第39章 新世界で迷子になって④
3月は怖がりながらも、アニメの収録ができていた。放送を落とせない制作事情もあったのだろう。私たちも収入が無くなることが怖く、仕事を断ることもできなかった。
けど、すぐにそんなことも言ってられなくなった。
2020年4月、政府から緊急事態宣言が出された。
それにより音声製作者連盟は各製作会社、放送会社に通達をした。それは実演家団体も承諾済みのものであり、かなりの拘束力を持った。
・収録は単独、少人数で行うこと。
・高齢者や持病がある人、事情があり収録できない人には配慮をすること。
・政府から要請が出た際は中止、延期の決断をすること。
大きく3点だ。
しかしすぐに収録スタジオが対応することはできなく、ほとんどのアニメの収録がストップとなった。特に大人数でアニメの収録をすることが日常となっていたので、個別対応、少人数対応が難しく、延期・中止を余儀なくされた。
そして私たちの番組である『これっきりラジオ』も例外でなく、放送会社からの要請により、収録の中止が決定した。
『急にすまない。今週の収録の中止が決定した』
携帯の画面に映るのは、髭面の構成作家、植島さんだ。ビデオ通話により、ラジオの関係者がオンライン上で集まっている。もちろん、私と稀莉ちゃんもスマホから参加だ。ただ稀莉ちゃんと、私は同じ家にいながら別の部屋でそれぞれ聞いている。なんとなく同じ画面に収まるのが、このご時勢もあるので良くない気がした。同棲の雰囲気、空気を関係者に見せたくなかったわけではないぞ? いや、嘘です。見せたくないです。
『収録の中止。こればっかりはどうしようもならない。番組としては痛いが、それでも関係者、皆の健康が今は第一だ』
「ええ、仕方ないですよね」
画面上の稀莉ちゃんも同意する。
『アニメの収録も軒並み中止になっている。ラジオだけが収録できる、とはならないわよね』
公式ではまだ発表されていないが、担当するはずだった夏アニメの放送がすでに延期を決定していた。今は様子見もあるかもしれないが、これから延期となる作品はどんどん増えていくだろう。
しかし、ラジオはそうはいかない。
『けど、ずっとは困る。ずーっと延期はできない』
「ですよね……。それこそ番組が終わります」
『かといって、無理もできない。2週の中止分は第1回放送と第2回放送を流す』
「うげっ」
『うぐっ』
植島さんの通達が、私と稀莉ちゃんにダメージを与える。今でも自分が担当したラジオを聞き返すと頭を抱えたくなるが、それが1回2回となると恥ずかしさが半端ない。聞いたら床にのたうち回りそうだ。
けど仕方ない。仕方ないんだ。
……けどけど、1回目は本当につまらなかったし、二人のかけ合いができていなかった。それは稀莉ちゃんも同じ気持ちだろう。
「50回目ぐらいじゃ駄目なんですか……?」
『面白くない』
「いやいや、1回目の方が面白くないですよ!?」
『そうよ、放送禁止よ!』
禁止と言いたくなる稀莉ちゃんの言葉に同意だ。しかし、その必死さが余計に構成作家をのせる。
『そう、恥ずかしがるからいいんだよ。原点回帰。これを機会に振り返ることも大切なんだ。今と最初を比較するのも成長を感じて楽しいだろう』
どうやら折れないようで、渋々受け入れる。悪夢だ……。
でも視聴者に何もお届けできないよりずっといい、いいのかな……?
『本題はその後だ。今後の状況はわからないが、スタジオで収録できるように環境は整えていく。しかしすぐには難しいし、こっちに来て貰うのもリスクだ。なので4月はリモート収録でなんとか放送できるように持っていく』
「リモート」
『収録』
リモート収録。
聞きなれない言葉だが、今の会議だってリモートで行っている。
現場にいかず、ラジオを収録してしまうってことだ。
「家からってことですよね?」
『ああ、そうなる。特に場所は気にしないが、この状況で外では難しいだろう』
アニメの収録だと専用のマイクや環境が大事で、少しのノイズも許されないが、ラジオは違う。多少のノイズも許容される。
『二人ともマイクやヘッドフォンは持っているかい?』
「確かあったはずです。探しときます」
『ない場合は郵送するから言ってくれ。といっても高性能ではないけど。だが、携帯に直にやるよりはずっとマシだ』
「ノートPCがカメラ付きなんですけど、そっちの方がいいですかね」
『ああ、ずっといい。佐久間君もあるかい?』
『ええ、大学生になったときノートPC新調したわ』
『ナイスだ』
できることはやっていく。多少の不便や不都合があっても、お届けする。
それが私たちの役目だ。
「けどな……」
ビデオ会議も終了となり、部屋の扉を開けると同時に稀莉ちゃんも部屋から出てきた。
「お疲れ」
「なんだか不思議な感覚ね」
同じ会議に別機器で出ていたが、ひとつ屋根の下だ。
「リモート収録だって」
「だね……」
「家からってことは」
「うん、私たち同じ場所にいるんだよね……」
同棲していることはすでにばらしてある。生放送で私が盛大にばらした。けど、だからといって同じ場所からお届けは良いのだろうか。
「密になるのはよくないから、互いの部屋からお届けかな」
「私の部屋で一緒のベッドに入って収録しましょう」
私の意見をガン無視し、無邪気な笑顔でとんでもない提案をしてくる。
「駄目だよ!? とんでもなく密だよ!? 濃厚接触だよ!?」
「ふふふ、濃厚接触してほしいのかしら奏絵」
「そういう意味じゃない! 平常時でもそんなアダルトな放送はNG」
「仕方ないわね、じゃあお風呂からにしましょう。音が反響していい感じになると思うの」
「もっと駄目!」
「音声だけだからいいじゃない。仕方ないわね、じゃあリビングで」
「しないよ!? 同じ場所からお届けしないよ」
こんな状況だけど、稀莉ちゃんがやけに積極的である。
「何よ、同棲宣言はしたじゃない!」
「でもリアルを見せるのは別かなって!」
「意気地なし!」
「意気地ないよ、ごめん!」
わかるんだ、積極的になる気持ちはわかる。
現場で収録できないことは残念だけど、新しさ、未知への挑戦に胸が高鳴っている。違う形でのお届けに少しだけワクワクしている自分がいる、それは否定できなかった。
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