第41章 君を待っている

第41章 君を待っている①

 緊急宣言が出ているからか、朝の電車とは思えないほどに空いていた。それに乗客の人々は全員マスクをしている。誰も喋っていなくて"しーん"とした状況は、なんだか別世界に迷い込んだような気持ちだ。落ち着かない。

 

「……」


 窓から見る景色もどこか寂しい。街を歩く人の数が今までとは比べられないほどに少ない。ゾンビが街中に溢れて歩けなくなった映画みたいだ。けど空は曇っていなくて、悩みなどないかのように晴れ晴れとしている。

 電車から降りる足もどこか軽い。こうやって通勤するのは久々で、スキップでもしたくなる。でも気持ちが先行するとすぐに息切れしてしまう。今日はまだまだこれからで長い。マスクをしていると少し駆けるだけでもすぐ汗ばんでしまう。うん、身体がなまっているせいもあるんだけど、お家時間が長かったので仕方がない。通勤って運動だったんだなとも思う。


 入口の警備員さんにお辞儀し、マウンテン放送に入る。警備員さんは今までは元気に「おはようございます」と言ってくれたが、今はただ会釈をするだけだ。それでもマスク越しでも声が聞こえてくる気がする。音にならなくても伝わるものはある。


 エレベーターに乗るのも久しぶりな気がした。

 徐々に近づく懐かしの場所に、胸の鼓動が早くなる。何度も歩いた廊下をしっかりと進む。オーデイションでもないのに緊張し、ドアノブを握る手が震える。きっとそれは緊張だけでなく、嬉しさも混ざっている。

 扉を開けると、これっきりラジオのスタッフの皆が振り向いた。今日は画面越しじゃない。ここにいる、また会えた。


「おはようございます」


 発する声は、いつもよりボリュームは小さめだ。けど遅延なしに声が返ってくる。


「おはようございます」

「おかえりなさい」


 ただいまと言える場所。思わず涙が零れそうになるが、これから収録で本番だと気持ちを抑える。

 そして彼女が遅れてやってくる。同じ家であることはもうバレているのだが、一緒に来なかったのだ。


「おはよう、よしおかん」

「おかえり、稀莉ちゃん」

「う、うん……ただいま? ここうちじゃないけど」

「お家だよ、ここもお家」


 不思議そうな顔をするもすぐに納得がいったのか、彼女が口を開く。


「そうね、ここも私たちの愛の巣よね」

「そういうことではないよ!? って、ここも、も、って!」


 一緒に来なかった意味はどこにいったのか。マスク越しでもスタッフの苦笑いがわかってしまう。

 こうして? 久しぶりのラジオ収録が開始したのだった。

 

***

奏絵「始まりました~」

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」


奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


奏絵「今日はスタジオからお届けだよ!」

稀莉「皆、待っていた?」

奏絵「待ってたー」

稀莉「……正直、リモート収録回の反響が凄くて、スタッフの人たちも『このままでいいのでは?』という感じだったけどスタジオに戻りました」

奏絵「……諸事情で家でのリモート収録は心に良くないです」

稀莉「そうね、どうせぃ」

奏絵「どせええええーー」

稀莉「なによ、荒ぶって」

奏絵「ラジオの相方が余計なこと言いそうになっているからだよ!」

稀莉「やだ、愛する方、アイカタだなんて」

奏絵「勝手に漢字を変えないで!?」

稀莉「よしおかん、こういうご時勢だから大きな声を出すのは良くないと思うの」

奏絵「うっ、そういわれるとごめん、私が悪いです……」


稀莉「今日のスタジオ収録再開にあたり私たちの間には、飛沫感染防止のためにアクリルのパーティションがあります~」

奏絵「あと換気のために空調強めです。少し音として入るかもしれませんが、ご了承ください」


稀莉「リモート収録についての感想もきているわ」

奏絵「はいはい、ふつおたはいりません」

稀莉「それは私の台詞!」

奏絵「読まなくてもわかる。わかるんだ。どうせ同時に鳴った音のこととか書かれているんだ」

稀莉「そんなわけ……まぁ書かれているけど」

奏絵「あれはSEです。あとで番組スタッフがのせました。演出です。そう、演出。リアルではありません!」


稀莉「アクリルスタンドのせいか、なんだか普段より少し壁を感じるわね」

奏絵「き、気のせいだよ。私はいつも通り。あー、スタジオに戻って来られてよかった。ラジオが収録できていたことが本当にありがたいことで、奇跡で、色々な人のおかげだったことを改めて実感しました。嬉しいです。ありがとう」

稀莉「あーでもよしおかんはいつも通りではないよね」

奏絵「うん? 確かにテンションおかしいし、アクリルスタンドとか環境は違ってやりづらさもあるけど、なんか変かな?」

稀莉「このアクリルスタンドは年齢の壁でもあるんです」

奏絵「はい!?」

稀莉「そう、今日はリスナーお待ちかねの、スペシャル回です。はい、どどーん。よしおかん30歳生誕祭ー! アラサーじゃなく、ジャスト30。先月誕生日を迎えたよしおかんですが、色々とドタバタだったので祝えませんでした、もちろん私は個人的に祝っているけど。しかーし、これっきりラジオとして、この一大イベントを見逃すはずがありません。今日は皆でよしおかん30歳を祝福だー!」

奏絵「すみません、やっぱり帰ります」

稀莉「では、まずはよしおかんの30年の歴史を振り返りましょう」

奏絵「帰してー、お家に帰してー!!」

稀莉「ここもお家よ? 観念しなさい、よしおかん(30)」

奏絵「かっこの中身はいりませーん!」

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