第40章 スタートライン④

 久しぶりの母親の声に安心する気持ちと、喉が治ってからきちんと連絡していなかった焦りの気持ちが混じる。


『なにがそこそこよ。元気なわけないでしょ? 喉はもう大丈夫なの?』

「うん大丈夫だよ。心配かけました」

『良かったわ。あんたのラジオを聞いている分にも問題さそうだし、安心だわ』

「待って、ラジオ聞いているの? これっきりラジオ聞いてんの!?」

『当然でしょ。あんたたちのリアルタイムがわかるもの。今は携帯のアプリで聞けるなんて便利な時代ね。私たちの時は電波が入りやすい所に移動してラジオを聞いていたのよ』


 親にラジオを聞かれていた事実……。えーっと私たちのイチャイチャが母親の耳に入っている? 冗談はやめてくれ。いや、本当にキツイ。


『お父さんも話の内容はよくわからないが、奏絵は元気そうだなって』


 母だけでなく父親もか……。私たちのイチャイチャが筒抜けだったとは知りたくなかった。そんなラジオをお届けしている私たちが悪いのだけど。


『ともかくよかったわ。元気そうで』

「うん、私のテンションはどんどん落ちていっているけど良かったよ。直接会うことはできないけど」

『ええ、青森には帰って来なくていいわよ』

「まぁ……そうなるよね。この状況で帰れないよ」


 気軽に帰省できない。万が一私が病気を持っていたら大変なことになる。自分が自覚なくても、両親が感染して重くなった場合は一生後悔し続けるだろう。戻りたくはない……が、今は我慢だ。


『奏絵、良かったわね』

「うん、喉良くなってよかったよ」

『ううん、あなたを支えてくれる人がいて』


 ラジオの情報が筒抜けなので、稀莉ちゃんが私を救ってくれたことはバッチリと伝わっている。稀莉ちゃんと対面した時は、私と彼女が付き合っている事実を好意的に母親は受け入れてくれなかった。でも彼女の行動、私への想いに心動かされるものがあったのかもしれない。


「そうだね。稀莉ちゃんと一緒でよかった」

『あんた一人じゃ心配だったけど、しっかりとした子が一緒に住んでくれて安心よ』


 その言葉は、私と彼女の関係をやんわりとだけど、確かに認めてくれた言葉でお母さんなりの優しさが見えた。


「そ、そうだね。で、でも! 私も最近は少しずつ料理できるようになって!」

『青森のいた時にしっかりと教えてるべきだったと、反省しているわ』

「反省しないで! 頑張っているから!」

『そう? いつか食べられる日が来ることを楽しみにしている……無理かもしれないけど』

「無理じゃない! 今度は二人で会いに行くから」

『ええ、楽しみにしているわ』


 稀莉ちゃんが私の肩を指でとんとん叩く。小さな声で「代わって」と呟く。


「お義母さま、こんばんは。稀莉です」


 緊張で震えた声だけど、その言葉はしっかりと私の耳にも届いた。


「私、奏絵さんといられて幸せです」


 再び私に戻ってきた電話から、『幸せものめ!』と嬉しそうな母親の声が聞こえてきた。



 × × ×

 2週間、これっきりラジオを再放送することで放送の穴が空くことを防いだが、それでもこれ以上再放送を続けることはできなかった。久しぶりの1回、2回放送はリスナーにも新鮮な驚き、今との落差で面白さを伝えられたかもしれないが、それが何回も続いたら飽きてしまう。

 今の状況に適応し、今できることをしていくしかない。

 

 いよいよ、リモート収録が可能となったのだ。

 画面に植島さん、稀莉ちゃん、スタッフたちが映る。久しぶりに見た顔はすでに懐かしくて、なんだか嬉しくなってしまう。なお稀莉ちゃんとは違う部屋でリモート収録だ。


「うわっ」

『植島さんちかっ』

『もっとカメラ引いてください。きついです』

『キャスト以外はカメラオフでいいんじゃないですか?』

『髭の占有率』

『スタッフの皆、ひどくないか……?』


 皆、少し引いたカメラにしているが植島さんだけがどアップだった。「正面で皆の顔が見えるとプレッシャーが」とカメラをオンすることに乗り気じゃないスタッフも多い。けど、


『カメラオンはこのままでいくから。表情がわからないと上手く伝わらないからね。ラジオで映像は届かないけど、表情が届く努力をすべきだ。だからスタッフ一同、雰囲気をつくるためにこのカメラオンのスタイルでいく』


 確かに植島さんの言う通りだ。カメラオフで喋ると周りの反応がわからず、不安になる。ここはスタジオじゃないけど、スタジオに近づける努力はすべきだ。


『パパ~、おなかすいた~』


 その時、植島さんのカメラに女の子が映った。


『ご、ごめんな、今仕事中で。ママは買い物中かな。お、おーい』

「……」

『……』

『……』

『……』

『皆ごめん、失礼した。じゃあ続きを話そうか』

『話せるかっ!』

「待って植島さん!? 娘さん!? 娘さんいたんですか!?」

『急に女の子が出てきた……』

「びっくりですよ」

『え、まぁ娘だ』

「もっとアピールしてくださいよ!」

『可愛い子ですね~』

『ラジオの合間に娘さんの写真を見せてくださいよ~」

『そもそも結婚していただなんて……』


 気合の入った状況が一瞬で崩れ去る。


『にゃ~』


 さらに今度はスタッフの画面を猫が横切った。


『ねこ!』

「ぬこ!」

『す、すみません! 私が家で仕事しているとキーボードの上とかわざわざ通るやつなんですよ』

『ねこ、見して」

「見たいです」

『わ、わかりました。ベル~、ベルちゃん~。よっこらっしょ。ほら、挨拶して。にゃーって、にゃー』

「カワイイ~」

『癒される』

『植島さん、猫を大画面で見たいんでカメラ切ってもらっていいですか』


 さっきの植島さんの言葉は何だったのか、娘さんの登場や猫の登場でのほほんとした雰囲気が続く。 

 家で仕事することで、娘さんや猫さんといった家族とご対面できてしまう。皆の家庭事情がリアルに伝わり、面白い。普段の現場なら絶対にありえないことだ。それを誰も咎めないし、むしろ皆乗り気だ。思わぬトラブルや皆の家での様子が気になってしまう。


『音響さんの部屋、めっちゃアニメグッズありますね』

『大自然の背景ですね』

『部屋が汚すぎてお見せすることができないので、背景入れています』

『うちの犬も可愛いんです。ほらほら』

「かわいい~、何ちゃんですか?』

『すみません、救急車の音がすごく入って』

『佐久間さんの部屋に吉岡さんのポスター貼っているんですね』

『私の奏絵コレクションを見せましょうか? これが雑誌の切り抜きで、デビュー当時の……』

「なんでそんなのあるの!?」

『……皆、そろそろ進めようか』


 ただ、収録をなかなか終えることができなかった。久しぶりに会ったせいなのかもしれないが、普段以上に饒舌で、気づけば予定の3倍の時間を使っていたのだった。

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