橘唯奈のスキスキダイスキ⑥

「……え?」


 ずっと困った顔をしていた吉岡奏絵がいよいよ本気で戸惑う。


「す、き……?」


 予想外だろう。今まであんなに稀莉のこと大好きってアピールしてきて、ライバル視して、文句ばっかり言ってきた人間だ。

 “そんな感情”を私が持っていたなんて1ミリも知らないだろう。


「な、なんで!?」

「何でってそういうもんだから仕方ないじゃん」


 戸惑うのはわかる。当然だ。

 でも。

 どうして、そんな困った顔をするんだ。

 結果はやる前から知っている。わかりきっているんだ。勝負にすらなってない。けど、ちょっと……寂しいじゃん。


「ハハハハハ」

 

 零れてしまいそうな感情をごまかすために、盛大に笑いだす。道化師に真実は必要ない。ますます目の前の彼女が困り出す。


「ど、どうしたの?」

「真剣な顔しちゃって、アハハ」

「……はい?」

「あーおかしい」


 可笑しいのはどっちだろう。溢れそうな感情を精一杯ごまかす。そうしなきゃ涙が零れてしまいそうだから。


「え、え?」

「嘘、冗談よ」

「はい!?」


 嘘。

 口から出る偽り、出まかせが止まらない。


「何、真剣に考えているのよ? 困惑した顔は傑作だったわ。まさかぐらっときちゃった?」

「こないこないよ!」

「嘘の嘘」

「良かった~。いや待って、嘘の嘘って実は本当ってこと?」

「どうでしょう~」

「茶化さないで!」

「慌ててくれるんだ。稀莉に言っちゃおう」

「それはやめて!」


 自分へベクトルが向いてないのに、自分の気持ちに気づいてしまったから。

 マイナスから始まった。なのに、今は好きで好きでたまらない。

 抱きしめたい。抱きしめられたい。

 声優だから? 同性だから? 

 たぶん、そんなの関係なくて、私は彼女のことが、のことが本当に好きだから。

  

「吉岡奏絵。あなたに足りないのは、つまりそういうことよ!」

「どういうこと!?」


 私は、これっきりラジオの二人が大好きだ。

 二人の作る空気が好きだ。二人の番組が好きだ。面白い会話が好きだ。二人でいることが綺麗で、素敵なんだ。


「あんたが稀莉のことを好きでいようと、稀莉があんたのことを好きでいようと、私には関係ないの。私があんたを好きになっちゃいけない理由はない。告白を止める権利はないの」

「いや、関係あるよね? 不倫ではないけど、す、推奨はされない」

「でも恋は止まらないわ。どこまでいっても自分勝手でワガママなの」

「実らないとわかっていても?」


 棘が刺さっても、平気そうなフリをする。


「そうよ、誰が好きって言っちゃいけない、って決めたの?」

「社会?」

「社会なんて知ったことか。あんたには強引さ、ワガママが足りない!」


 彼女は良くも悪くも、大人であろうとし、良き人であろうとする。

 はは、私が言えた義理か。


「考えすぎなの。もっとワガママで自分勝手になりなさい」

「稀莉を幸せにするんでしょ。それぐらいの本気を見せなさい」

「なんとかなるものよ」


 、大人であろうとし、良き人であろうとした。

 ワガママな私が、考えた逆さまなワガママ。


「てきとーな……」

「てきとうよ。私の人生じゃないもん」

「そりゃそうだけど」

「なんとかならなかったら、あんたと稀莉を私が全力でフォローしてあげる」


 叫びたいのに、逆さまに純情は振られ、余裕なフリで笑って見せる。


「唯奈ちゃんはどうしてここまで言ってくれるの?」

「二人が好きだからに決まっているじゃない」


 この言葉だけは本当だ。二人がこのまま駄目になってほしくない。そのために私は……。


「じゃあお参りしていくから、吉岡奏絵は帰れ!」


 めちゃくちゃだ。

 言いたいことを言い終え、彼女をさっさと追いだした。


 

 × × ×

 口にした。

 嘘だと偽った。すぐに訂正した。

 でも、言ったのだ。

 「好きよ、吉岡奏絵」と。言ってしまって、心がスンと落ち着いた。ああ、やっぱり口にしたかったんだと悟った。言えなかった台詞。せめてこれだけは言いたいと、彼女のためと思いながら成し遂げた、私の最後の幼稚なお願い。


「はぁーーーーーー」


 大きくため息をつき、膝を曲げ、しゃがみ込む。もうここに吉岡奏絵はいなく、私はひとりぼっち。


「何をやっているんだろう、私は」


 嫌いと言えたら、どんなに良かっただろう。

 嘘のままだったら、どんなに幸せだっただろう。


 好き。

 どっちも好き。

 稀莉のことも好き、吉岡奏絵のことも好き。

 種類は違う。違うんだ。けど、それでも二人のことは大事だ。

 大事なんだ。

 大事だから、


「うまくできたかな……」


 だから、私のワガママで二人を壊したくない。

 どこがワガママだ。全然ワガママなんかじゃない。優しくて、真面目なんだ。よくわかっているじゃない、あの学生さん。

 稀莉が好き、吉岡奏絵が好き、そして二人が二人であることが大好きなんだ。


 二人が幸せでいてほしい。

 だから、後押しをする。二人のためになる。辛い時期を乗り越えた二人に笑っていて欲しい。笑って幸せにならなきゃ駄目なんだ。

 

 それが私の役目。

 それが私の一方的なワガママ。


 私のままでいい。

 二人を大好きなままでいたい、そんな私でいたい。

 そんな自分でありたい。そんな自分が好きなんだ。


 大人で、真面目で、優しくて、そんな私が尊い。

 

「わかっているわよ」


 誰に言うでもない、私の一人芝居。

 透明な雫が地面に落ち、世界を潤す。


 でも、そんな私らしさは辛いな。

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