第40章 スタートライン③

 四つ足の森。通称、よつもり。

 色んな動物のキャラたちと一緒に島で自給自足するシミュレーションゲームだ。ただ「四つ足」と名前がついていながら、人間と同じように2本足で立つマスコットキャラしかいない。可愛いキャラからキザなキャラ、ちょっと不細工なキャラやお調子者キャラなど多種多様で、どの子も憎めない性格をしている。

 楽しみ方は人それぞれで、自分の家の装飾を凝る人もいれば、虫取りや釣りなどあの夏の思い出を謳歌する人もいる。自分だけのこだわりをみつけ、自分ならではの青春を味わうゲームだ。


「あっ、ひかりんがやってきた」

「良く来るわね、あの変態」


 ひかりんに教えられて1週間、すっかり私はこのゲームにハマっていた。昔から変なところが凝り性で、凝り出すと自分の納得がいくまで電源を切ることができない。

 それに私だけでなく、ひかりん、梢ちゃん、さくらん、唯奈ちゃんと多くの声優が熱中していることもハマる要因として大きかった。

 交流が楽しい。

 互いの島へ訪れることができるのだが、リアルで会えない分、オンラインで会えることが楽しく、ついつい長居してしまう。今の状況だからこそのオンライン交流だろう。

 あまりに夢中になりすぎて、嫉妬した稀莉ちゃんもゲームを購入し、島生活を始めた。今まで家庭用ゲームをプレイしたことがなかった彼女だったが、時間をみつけては一緒にプレイし、同じ島に住んで、島を発展させていった。会えない人だけじゃない。リアルで会える人でも、こうやってオンラインデート?できるのは楽しく、なんだか新鮮だった。


「奏絵、素材が足りないんだけど」

「え、だいぶ調達したよね?」

「それっぽちじゃ駄目よ。早く取ってきなさい」


 いや、これデートなのか? なんだかリアル以上にガチになっていて、ノルマやタスクが多い。島を発展させるにつれ、どんどんこだわりが出てきて際限がない。


「稀莉ちゃんってシミュレーションゲームやらせちゃ駄目なタイプだよね……」

「はい? 私と暮らしたくないっていうの?」

「暮らしたいけど、要求が高すぎるというか……」

「二人の愛の島なのよ? 頑張るのは当然でしょ? 誰よりも素敵な島にしないと満足できないじゃない」


 もし無人島に稀莉ちゃんと流されてもそこで暮らそうとせず、必死に帰る方法を探そうと心に決めた。

 うーん、今は三人暮らしだけど二人になったらこだわるようになるのかな? 私は平穏に暮らして、ただ住めればいいと思うが、稀莉ちゃんはインテリアなどお洒落、ムードを追求しそうである。

 住むにつれて、こだわりポイントが違うともわかってくる。当然だ、同じ生き方をしてきていない。譲るところと折れないところ、二人で話して合わせていくしかない。


「あ、これから梢と唯奈が私たちの島に来るって」

「そうなんだ、よかった~」

「……何が良かったの?」


 お客さんを迎え入れたら稀莉ちゃんも大人しくなるから、とは口に出して言えない。


『やっほーです^^』

『きたわ、唯奈参上』


 ゴシックな服を着たキャラと、夏休みの少年感満載の短パン小僧なキャラが私たちの島にやってきた。それぞれ梢ちゃんと、唯奈ちゃんだ。ボイスチャットをしながらゲームをしているので、本当に私たちの家に来たみたいな感覚になる。


「唯奈ちゃんって少年キャラ使っているんだね」

「らしくないわね。もっとザ・カワイイを追求すると思った」

『たまに逆の性別を味わいたくなるじゃない? こういうシミュレーションゲームだからこそ、別のキャラを演じるのよ』


 なるほど、そういう楽しみ方もあるのか。なんとなく自分の分身のつもりでキャラをつくっていたが、別に自分である必要がなく、何かのキャラになりきったり、演じたりしてもいいのだ。

 

『違いますよ^^ 唯奈様以外とショタ好きなんです^^ こないだも「梢、無垢な少年って良いわよね。成長期の中もいい」とショタトークに花を咲かせたんです』

『梢それは言うなって!? うわあああ、私のイメージいいいいいい』

「そんな唯奈もいいと思う」

『肯定しないで稀莉!? 私の今までの積み上げが!』

「アハハ……」


 意外な一面だ。

 ただちょっとわかる。女の子にも見える成長期な中性的な感じの男の子キャラってグッとくるよね。それこそ、そういう役を女性声優が演じることも多く、私も担当したことがある。それなりの需要があるのだろう。うん、否定しないよ唯奈ちゃん。唯奈ちゃんも20歳を過ぎた女性だからね。もう届かない青春を感じたくなるよね。私も、少年役のオファー待っています。


