フラグメンツ

ある日の学園祭①

 電車に乗った時点ですでに混んでいた。


 同じ家に住んでいるのに、駅前で待ち合わせしたいと“彼女”は主張し、わざわざ別々の路線の電車に乗ってやってきた。お互いが一日オフの日は、あえて別々に行き、待ち合わせをしたがる。非日常感を演出し、ドキドキしたいのだろうか。そういう姿勢も大事だが、もう付き合って何年だと思っているのだ。

 と思いながらも、一分一秒でも多く彼女といたいと願っている私がいる。気持ちは褪せることなく、日に日に色が濃くなっている。

 ……そんなことを口にしたら、彼女は「本当に奏絵は私のこと大好きね」と揶揄うから言ってあげない。大好きなのは、間違ってないけど。


 待ち合わせ場所につくと、すぐに声をかけられた。


「そこのお姉さん、いい壺があるんですがぜひご覧になりませんか」

「……何の勧誘かな、稀莉ちゃん」


 へへっと笑う彼女がいた。帽子を被り、伊達メガネをしているが、分かる人はわかってしまうだろう。佐久間稀莉さくま きり。20代の大人気声優だ。会ったころは17歳だった彼女も、もう大学を卒業した大人だ。


「迷子にならず、ちゃんと来られたのね。偉いわ奏絵」

「子供扱いしなーい」

「こないだのデートで、迷子になったのは誰かしら」


 一方の私は30を過ぎて外見は大人になったが、中身はいまだ成長しきれていない。けど、こういう仕事をしているのだから、仕方ないと自分を正当化する。

 吉岡奏絵よしおか かなえ、私も彼女と同じく『声優』だった。


「首輪つけるとか言わないでね」

「……なるほど、そうすればいいのね」

「わー、いらんこといった!」

「もう茶番はいいからデートに行くわよ!」

「今日はデートじゃないからね!?」


 待ち合わせ場所の駅前から歩き、すぐに目的の場所に辿り着く。

 明山大学のキャンパス。

 入口には派手な装飾がされた門があり、構内はすでに賑わっている。


「人多いね~」

「これが学園祭なのね」


 今日は大学の学園祭で、私たちはイベントのゲストとしてお呼ばれしたのだ。


「最近まで学生だった女の子が何をいっているの……?」

「だって、土日は仕事ばかりで結局1回も参加できなかったもの」

 

 それは、私も同じだった。

 自分が大学生だった時の学園祭の記憶がない。

 それだけでなく、キャンパスライフというものを満喫した思い出もほとんどない。


「……学生の時から声優やってたら仕方ないよね」


 あの時、確かに私は学生だったはずだが、バイトや養成所が中心で勉強にも遅れないようにと過ごし、プライベートと言う時間が存在しなかった。

 部活はもちろん、サークルにも所属しなかった。友達はいたけど、1年のクラスの時に仲良くなった人が中心で、今でも連絡をとっている人は少ない。その頃流行ったSNSもやっていないので、皆が何になって、どんな大人になっているのか不明だ。

 大学に行った意味があったかと言われると、「う~ん……」と頭を捻ってしまう。ただそのステータスしか価値が無い気がする。

 声優の道を大学生の時に選んだがための宿命。……犠牲とはいいたくないな。その分、人とは違う経験をしてきたつもりだ。

 でも、振り返ると少しだけ寂しい気持ちもある。


「だから、今日は早く来たんじゃない」

「そうだね、満喫しよう!」


 イベントは16時開始で1時間前の15時に集合だったが、私たちは学園祭をまわるために早めの12時に訪れたのだ。


「みてみて、屋台がたくさんあるわよー」

「まずは腹ごしらえをしようか」


 満喫するためでなく、イベントで話すためのネタづくりでもある。せっかくだから、このキャンパス、大学のことを知って、学園祭ならではの話をしたい。

 放送もされないし、映像記録としても残らない。

 イマ、ココだけの思い出だ。


「これだけ種類あると迷うわね」

 

 焼きそば、たこ焼き、フランクフルトといった祭りの定番商品から、チュロス、ポップコーン、たい焼き、ワッフルと甘い物からしょっぱいお菓子まで選り取り見取りだ。


「やっぱり空音的には綿あめかな、稀莉ちゃん」

「……懐かしい話題を出すんじゃないわよ」


 稀莉ちゃんとラジオで出会ったばかりのころ、ツンツンで生意気だった彼女が私の好きな食べ物は「綿飴」と言った。それは私がかつて主役を演じた空飛びの少女、『空音』の好物だった。実は稀莉ちゃんは空音も、演じた私のことも大好きで、思わず言ってしまったのだ。あの放送も、もう5年以上前のことだ。


