フラグメンツ
ある日の学園祭①
電車に乗った時点ですでに混んでいた。
同じ家に住んでいるのに、駅前で待ち合わせしたいと“彼女”は主張し、わざわざ別々の路線の電車に乗ってやってきた。お互いが一日オフの日は、あえて別々に行き、待ち合わせをしたがる。非日常感を演出し、ドキドキしたいのだろうか。そういう姿勢も大事だが、もう付き合って何年だと思っているのだ。
と思いながらも、一分一秒でも多く彼女といたいと願っている私がいる。気持ちは褪せることなく、日に日に色が濃くなっている。
……そんなことを口にしたら、彼女は「本当に奏絵は私のこと大好きね」と揶揄うから言ってあげない。大好きなのは、間違ってないけど。
待ち合わせ場所につくと、すぐに声をかけられた。
「そこのお姉さん、いい壺があるんですがぜひご覧になりませんか」
「……何の勧誘かな、稀莉ちゃん」
へへっと笑う彼女がいた。帽子を被り、伊達メガネをしているが、分かる人はわかってしまうだろう。
「迷子にならず、ちゃんと来られたのね。偉いわ奏絵」
「子供扱いしなーい」
「こないだのデートで、迷子になったのは誰かしら」
一方の私は30を過ぎて外見は大人になったが、中身はいまだ成長しきれていない。けど、こういう仕事をしているのだから、仕方ないと自分を正当化する。
「首輪つけるとか言わないでね」
「……なるほど、そうすればいいのね」
「わー、いらんこといった!」
「もう茶番はいいからデートに行くわよ!」
「今日はデートじゃないからね!?」
待ち合わせ場所の駅前から歩き、すぐに目的の場所に辿り着く。
明山大学のキャンパス。
入口には派手な装飾がされた門があり、構内はすでに賑わっている。
「人多いね~」
「これが学園祭なのね」
今日は大学の学園祭で、私たちはイベントのゲストとしてお呼ばれしたのだ。
「最近まで学生だった女の子が何をいっているの……?」
「だって、土日は仕事ばかりで結局1回も参加できなかったもの」
それは、私も同じだった。
自分が大学生だった時の学園祭の記憶がない。
それだけでなく、キャンパスライフというものを満喫した思い出もほとんどない。
「……学生の時から声優やってたら仕方ないよね」
あの時、確かに私は学生だったはずだが、バイトや養成所が中心で勉強にも遅れないようにと過ごし、プライベートと言う時間が存在しなかった。
部活はもちろん、サークルにも所属しなかった。友達はいたけど、1年のクラスの時に仲良くなった人が中心で、今でも連絡をとっている人は少ない。その頃流行ったSNSもやっていないので、皆が何になって、どんな大人になっているのか不明だ。
大学に行った意味があったかと言われると、「う~ん……」と頭を捻ってしまう。ただそのステータスしか価値が無い気がする。
声優の道を大学生の時に選んだがための宿命。……犠牲とはいいたくないな。その分、人とは違う経験をしてきたつもりだ。
でも、振り返ると少しだけ寂しい気持ちもある。
「だから、今日は早く来たんじゃない」
「そうだね、満喫しよう!」
イベントは16時開始で1時間前の15時に集合だったが、私たちは学園祭をまわるために早めの12時に訪れたのだ。
「みてみて、屋台がたくさんあるわよー」
「まずは腹ごしらえをしようか」
満喫するためでなく、イベントで話すためのネタづくりでもある。せっかくだから、このキャンパス、大学のことを知って、学園祭ならではの話をしたい。
放送もされないし、映像記録としても残らない。
イマ、ココだけの思い出だ。
「これだけ種類あると迷うわね」
焼きそば、たこ焼き、フランクフルトといった祭りの定番商品から、チュロス、ポップコーン、たい焼き、ワッフルと甘い物からしょっぱいお菓子まで選り取り見取りだ。
「やっぱり空音的には綿あめかな、稀莉ちゃん」
「……懐かしい話題を出すんじゃないわよ」
稀莉ちゃんとラジオで出会ったばかりのころ、ツンツンで生意気だった彼女が私の好きな食べ物は「綿飴」と言った。それは私がかつて主役を演じた空飛びの少女、『空音』の好物だった。実は稀莉ちゃんは空音も、演じた私のことも大好きで、思わず言ってしまったのだ。あの放送も、もう5年以上前のことだ。
「ほら、買うわよ」
焼き鳥と焼きそば、綿飴とアンバランスな買い方をして、ベンチに座る。
