第41章 君を待っている③
***
奏絵「30歳を祝われているはずなのに、心身ともに疲労していく……」
稀莉「お祝いVTRは全部はお届けできなかったので、あとでちゃんと見なさいよ」
奏絵「同期や先輩声優さんや事務所の人はまだわかるよ。両親の登場もクイズから予想できたさ」
稀莉「ご両親のところは放送ではきちんとカットされているそうです、ご安心を」
奏絵「当然だよ、一般人だよ!?」
稀莉「たくさんの人に愛されていますね」
奏絵「うーん、嬉しいよ。嬉しいんだけど、……釈然としない」
稀莉「コーナーはだいたいこんなところね。じゃあおたより読むわよ」
奏絵「急に普通に戻った!」
稀莉「ラジオネーム、『そーい粗茶』からよ。『よしおかん、30歳おめでとうございます! ますます綺麗になっていくよしおかん。でもトークは相変わらずで毎週放送を聞くのが飽きません。それでもリモート収録だとやっぱりどこか物足りなくて、スタジオに戻ってからのパワーアップした放送が楽しみです。30歳になり、何か変わったこと、30歳になってこれから挑戦したいことはありますか。これからもご活躍期待しています』」
奏絵「おたよりありがとう。素直に嬉しい」
稀莉「何か30になって変わったことある?」
奏絵「そんなにないけどな……。あーでもこないだ紙に記載する時に実年齢書いて、あー……ってなった。強がっていても自分で30という数字を書くと重みを実感する」
稀莉「それぐらいなもん?」
奏絵「そんなに変わらないよ。年は重ねたけど、この仕事だと役職があがるわけでもないし、その実感と責任もない。22歳ごろから精神はそんなに成長していない気がするな~」
稀莉「そんなことないわよ。よしおかんも変わっていっているわ」
奏絵「そうなのかな~。私が小さい頃に思い描いていた大人とはなんだか違うんだよな。いつまで経っても子供」
稀莉「こういう夢を追い続けている仕事なのだから、ずっと大人になれないわよね。でもそれがいいと思う」
奏絵「うん、そうだね。いい歳とかないもんね、この仕事。私もこの30歳の私が好きだよ」
稀莉「何か30歳で挑戦したいことはある?」
奏絵「りょ、料理……は挑戦しているけど、もっと上手くなりたい」
稀莉「諦めよう」
奏絵「そんなっ! それが封じられると何だろう」
稀莉「あんまりない?」
奏絵「……実はあるんだけど、今回は秘密。来たる時がきたら言います」
稀莉「何をもったいぶって」
奏絵「まだまだだから。私は前を向いているよ、とだけ」
稀莉「なんなのよ。まぁいいわ、次のおたよりよ。ラジオネーム『波打ち際のたこたこ』さんから。『吉岡様、30歳のお誕生日おめでとうございます。このラジオを聞き続け、私の環境も大きく変わりました。辛いこともたくさんありますが、吉岡様と稀莉さんのかけ合いが毎度楽しく、癒しです。素敵な時間を届けてくれてありがとうございます。二人に今まで色々な試練がありましたが、この状況下での困難も二人なら乗り越えてくれると信じています。これっきりラジオが生きがいです。吉岡様、稀莉さんと末永くお幸せに』。はい、私幸せになります」
奏絵「おいおい」
稀莉「よしおかん、おめでとう。これからもずっと一緒だよ」
奏絵「ちょっとヤンデレ風味だけど、うーん、ありがとう」
稀莉「生きがいだって」
奏絵「嬉しいね、本当に嬉しいです。ただ明日からは30歳を辞めて、17歳になります。永遠の17歳になります」
稀莉「17歳だとお酒飲めないわよ」
奏絵「あ、そっか。じゃあ21! 永遠の21!」
稀莉「21歳と何カ月になるのやら」
奏絵「年齢非公表にします」
稀莉「もう遅い」
稀莉「はい、じゃあ今日はあっという間でしたが以上よ。来週からは通常回に戻るから、各コーナーにどしどしおたより送りなさい」
奏絵「待ってまーす。20歳の吉岡奏絵でしたー」
稀莉「それだと私と同じ年齢じゃない……」
***
色々なことがあった回だった。久しぶりにスタジオに戻ってきたことも忘れるほどの濃密さで、少々イジリも過ぎたが、30歳になったので大人の余裕として許容する。30かー、本当に30になったのか。
ラジオでも話したが、30歳になった実感はなく、まだまだ気持ちは若く、成長しきれていない。声優という道を選んだから、たぶんずっと大人になれない。オーデイションの結果に一喜一憂し、物語にのめりこんで、どんな役でも演じる。そうであり続ける自分が好きで、そして隣には彼女がいる。私は一人じゃない。
「稀莉ちゃん、今日はありがとうね」
素直にお礼を言うと、彼女が微笑んだ。
「まだ終わりじゃないわ」
「え?」
植島さんに合図をし、ノートパソコンを彼女が手にする。
「唯奈からも30歳のお祝いの映像が届いていたの」
「へ、へえー」
……嫌な予感しかしない。
そういえばひかりん、梢ちゃんから番組内でメッセージはあったが、唯奈ちゃんからはなかった。
嫌な予感を植島さんも感じたのか、「あとは若いお二人で」とブースを出ていった。気づけば窓の外も人がいない。
「じゃあ流すわね」
私が頷く前に再生し出した。
『吉岡奏絵、誕生日おめでとう。30歳、めでたいわね! ……こないだはごめん、忘れなさい。私が可笑しかったわ、気にしないで。で、でも気にしてくれていたら嬉しくもある。べ、別に答えて欲しいわけじゃないし、ただ、知ってほしいというか、その、あー話が長くなる! ともかくおめでとう! あんたのこれからの活躍を心より祈っているわ! 橘唯奈でした!』
再生が終わり、沈黙が流れる。
聞くだけではよくわからない。でも爆弾が潜んでいる。
「何かあったの、奏絵?」
口は笑っているが、目つきは鋭く、圧が怖い。
「正直に言いなさい」
「あのー、そのー」
「何なの?」
「それはですね、私も正直よくわかっていなくて」
「いいから!」
「き」
「き?」
「……キスされました」
ドン。
机が叩かれる。
「ひえっ」
「キスですって!?!?」
「待って、それでもマスク越しだから。そう、あれはキスじゃない! なんか肌が触れてしまっただけ、いや直に肌じゃないし、マスクだし!」
「解説の佐久間さん、どうですかね。うーん、マスク越しにキス? これは完全にアウトじゃないですかね。事故でもそんなことは起きません。そうですね、解説の佐久間さんの言う通りレッドカードです」
「ご、ごめんなさい」
「詳しく聞かせて頂戴」
アクリル板ギリギリに彼女が迫る。なかったら胸倉をつかまれているか、ビンタされている勢いだ。
「聞かせてくれるわよね?」
さっきまでのお祝いムードは、私の誕生回はどこにいったのか。
助けを求めようにも、ラジオブースには私と、彼女である稀莉ちゃんしかいないのであった。
あ、詰んだ。
そう心の中で呟いた。
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