第40章 スタートライン⑤
***
奏絵「始まりました」
稀莉「佐久間稀莉と」
奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」
奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」
稀莉「ちゃんと聞こえているかしら?」
奏絵「今日はリモート収録でお届けです。それぞれの場所から収録しています。普段より音質が良くないけど、そこはごめんね」
稀莉「私の声が聞こえるだけありがたく思いなさい」
奏絵「こらこら」
稀莉「スタジオに行かずに収録って何だか変な感じね」
奏絵「ラジオでは伝わらないけど、スタッフさんの顔が画面に映って進めています。正面で見ながらだから、普段より視線を感じて緊張する」
稀莉「構成作家が相変わらずカメラに近い! スタッフの誰か、植島さんを退室させてくれない?」
奏絵「こらこらー。今日の稀莉ちゃん、荒んでいるね」
稀莉「荒むわよ! 前回、前々回と1,2回放送を流されたんだから」
奏絵「あれは……、苦行だったね……」
稀莉「私が悪いのはわかるわよ。でもほんとつまらない」
奏絵「実況しなきゃ無理だったね。でも実況は好評だったみたいでリスナーの皆さんありがとう」
稀莉「1、2回の再放送についておたよりが来ているわ。……読まなくていい?」
奏絵「気持ちはわかるけど読もう」
稀莉「仕方ないわね。ラジオネーム『イタリア産の高跳び』からよ」
奏絵「さんづけしよ~」
稀莉「いいのよ喜んでいるのよ。そうよねイタ跳び」
奏絵「名前変わってる!」
稀莉「もう読むわよ。『吉岡さん、稀莉さんこんにちはー。リモート収録でラジオが再開ということで嬉しいです。さて第1回、2回の再放送のことです。私は2年目から聞き始めたので、最初の頃が新鮮でした。二人の関係が出来上がっていなく、たどたどしい進行が微笑ましかったです。ここが二人のスタートラインなんだとニヤニヤでした。新しい放送がないのは寂しい気持ちですが、時には振り返るのも良いなと思いました。たまに振り返る放送をしてください。それではリモート収録楽しみにしています』」
奏絵「微笑ましい……?」
稀莉「何を聞いていたのかしら。間違えて違う番組だったんじゃない?」
奏絵「まぁそれでも始まりなんだよね」
稀莉「振り返りはしないわ! 聞きたいなら課金して会員になって聞くか、DJCDを買いなさい!」
奏絵「あーそういえば最近DJCD出してないね。え、植島さん何? ミュートじゃわからない」
稀莉「横にコメント出ているわよ」
奏絵「そういう機能があるんだね。『忘れていた』っておい、構成作家!」
稀莉「グッズが貴重な収入源じゃないのかしら……」
奏絵「ともかく黒歴史を振り返るのは禁止! 私たちは前を向いていくんだ!」
稀莉「さすが30歳のいう言葉は違うわ」
奏絵「おいいいい、それはもっと禁止!! もういじれないから!」
稀莉「ごめん、通信不良で音が飛んで聞こえなかったわ」
奏絵「嘘つけ~~~」
奏絵「次、次のおたより読むよ! ラジオネーム『サーティー・ジャスト・サーティー』さん……このー誰が30歳だ、ジャスト30だ! くっ、今日はデータでおたよりきているから破れないっ! おたよりが破れない、このー!」
稀莉「気づいたら私より荒ぶっているじゃない」
奏絵「音響さん、あとで紙破るSE入れて! もう読むよ、読んであげるから! ありがたく思え! 『30さん、稀莉さんこんにちは』。やっぱ読むのやめよう」
稀莉「いい大人なんだからちゃんとしなさい」
奏絵「むぅー。『大変な状況ですが、仕事もリモートになり、家での趣味を増やすことができました。パズルです。無心になってパズルをはめていくと心がなぜか癒されます。お二人は新たな発見、趣味ができるなど何か変化はありましたか? お元気でお過ごしください』。はい、おたよりありがとう!!」
