第39章 新世界で迷子になって③

「連絡って……」

『あんたの喉のことよ、あんたいまだに同業者にちゃんと連絡してないでしょ!?』


 そんなことは……ある。リハビリしてたというのもあり、なかなか連絡する時間がなかった。ううん、時間はあったけど心の余裕がなかった。まだ喉を酷使したくなかったというのもある。


「連絡したくてもできなかったというか」

『文でならいくらでも打てるでしょ!? 一斉送信でいいからしなさいよ!』


 その手があったかと思うが、文で来られても迷惑だろう。


「スパム扱いされるよ」

『されないわよ!』

「それにラジオでいちお説明したからいいかなーっと」

『良くないわよ! 皆があんたたちのラジオを聞いていると思ったら大間違いよ!』

「唯奈ちゃんは聞いてないの?」

『毎週欠かさず聞いているわよ、馬鹿!』


 多忙な唯奈ちゃんが毎週聞いてくれるなんて嬉しい。おたよりを送ってはいないよね? 

 語気が強く、電話越しでも溌剌としている。


「唯奈ちゃん、元気だね」

『あ? 喧嘩売ってんの? 3月の合同ライブが中止になってめちゃくちゃ機嫌悪いのよ!!』

「ごめんごめん、そんな中心配してくれてありがとう。本当に嬉しい」

『……調子狂うわね』


 ライブが中止になった中、私の心配をしてくれた。連絡をしなかった私が全面的に悪いのだが、連絡して余計な心配をかけるのも良くない気がしたのは確かだ。大変だった。辛かった。でも同情してほしかったわけではない。皆に連絡して『よく頑張ったね』、『大丈夫、きっと戻るよ』と慰めの言葉をもらって満足したくなかった。

 私の試練で、私の問題。

 もちろん心配や励ましの声は嬉しい。嬉しいけど、踏み込んでほしくない。そっとしてほしい。待っていて欲しい。私って天邪鬼なのかな? ただ待たずに行動した人もいたわけで、私はそんな彼女に救われた。


『今は家?』

「うん」

『ということは稀莉はいるのよね?』

「うん、代わろうか?」

『ううん、大丈夫』


 唯奈ちゃんは何を話すために電話してきたのだろうか。私の心配? ライブ中止の慰めの言葉が欲しかった? それこそ唯奈ちゃんに同情は必要ない。言ったら『仕方ないでしょ! あんたは自分のことを考えなさい!』と怒られそうだ。

 そもそも目的がなくちゃ電話してはいけない、そんなルールはない。ただ世間話をしたかった、きっとそうだ。


『喉はもう大丈夫なの? というか何だったの?』

「声帯結節に声帯ポリープ」

『は? 二つ!?』

「うん、運悪いことに」

『いやいや、その状態でどうして歌えたわけ?』

「歌えなかったよ。歌えきれなかった」


 ライブの最後のアンコールの曲まで歌えなかった。声が出なくなって、不完全に終わった。 


『……そう』


 唯奈ちゃんも私のライブに来ていたので、心当たりがあったのだろう。言葉少なく、同意した。同情でもなく、励ましでもなく、怒りでも、心配でもなく、何かを飲み込んだ台詞。


「ごめん、暗い話をして」

『暗い話って……、本当調子狂うわ。あー、でもあんたはまだ戦えている。私のライバルでいられている。勝ち逃げなんてさせない』

「勝ち逃げって、私は負けっぱなしだよ」

『どの口が言うの?』

「うん?」

『吉岡奏絵、あんたは私に』


 電話に夢中になっていたら、後ろから力が加わった。


「ぬおっ!?」

『え、どうしたの?』


 唯奈ちゃんとずっと電話していて、仲間はずれされた感が気に食わなくなってきたのだろう。稀莉ちゃんが後ろから強く抱きしめてくる。く、苦しい。

 けど「稀莉ちゃんに抱きしめられていて苦しい」なんて言ったら電話の向こうの彼女は激怒するだろう。乗り込んでリアルバトルとならないために繕う。


「だ、大丈夫! 猫にタックルされて」

『は? 猫? 猫飼い始めたなんて聞いてない!』

「えー、じゃあ柴犬」

『なんなの!?』


 我ながら嘘が下手である。演技はできる癖に、素直に生きすぎた代償か。……素直に生きてきたかな?

 

「あーごめん、そろそろ」

『そうね、治ったとはいっても、病み上がりだものね。そんなに無理させられない』

「うん、ごめんね」

『ううん、こっちこそ急に悪かったわね』

「うん、じゃあ」

『あ、あの』

「ん?」


 切ろうと思ったがまだ何か言いたげだった。言葉を待つと、元気な声が聞こえてきた。


『吉岡奏絵、今度お酒飲みに連れていきなさい!』

「え、それは大歓迎だけど」

『もちろん、この状況が落ち着いたらだけど』

「うん、ぜひ!」


 彼女も20歳だ。誕生日の早い稀莉ちゃんももう少しで20歳になり、唯奈ちゃんに追いつく。いや、その前に私の30歳が待っているんだけど。

 けど飲み会か。10代だと思っていた子とお酒を飲みに行くなんて、何だか不思議な感覚だ。もちろん無理はさせられないけど、それでも何だか嬉しい。


『……ぁたしにとってあんたは』

「え、唯奈ちゃんにとって私は?」

『なんでちゃんと聞こえているのよ!?』

「え、だって声に出しているし」

『耳いいわね!』

「伊達に声優やってない」

『もういいわ、ちょっと元気になった! ライブ中止になって落ち込んでたの』

「ううん、こっちも楽しかった。いつでもどうぞ」

『稀莉によろしく言っといて』

「わかった」

『じゃあ』

「うん、おやすみなさい」

『……おやすみなさい』


 今度こそ電話が切れ、耳から携帯を離す。握っていた手が熱い。でもそれ以上にひっついている彼女の温もりの存在感が強い。


「……そろそろ離れてくれる?」

「むー」


 振り向き、腰にひっつく稀莉ちゃんの顔を見下ろす形になる。

 口を膨らませ、アピールしている。ご機嫌斜めだ。


「別に変な話はしてないよ」

「むー」


 うん、不機嫌だ。そうなると思ってわざわざ了承をとったのに。


「どうしたら機嫌直る?」

「ん」


 顔をちょっと上げて、唇を突き出して示してくる。

 

「うーん」

「ん」

「でもな……」

「ん」

「といわれても」

「……早くキスしなさいよ!」

「晴子さんが携帯を構えているし」


 さっと稀莉ちゃんが腰から離れて立ち上がる。慌てて振り向き、メイドさんの姿を目にする。風呂上がりだからか、ラフな格好でメイド服ではない。メイド服を着てくれたことなんてないけど! 対峙する稀莉ちゃんも自分から大胆なことをしていたくせに、顔が真っ赤だ。


「なにやっているのよ晴子!?」

「成長記録です」

「はい!?」

「私には見守る役目があります」

「ないわよ!」

「メイドの義務」

「そんな義務ない!」

「家政婦はみたんです!」

「みなくていい!」

「大丈夫、SNSには公開しません」

「当然です、晴子さん!」


 私までツッコミを入れてしまう。

 ちょっと変になった空気もすぐに愉快になってしまう。どこかもどかしい所もあるけど、今はこの明るい空気がありがたい。


 復帰したばかりで、まだまだできないことは多いし、状況は不安定で、中止も当然となってきている。けど未来の約束はできて、私は笑えている。

 だから、大丈夫なんだ。



 でも、ほどなくして植島さんから連絡があった。

 今週のラジオの収録は中止だと。

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