第40章 スタートライン②

 夕食を食べながら、先ほどの真っ赤な画面について説教される。


「ギャルゲーやってないで私を攻略しなさいよ!」

「う、うーん」

「なんで顔を逸らすのよ! こっちみなさい!」


 『すでに攻略済み』と言ったら稀莉ちゃんはもっと怒るだろう。どっちかというと攻略された側だが、攻略されてもギャルゲーとは違いその後も続く。むしろその後の方が大事だ。


「吉岡さんは浮気性ですからね」

「うぉい!? 晴子さん何言っているの!?」


 しれっとメイドさんが燃料を投入してくる。私、全然浮気性じゃないし、モテたこともないよ!


「吉岡さんは困っている人がいたらついつい助けちゃいますよね」

「そうそう、誰にでも優しいのよ。私だけに優しくしなさい!」

「ギャルゲーぐらいやらせてよ……。することがなくてね」


 周りを助けてきたつもりはない。むしろ支えてもらってばかりだ。

 でも皆が困っている今の状況で、私に手は差し伸べられない。


「学生でもないし、家じゃ働くこともできないしさ、正直……焦っている」


 私の情けない本音に、怒り心頭だった彼女も申し訳ないと思ったのか、勢いが収まる。


「そうね……、演技の練習をしようにも今は喉を酷使できないし」

「映画をずっと見るのもそれはそれで大変ですね。集中力が持ちません」

「でしょ!? 私は悪くない、無実!」

「でもギャルゲーは禁止よ!」

「えー」

「これを機に新しいことに挑戦はどうでしょうか。料理とか料理とか、料理とか」

「晴子さんやめてえええ。たまに手伝っている、手伝っているから! あ、今日のご飯もすごくおいしいです。本当にありがとうございます」


 晴子さんには料理を習っていて、少しずつ作れるようになっている。少しずつ、少しずつ……だけど進歩している。きっといつか食べられるレベルになる。なるんだ。なって!


「漫画を描いたり、小説を書いたり……は難しいわよね」

「創作活動は厳しいね……。かといってラジオのネタをずっと考えるのも疲れるし、何処にもいけなくてネタも増えない!」

「詰んでるわね」

「詰んでるよ」


 何かを始めようとしても外の世界に飛び出せず、自分の中にあるもので消化するしかない。


「じゃあ歌詞を書くのはどう?」

「また歌えるかはわからないからね……。ちょっと気乗りしない」

「めんどくさいわね」

「面倒だよ」


 歌は、まだ荷が重い。歌詞を書いた曲もあるが、それは気持ちが乗っていたからであり、今は難しいだろう。

 それに歌えない。

 まだ歌えない。

 まだ?

 歌う気は……どうだろう。答えは出せない。


「じゃあ聞けばいいじゃない」


 沈み込んでいく私に、稀莉ちゃんが明るい声で言う。

 聞けばいい、と。


「うん?」

「だって、ほとんどの声優が奏絵と同じ状況でしょ?」


 ……確かにその通りだ。盲点だった。

 稀莉ちゃんや晴子さんが目の前にいて、つい二人と比較してしまうが、私と同じような人は周りにたくさんいる。

 いや、むしろ同居していて話し相手がいること自体が、すごく恵まれているのだ。一人ならもっと退屈でつまらなくて、焦っていた。こうやって相談にのってくれる相手がいて幸せだ。


「そうだね、早速聞いてみる!」


 ラジオ合同イベントの際につくったグループを開く。一人に聞くより、沢山の人の話を聞きたい。


***

吉岡奏絵『こんばんはー。皆は何して過ごしている?』

***


 けど、このグループを使うのも久しぶりだ。誰も返信してくれない、ってことはないよね?


***

吉岡奏絵『私は久しぶりにギャルゲーやったわ。なぜか画面が真っ赤で終わった』

***


 焦りから追撃するが、私の心配は杞憂に終わり、早速オタクの二人から返信があった。


***

篠塚真琴『ギャルゲーでそんなことになるんですか!?』

大滝咲良『バッドエンドの一種であるね。鮮血エンド。いやーそこまで思われるって幸せだよね』

篠塚真琴『どこが!?』

***


 オタクラジオとして有名なラジオ番組、『まことにさくらん!』の二人だ。さくらんは私たちのラジオのゲストにも来てくれたっけ。


***

吉岡奏絵『二人のところもラジオ収録中止になってたよね……』

篠塚真琴『そうなんです! 中止分で初回放送を流されてうわわああああって悶えました』

吉岡奏絵『なるよねー。1回目は本当にキツイ』

大滝咲良『でもそこが私たちの原点で、スタートラインだぜ?』

篠塚真琴『スタートは振り返らない主義なんです!』

吉岡奏絵『同意!』

***


 文字のやり取りだけど、二人の声が聞こえてくるようである。真面目な篠塚さんと、オタク口調が変わらないさくらん。久しぶりの連絡だったが、すぐに距離は戻った。


***

篠塚真琴『私はヨガやってますよ~。これを機に綺麗になろうと頑張ってます。あとはYoutubeの痩せるダンスを見て、一緒に踊ってますね。毎日やっていると体変わりますよ』