稀莉「語尾が強い。がらっと変わったわよね、私たちは」
奏絵「そもそも仕事が全部延期や中止だもんね。こんなにお家時間が増えるなんて思っていなかった」
稀莉「お家時間でも給料は仕事しないと入らないからね。不安になるわ」
奏絵「ねー。本当そうだよ。でも暗いことばかり話しても良くないんで、変わった、良いこと話そうか」
稀莉「二人の時間が増えた」
奏絵「はい、濃厚接触禁止でーす」
稀莉「はぁ!?」
奏絵「本気で怒らないで!? 私は格好や化粧が軽めでいいのが楽かな。外に出るとしてもマスクなんでバッチリ化粧しないし、目元だけやればよくなったのすごい楽」
稀莉「なるほど、30歳ならではね」
奏絵「世の女性のかなりの数を敵にまわすよ!? 稀莉ちゃんはすっぴんでも、薄くてもいけるからいいけどね」
稀莉「そうね。リモート収録で顔映すことになっても画質はそこまで良くないから、あまり気にしないわね」
奏絵「あとはそうだな、オンラインで人と会うのが楽しい」
稀莉「あの話するの?」
奏絵「するよ、する。だって今一番ハマっていることだもん」
稀莉「よしおかんのSNSを見ている人はもう察しがついているわよね。よつもりの話よ」
奏絵「そう、よつもり。稀莉ちゃんと一緒に頑張って島を発展させています」
稀莉「声優界でかなり流行っているのよね。だいたいの女性声優が島を持っている」
奏絵「だからオンラインで交流するのが楽しいんだよね。会話もできるし、他の人の島のこだわりをみるのも面白い。私はいかにゴミ屋敷をつくるか奮闘しています」
稀莉「私と同居している家をどうするつもりなの!?」
奏絵「あ、ごめん。ラグでよく聞こえなかった」
稀莉「嘘つけ!」
奏絵「梢ちゃんの島がすごかったよね~。島がスイーツだらけだった」
稀莉「ドーナツ屋、クレープ屋っぽいのはいいけど、パン工場があったり、サトウキビ畑っぽいのがあったりと変なこだわりが凄いのよ」
奏絵「逆に唯奈様がシンプルな部屋だったね」
稀莉「唯奈の部屋がシンプル? あれは一見普通に見えて、リアルな少年の部屋を再現していて、ちょっと気持ちわるかっ」
奏絵「わるくない、気持ち悪くない! 唯奈ちゃんの悪口いったら乗り込んできそうで怖い!」
『『ピンポーン』』
奏絵「ひえっ」
稀莉「わあっ」
奏絵「リアル来訪? あれ、宅急便っぽいかな」
稀莉「脅かさないでよ。タイミング良すぎよ。あっ、植島さんからコメント」
奏絵「二人のマイクから同時に聞こえるインターホン……」
稀莉「ぁっ……」
奏絵「っ…………」
稀莉「…………」
奏絵「……あの、スタッフさん、ここあとで切ってもらえますか?」
***
放送を聞いて二人して頭を抱えていた。
『あっ』
『同時になるインターホン』
『あれれーおかしいぞー』
『何で同じ部屋で収録しないの?』
『リモート収録とは』
『いいぞ、もっと濃厚接触するんだ』
『リアル同棲生活を中継してほしい』
『ナイス、宅急便のにいちゃん』
携帯で見ていた実況のコメントが加速していく。私だけ見ているのも嫌になったので、稀莉ちゃんに画面を見せると耐え切れなくなったのか叫んだ。
「なんで、鳴ったの切られてないの!?」
「裏切ったな、スタッフ―!!」
猫や娘さんの侵入なんて可愛らしいものだった。
気を付けよう、リモート収録。いや、スタッフが悪ノリしなければいい話なんだけど。事務所に怒られてしまえ。うちの事務所じゃ何も言わないだろうな……。稀莉ちゃんのところの長田さんも面白がって許してしまいそうだ。
こうしてリモート収録回のこれっきりラジオは思った以上に盛り上がり、……早くスタジオ収録に戻りたいと私は心から願ったのだった。
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