ある日の収録『バレンタインデー回』
*****
奏絵「吉岡奏絵と」
稀莉「…………」
奏絵「おーい、稀莉ちゃん!」
稀莉「うへへ、……ひっく」
奏絵「稀莉ちゃんが応答しないー!」
稀莉「ぉれっきりラジオー!」
奏絵「合わせる気が全くない!」
奏絵「……始まってしまいました。番組始まっちゃったよ。いいの、始めて?」
稀莉「かなえ、しゅき~~~」
奏絵「駄目だよね!? 植島さん、稀莉ちゃんが落ち着いてから再開しよう。き、稀莉ちゃん、抱き着かない! ラジオ、ラジオ収録中だから」
稀莉「かなえだ~」
奏絵「はいはい、かなえですよ」
稀莉「……うーん、ねむい」
奏絵「自由すぎる。どうしてこうなった!」
稀莉「おやすみ、かなえー」
奏絵「おやすみじゃないよ!」
× × ×
奏絵「……稀莉ちゃんは、しばし休憩となりまして、私一人でお届けします。そうです、今日はバレンタインデー回で、今までと違った感じでお届けするはずでした」
奏絵「スペシャル感を出すために、お酒を飲んでラジオしようとなったんです。スタッフさんが、高級チョコレートメーカーのチョコレートリキュールを買ってきてくれました」
奏絵「牛乳に入れたのと、アイスティーに入れたのなど色々なものを用意してくれたんですよね。ラジオを始めてから飲んでもあまり効果ないんで、収録30分前に打ち合わせしながら飲み始めました」
奏絵「チョコレートリキュールのお酒は飲みやすくて、稀莉ちゃんも『美味しー、お酒じゃないみたい!』となったんです。好評でした。稀莉ちゃんは私ほど飲まないので心配していたのですが、これなら大丈夫かと思ったんです」
奏絵「……でも、意外とアルコール度数高いんですよね、これ。見てみると15度ありました」
奏絵「私は大丈夫ですが、稀莉ちゃんには刺激が強かったみたいで、結果冒頭の酔いっぷりです」
稀莉「奏絵ー、ただいまー!!」
奏絵「あっ、戻ってきた。稀莉ちゃんお帰り。大丈夫?」
稀莉「お水飲んで元気ー!」
奏絵「良かった、よかった」
稀莉「……ただいまのちゅーは?」
奏絵「ここお家じゃないから! いや、お家でもしてないですよ!?!?」
稀莉「じゃ、ぎゅーでいい。ぎゅー」
奏絵「抱き着かないでー。収録中!」
稀莉「へへー、奏絵あったかい」
奏絵「映像でお届けしなくてよかった! 稀莉ちゃん、まだ酔っていますね……。お、おい、そこの構成作家! 携帯をこちらに向けて写真を撮ろうとするなー! えっ、動画!? あとでSNSに上げるとか絶対に無しですよ!? はっ、稀莉ちゃんに見せる用!? もう現場に来てくれなくなるかもしれない衝撃映像ですよ! いつもと変わらない? わけないじゃないですか!」
奏絵「……そろそろ稀莉ちゃん、離れてくれないかな。コーナー始められないよ」
稀莉「いーやーだー、ここがいいー」
奏絵「稀莉ちゃん酔うとこんなに甘えん坊になるんですよね……。普段はほとんど飲みませんが、今日はミスったな……」
稀莉「私、おたよりよむー」
奏絵「幼児化もしているな。偉いね、稀莉ちゃん」
稀莉「うん、稀莉えらい。ラジオネーム……、いらない、あきたー」
奏絵「うぉい!? おたよりを投げ捨てない!」
稀莉「ふつおたは、いりませんー!」
奏絵「いやいや、中身も確認せずには駄目だよ!?」
奏絵「今日はおたよりを読める気がしません。え、コーナーやるの植島さん? バレンタインデースペシャルで『愛しているゲーム』!? この状態の稀莉ちゃんにやらせるの? 面白いって、おいおい」
稀莉「やるー」
奏絵「えー、やるのか……。稀莉ちゃん、抱き着くのはやめようか。この距離で愛しているよと言われたら色々とまずい」
稀莉「しかたなし」
奏絵「うん、仕方なしだね。やっと稀莉ちゃんが離れてくれました。でも、席は隣なので相変わらず近い。それに向き合うんだよね……。稀莉ちゃん、こっち向いて」
稀莉「うん♪」
奏絵「すでにこの純粋無垢な笑顔にやられそうなんだが……。もう、当たって砕けろ!」
奏絵「愛してるゲーム!!」
稀莉「ゲーム!」
奏絵「じゃあ、私から。愛している」
稀莉「へへへへ。うれしいー。私もー」
奏絵「うっ、無邪気な稀莉ちゃんに言うと罪悪感が……」
稀莉「奏絵、すきー」
奏絵「うんうん、ありがとうね。でも今は言葉が違うよ」
稀莉「あいしてるー」
奏絵「そうそう、そうだね。……そうなの? なんなのこれ」
奏絵「愛してる」
稀莉「あいしてるよ、だいすきー。ずっといっしょー」