「ほら、買うわよ」


 焼き鳥と焼きそば、綿飴とアンバランスな買い方をして、ベンチに座る。


「美味しいね」

「なかなかいけるわね」

「ただ喉も乾いてくるな……あっ」


 焼き鳥を食べていると、ビールサーバーが目に入り、つい目を輝かせてしまう。そのことに当然、彼女は気づき、


「……ビールは禁止よ」

「今日は仕事、仕事だから! さすがの私でもわかっているよ!」


 心が少し揺らいだのは内緒だ。



 × × ×

 食べ終わり、エネルギーを得た私たちは学園祭をまわる。


「そういえば、アニメで学園祭を体験したことはないわね」

「大学生よりは、中学生、高校生を演じることが多いからね~」


 別世界や別の星に行ったり、高校や中学校に戻ったりはするが、大学生、社会人の役を演じることは30歳を過ぎた今でも少ない。


「文化祭なら役で演じたことあるけど、雰囲気違うよね」

「ねえ、奏絵。文化祭といえば何を思い浮かべる?」

「あれだよね」

「じゃあ一緒に言うわよ」


「「メイド喫茶」」


 答えが揃って可笑しくなる。


「私たち、アニメに毒されすぎね」

「高校の文化祭で、何故かほとんどの作品でメイド喫茶が出てくるもんね。……本当に皆やっているのかな?」

「オタクの願望よ」

「悲しいこと言わない」

「現実でやったらかなりお金かかるでしょ」

「……メイド服の稀莉ちゃん見てみたいな」


 稀莉ちゃんのメイド服姿を思い浮かべる。うちには一緒に住んでいたメイドさんがかつていたわけだが、その名称だけでメイド服を着てくれることはなかった。

 現実において、圧倒的メイドさん不足なのだっ……!

 嫌がりながらも「ご主人様」と言ってくれる赤面する稀莉ちゃん。……いいな。

 そんな妄想を彼女の一言が破る。


「着るなら一緒によ」

「もう、キツイ」


 妄想でも、自分のそんな姿を思い浮かべたくない。


「いけるわ、需要ある!」

「ど」

「ここにあるわ!」

「いう前に言わない~」


 「どこにあるの?」と言う前に答えられた。

 この話題を続けたくないと思い、ホール前にあった看板の話題をする。


「ほらみて。お笑い芸人さんも来ているんだね」


 お笑いイベントの告知で、テレビでも見たことある芸人さんの名前が書かれていた。

 

「私たちも負けないようにしないと!」

「コントしにきたんじゃないよ!?」

「これっきりラジオよ、実質コントでしょ?」

「ひ、否定できない……」


 書かれたタイムテーブルをみると、他にもたくさんの有名人が来るみたいだ。私達だけじゃなく、様々な業種、趣味の人が集まり、学園祭を彩る。

 主役はあくまで学生さんだが、集客するために、より特別な思い出にするために、力を貸してほしいと願われる。


「そういえばミスコンは無いんだね。時代なのかな」

「私の大学にもなかったわ。女子大だから?」

「どうなんだろうね。私の時はあったよ」

「奏絵は出なかったの?」

「出るわけないじゃん」


 自分で立候補するわけないし、推薦されたとしても丁重にお断りしたい。目立つ仕事をしているくせに、自分の容姿を評価されるのは嫌だ。


「えー、絶対に優勝できるわよ」

「無理だよー」

「……でも、皆にチヤホヤされるのは嫌ね。私だけの奏絵でいて!」

「はいはい、稀莉ちゃんの奏絵ですよー」

「心がこもってないわ。ここでキスしなさい」

「きょ、教育の場でそんなふしだらなことしません!」

「大学生なんて、ふしだらなことしか考えてないわよ」

「偏見!」


 大学というのは出会いの場でもあるけど……言いすぎだ。

 ただ、学生の時から付き合って~というのもよく聞く話だ。同じ時間を共有し、同じ時を過ごすことは大きな意味を持つ。一緒に長いことラジオをやっていると、より強く実感する。


「そう思うと、稀莉ちゃんが学園祭に出られなかったのは、彼女としては少し安心だったな」

「周りで張り切っている女の子はいたわね。学園祭でたくさんナンパされるわよ~って」

「そうなんだ。稀莉ちゃんがナンパされなくてよかった~」

「そしたら奏絵がガードマンしてくれるでしょ?」

「給料は出る?」

「たくさん愛情あげます」

「これ以上はいらなかったかな……」

「ノリ悪いわね」

「ノルとこの場でキスされそうだから」

「ちぇっ」


 そうやって悔しがる姿も可愛いなと思うほどに、毒されている。

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