大滝咲良『おい、もっとオタク活動しろよ!』

吉岡奏絵『運動かー』

篠塚真琴『ヨガいいですよ。ゆったりとした動きなのにけっこうキツくて燃焼されます』

大滝咲良『オタクならサイリウム振れ。私はライブDVDを見返しながら、全力で振っている』

吉岡奏絵『さすがさくらんw』

大滝咲良『布教しようか? プレゼンしようか?』

吉岡奏絵『考えておく』

大滝咲良『はいー、これ絶対返事ないやつー』

***

 

 話が盛り上がってきたところで、さらに人がやってくる。


***

新山梢『こんばんはー^^ にぎやかで楽しそうです^^』

吉岡奏絵『梢ちゃん、こんばんはー』

大滝咲良『姫、姫がきたぞー』

新山梢『姫じゃないです~、梢です~^^』

篠塚真琴『さすが梢ちゃん、マイペースだ』


新山梢『梢はゲームでボクシングや、エクササイズやってます^^』

吉岡奏絵『ああ! 流行っているよね』

篠塚真琴『ゲーム機が買えない!』

大滝咲良『品薄商法め!』

***


 あんなに食べても太らないと思っていた梢ちゃんが意外だ。彼女だって、綺麗と体重が気になる女の子だ。


***

新山梢『毎日1時間はきちんとしています^^』

篠塚真琴『ちゃんとやってますね』

大滝咲良『……そんなにヤバいの?』

新山梢『ヤバいです^^』

吉岡奏絵『ヤバいんだ^^』

新山梢『フードデリバリーが便利過ぎてヤバいです^^』

篠塚真琴『わかります^^』

大滝咲良『わかる^^』

新山梢『最近はデリバリーしてくれる店が増えて、新規開拓も含めてついつい頼んじゃうんです^^』

大滝咲良『なるほど^^』

篠塚真琴『あるあるですね^^ 珍しいお店があると挑戦しちゃいますよね^^』

***


 何故か、梢ちゃんの顔文字を真似るブームが起きている。

 在宅が増え出かけられないので、皆運動不足が深刻だ。今までは現場に行くために歩き、歩き、歩きで運動となっていた。その移動カロリーは馬鹿にできない。合間の間食やお土産をもらってや、打ち上げ、飲み会などの頻度も多かったので摂取量も大きかったわけだが、それでも歩くことは大事だ。


***

東井ひかり『私は逆に痩せたんだけど』

篠塚真琴『へ?』

大滝咲良『女の敵!』

吉岡奏絵『ズルい!』

新山梢『ちゃんと食べているんですか^^ ご飯持っていきましょうか^^』

東井ひかり『酒飲まないと痩せるね。私は家で飲まない派だと気づいたわ』

大滝咲良『拙者、毎日お酒をたしなんでいるでござる……』

篠塚真琴『拙者は週一は飲まないとやってられないでござる……』

新山梢『美味しいご飯にお酒は必要です^^』

***


 ひかりんの登場でさらにトークが賑やかになる。

 意外と皆飲むんだな~。私は喉痛めていたので実は今年に入ってまともに飲んでいない。我慢、我慢。


 過ごし方は人によって様々だ。

 でも運動が大事なことはわかる。運動。

 イベントや放送が中止になり人前に出ることがなくなっているとはいえ、復活したときにぶくぶくと太っていたらファンに幻滅されるだろう。私は別にアイドル売りしてないけど、どうせなら綺麗に見られたい。ファンというより稀莉ちゃんにかもしれないけど。でも稀莉ちゃんなら私を餌付けして、甘やかしそうな気もする。


***

東井ひかり『かなかな、ゲームやってくれたんだ。あれ、面白いでしょ。けっこうバッドエンドあってさ』

大滝咲良『キミコイのアニメ全部見たはずなのに、そんな殺伐としていたとは。青春いいなーって感じだったぞ』

東井ひかり『アニメだけじゃあの作品はわからない。入口の序の口だよ。本質じゃない。ゲームやってこそのキミコイ!』

吉岡奏絵『でも稀莉ちゃんからギャルゲー禁止を言い渡されました……』

東井ひかり『あの子、束縛強いからな~』

篠塚真琴『佐久間さんもこのトーク見れますよね?』

大滝咲良『あえてだよ、あえて』

新山梢『稀莉さんは束縛つよこです^^』

吉岡奏絵『梢ちゃんの煽りスキルが高いっ!?』


東井ひかり『そうだゲームといえば、かなかなはよつもりやってないの?』

吉岡奏絵『…………よつもり?』

***

 

 聞きなれない単語だった。

 あと、後ろで稀莉ちゃんが「誰が束縛つよ子よ!?」と叫んでいた。どうやらトークに入るタイミングを伺って、なかなか入れなかったらしい。強気な割に、こういうところが可愛い。

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