するから』と想像しなきゃいけない。若手、新人には厳しいわよね。場数が違う。指示する側も困ると思うのよ。だからメイン役は信頼できる人にして、先に収録させる」

「そうですね……、過去に一緒に仕事をして、実力がわかる人をよりキャスティングすることが増えていくと思います」

「タイムスケジュールが決まっているから、イレギュラーを起こす新人は嫌煙しがちね。メインなんてさらに新人はとれなくなったわ。博打を打ちづらくなった」


 それに当分はテープオーディションが主流になっていくだろう。リアルでオーディションをするのは環境的に状況的に難しくなっていく。でもテープだけじゃわからないことも多い。から、知っている人を起用する。


「本当、私は早めに声優になっていてよかったわ。大学を出てからと考えてたらゲームオーバーだった。砂羽、あんたは去年4月にデビュー出来て良かったわね」

「本当、そうですよ! それにお二人のライブにもお呼ばれされて最高の1年でした」

「こらこら、あんたはこれからでしょ」


 砂羽ちゃんの方が年が上なのだが、唯奈ちゃんが先輩に見える。


「でも拘束時間が減ったのはいいよね。前はちょい役でも1話分まるまるいなくちゃいけなかったけど、今は自分の時間だけでよくて、効率はいい。まぁ他の人みて学べないし、掛け合いもちゃんとはできないから雰囲気がつかみづらいけど」

「現時点である程度実力がある人しか生き残っていけない、辛い世の中よね」


 輝く原石であっても、その原石が磨かなければ意味がない。そもそも輝きの一瞬も見つけづらい状況となってしまった。仕方ない、では済ませられない問題だ。でもじゃあどうする? 結局は勝負の世界で、ある程度の位置をゲットしてしまった私が、あえて譲っていく、そんなことなんてできない。この状況を活かしていける人、この環境でも伸ばしていける人が生き残っていく。

 当たり前にあった収録も、当たり前ではないとわかった。状況によっては延期になるし、中止になる。様々なことに左右され、環境が整ってようやく私たちが輝ける。


「声優って大変だね……」

「いまさら?」

「でも楽しいんですよね」


 30歳になって改めて自分の仕事が特殊であると実感する。

 換気・消毒が終わったのか、音響スタッフに「ご準備ください」と言われ、中に入っていった。

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