奏絵「ありがとうね。嬉しいけど、なにこれ!」
稀莉「かなえー」
奏絵「うん?」
稀莉「ちゅっ」
奏絵「!??!?!?!?!??!?」
稀莉「もっとちゅーする」
奏絵「いや待って、待って稀莉ちゃんだめーー。皆がいるから! そういう問題じゃないけど! ちょっと離れてーーーーーー!」
× × ×
奏絵「……何もありませんでした」
奏絵「再び、稀莉ちゃんは退場しました。はい。何もありませんでした。顔逸らさないでよ、植島さん!!」
奏絵「今日は何をお届けすればいいの? もう何もできないよ。今日は解散!!」
× × ×
奏絵「吉岡奏絵と」
稀莉「佐久間稀莉の」
奏絵・稀莉「これっきりラジオ―!」
奏絵「本日、2回目のまさかのタイトルコールです」
稀莉「あー、頭痛い」
奏絵「稀莉ちゃん、大丈夫?」
稀莉「酔っぱらったみたいね。ごめんなさい。お水飲んで、1時間ぐらい休憩したからもう大丈夫よ」
奏絵「無理しないでね」
稀莉「ええ、せっかくのバレンタインデー回なんだから頑張らないと!」
奏絵「……もう頑張らなくていいよ」
稀莉「なんで、元気ないのよ。待たせちゃったのは悪いけど。甘々のバレンタインデー回をお届けするわよ!」
奏絵「……もう撮れ高十分だよ」
稀莉「あの、よく覚えてないけど、何があったの?」
奏絵「なにもありませんでした」
稀莉「私、何か失言した?」
奏絵「失言はしていません。何もありませんでした」
稀莉「そう? じゃあ今日はバレンタインデー特別で、ゲームでもしましょう。以前の放送で好評だった愛してるゲームを」
奏絵「今日もうやったよ!!!」
稀莉「えっ!?」
奏絵「酔っぱらった稀莉ちゃんとやったよ!」
稀莉「私は知らないんだけど!」
奏絵「知らなくていいよ!」
稀莉「えー……」
奏絵「植島さん、スタッフさん、絶対にさっきの収録は流さないでくださいね!」
稀莉「私、何をやらかしたのよ……」
奏絵「フリじゃないから!」
*****
私の心からのお願いが届くはずもなく、問題のシーンは電波にのって届けられた。バレンタインデー回の放送後、『この1年の放送で1番実況が盛り上がった』と植島さんから嬉しくない報告もあった。
この回を聞く勇気が無く、さすがの稀莉ちゃんも恥ずかしがって、ラジオを聞いた日は目も合わせてくれなかった。
それでもSNSでエゴサをすると流れてくる情報。映像を流していないので、音の真偽はわからないけど、リスナーたちのコメントは狂喜乱舞していた。
「……もうお酒飲まない」
「飲んでもいいけど、私といるときだけね」
「奏絵以外と飲むわけないでしょ」
「ありがと」
「奏絵も私以外と飲まないでね」
「それは難しい相談だな……」
バレンタインデーにもらった手作りチョコを食べながら、私は頭を悩ます。目の前の彼女は笑っているけど、どこまで本気で言っているかはわからない。
「ところで、奏絵」
「うん?」
「奏絵からもらったマロングラッセのショコラ、美味しかったわ」
「良かったー。悩んだかいあったよ」
「悩んでくれたのね」
「だって稀莉ちゃんはここ数年、毎回手作りくれるからさ。私もできるだけ良いのあげないと、って頑張って探したんだ」
「奏絵も手作りしてくれてもいいけど」
「……それはやめとこう。味の保証ができない。稀莉ちゃんは喜んでくれるだろうけどさ、申し訳ない」
「気持ちがあればいいのよ」
「でも、できるだけ喜んでもらいたいじゃん」
この子の笑顔がもっと見たい。悲しい顔じゃなくて、楽しむ顔をずっと見ていたい。そのためなら時間も労力も惜しむことはない。
彼女が、何か言いたそうに私をじっと見つめる。見つめられてもテレパシーは届かず、彼女は言葉にする。
「……意味は?」
「うん?」
「それ、も悩んでくれたのよね?」
「……言葉にしないのが、いいんだと思うな」
「何度も言葉にしてくれてもいいのよ」
「じゃあ、愛してるゲームでもする?」
「ただのバカップルじゃない」
「家なら、いいからさ」
「……うん? うん」
言葉にしなくても、十分に伝わっている。
もう不安を抱くこともない。
それでも私は、彼女は何度も伝えようと言葉にする。
声優という職業だから、……なんて言ったら怒られそうだと、口に残った甘さを感じながら、私は苦笑いを浮かべるのであった。
「……甘い」
「貰ったチョコ食べてたからね」
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