『いいから、島案内しなさいよ!』

 

 私の勝手な妄想を読んだのか、唯奈ちゃんがムキになる。お望み通り私たちの島へ案内だ。稀莉ちゃんと目を合わせ、口を開く。


「「ようこそ“これっきり島”へ!!」」

『もう戻って来られなそうな名前の島ね!』

『愉快そうな島です~^^』


 『これっきりラジオ』からとったのだが、確かに縁起の良い名前ではない。


『なんだかリンゴの木多くない?』

「だってここは青森だから」

『あー青森出身だったわね』

「この島に合わないといっても、ここだけは奏絵が譲らないのよ……」

「リンゴが無きゃ駄目だよ! リンゴあっての私! 声優になってなかったらリンゴ農園で働いていたよ、きっと」

『なんなの、その力強さは……』

「吉岡林檎園」

『本気でありそうな名称じゃない』

『アップルパイをたくさん焼いてください^^』

 

『ここが稀莉ハウスね……』

『可愛らしいお家です^^』

「中は散らかっているからね」

『そういうところはリアルにせんでいい』


『『おじゃましまーす』』


『おー、リビングはリアルっぽいわね』

『ここでご飯を食べるんですね^^ 梢はご飯を所望します^^』

『所望しないで部屋まわるわよ』

「じゃあ、私の部屋へどうぞ」

『……歩くスペースが少ない』

「またゴミが増えたわね……」

『床に転がっているのは台本ですか?』

「そう。そういうイメージ! 手を伸ばせばいつでも取れるようにって」

『いやいや、それなら棚にいれなさいよ。床に無造作に転がりすぎだし』

『段ボールや、ごみ袋ばかりです^^』

「奏絵、二人が反応に困っているじゃない!」


『稀莉の部屋はオタク部屋ね……』

「このポスターは空飛びの空音イメージよ! それに演じたキャラの衣装を壁に飾っているの」

『すごいです~かわいい^^』

「あの、ここに扉ってあったっけ?」

「……秘密の部屋よ」

「なにそれ!? いつの間に!?」

『入りましょう^^』

『梢やめなさい、深淵を覗いたらのまれるわよ』

「だ、大丈夫よ! うん、大丈夫、大丈夫かな……」

「自分で言って心配にならないで!」


「家の外にあるのが」

「野外ステージよ」

『なるほど、ここでいつでもこれっきりラジオの公録ができるわけね』

『ライブもできそうです^^』


「じゃあ、唯奈ちゃん一曲どうぞ」

『しょうがないわね、じゃあダイスキ×スキップ。君へのステップが、ダイスキを加速するの~♪って歌うか!』

「けっこう歌ってくれたじゃん」

『ファンサービス旺盛です~^^』


『ここは何ですか? たくさん石がつまれて^^』

「祭壇」

『さ、祭壇!?』


『ここネズミの国のアトラクションですよね^^』

「そうそう、よく気づいたわね」

『ネズミに会いに行きたいわ~』

「いこうよ、このメンバーでさ」

『落ち着いたらね』

『早く落ち着くといいですね^^』

「泊りで両方に行くわよ」

『やる気満々ね』

『チュロスに、ポップコーンに……^^』

『こっちは食べる気満々ね』

「早く行きたいな~」


『じゃあ明日は私の島に来なさいよ』

『わたしのおさとう、お砂島にも来てください~^^』

「甘そうなことは予想できる」

「うん、行くよー」

「じゃあまたね」

「また~」

『またね~』

『また明日~』


 また明日、と言えるのが嬉しい。

 なんだか小学校の友達とのお別れの挨拶みたいで、懐かしさを覚えたのであった。


 × × ×

 オンラインで交流しながら、少しずつ日は過ぎていった。

 相変わらず私はゲームをやっていて、


「携帯鳴っていますよ、吉岡さん」

「待って、今虫取りの最中で」

「じゃあ、稀莉さんが代わりに出てください」

「私も模様替えの最中で」


 仕事の連絡もろくに来ないので、鳴る電話に対してテキトーな反応だ。晴子さんも「それじゃあ」と言い、気軽に提案する。


「では、私が代わりに出ますね」

「うん、はーい」


 私もよく考えずに返事をする。


「こんにちは、奏絵さんのお母様。私、稀莉さんと奏絵さんの面倒を見てます、メイドの晴子です。はい、そうです。お久しぶりです。お母様もおかわりないですか?」

「って、うぉい!?」


 うちの母親じゃないか!

 だらけていた意識が一気に真面目モードに切り替わる。


『奏絵、元気しているの?』

「うん、まぁそこそこ」


 電話している姿を二人がじっと見てくる。少し恥ずかしい。30歳近くになっても親は変わらず親で、いつまでも私は子ども扱いだ。

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