「美味しいね」
「なかなかいけるわね」
「ただ喉も乾いてくるな……あっ」
焼き鳥を食べていると、ビールサーバーが目に入り、つい目を輝かせてしまう。そのことに当然、彼女は気づき、
「……ビールは禁止よ」
「今日は仕事、仕事だから! さすがの私でもわかっているよ!」
心が少し揺らいだのは内緒だ。
× × ×
食べ終わり、エネルギーを得た私たちは学園祭をまわる。
「そういえば、アニメで学園祭を体験したことはないわね」
「大学生よりは、中学生、高校生を演じることが多いからね~」
別世界や別の星に行ったり、高校や中学校に戻ったりはするが、大学生、社会人の役を演じることは30歳を過ぎた今でも少ない。
「文化祭なら役で演じたことあるけど、雰囲気違うよね」
「ねえ、奏絵。文化祭といえば何を思い浮かべる?」
「あれだよね」
「じゃあ一緒に言うわよ」
「「メイド喫茶」」
答えが揃って可笑しくなる。
「私たち、アニメに毒されすぎね」
「高校の文化祭で、何故かほとんどの作品でメイド喫茶が出てくるもんね。……本当に皆やっているのかな?」
「オタクの願望よ」
「悲しいこと言わない」
「現実でやったらかなりお金かかるでしょ」
「……メイド服の稀莉ちゃん見てみたいな」
稀莉ちゃんのメイド服姿を思い浮かべる。うちには一緒に住んでいたメイドさんがかつていたわけだが、その名称だけでメイド服を着てくれることはなかった。
現実において、圧倒的メイドさん不足なのだっ……!
嫌がりながらも「ご主人様」と言ってくれる赤面する稀莉ちゃん。……いいな。
そんな妄想を彼女の一言が破る。
「着るなら一緒によ」
「もう、キツイ」
妄想でも、自分のそんな姿を思い浮かべたくない。
「いけるわ、需要ある!」
「ど」
「ここにあるわ!」
「いう前に言わない~」
「どこにあるの?」と言う前に答えられた。
この話題を続けたくないと思い、ホール前にあった看板の話題をする。
「ほらみて。お笑い芸人さんも来ているんだね」
お笑いイベントの告知で、テレビでも見たことある芸人さんの名前が書かれていた。
「私たちも負けないようにしないと!」
「コントしにきたんじゃないよ!?」
「これっきりラジオよ、実質コントでしょ?」
「ひ、否定できない……」
書かれたタイムテーブルをみると、他にもたくさんの有名人が来るみたいだ。私達だけじゃなく、様々な業種、趣味の人が集まり、学園祭を彩る。
主役はあくまで学生さんだが、集客するために、より特別な思い出にするために、力を貸してほしいと願われる。
「そういえばミスコンは無いんだね。時代なのかな」
「私の大学にもなかったわ。女子大だから?」
「どうなんだろうね。私の時はあったよ」
「奏絵は出なかったの?」
「出るわけないじゃん」
自分で立候補するわけないし、推薦されたとしても丁重にお断りしたい。目立つ仕事をしているくせに、自分の容姿を評価されるのは嫌だ。
「えー、絶対に優勝できるわよ」
「無理だよー」
「……でも、皆にチヤホヤされるのは嫌ね。私だけの奏絵でいて!」
「はいはい、稀莉ちゃんの奏絵ですよー」
「心がこもってないわ。ここでキスしなさい」
「きょ、教育の場でそんなふしだらなことしません!」
「大学生なんて、ふしだらなことしか考えてないわよ」
「偏見!」
大学というのは出会いの場でもあるけど……言いすぎだ。
ただ、学生の時から付き合って~というのもよく聞く話だ。同じ時間を共有し、同じ時を過ごすことは大きな意味を持つ。一緒に長いことラジオをやっていると、より強く実感する。
「そう思うと、稀莉ちゃんが学園祭に出られなかったのは、彼女としては少し安心だったな」
「周りで張り切っている女の子はいたわね。学園祭でたくさんナンパされるわよ~って」
「そうなんだ。稀莉ちゃんがナンパされなくてよかった~」
「そしたら奏絵がガードマンしてくれるでしょ?」
「給料は出る?」
「たくさん愛情あげます」
「これ以上はいらなかったかな……」
「ノリ悪いわね」
「ノルとこの場でキスされそうだから」
「ちぇっ」
そうやって悔しがる姿も可愛いなと思うほどに、毒されている。
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