アフターアクト

side story:橘唯奈のスキスキダイスキ

橘唯奈のスキスキダイスキ①

 演じたキャラと人生を一緒に歩んできた。アイドルの女の子の役から、異世界を勇者と旅する魔法使い、自分の年齢より上のお姉さんの役もあるし、性別の異なる少年の役をしたこともある。動物やAIなんてこともあって、もはや人の一生ですらないことだってあった。

 その中でもちろん経験してきた。恋をする女の子の役。物語の中で恋や、好きや嫌い、愛と呼べる何かは不可欠だった。

 私は、知っていたんだ。

 考えるだけで胸がポカポカして、誰かに憧れて頑張ろうと思えて、寂しくて胸が締め付けられて、好意を持っているのに言葉は裏腹で相手を傷つけてしまって、好きと口にしたらどんなに楽だと思って、そうやって演じたキャラになりきってきた。

 一生懸命に恋をして、好きを一緒に知ってきた。上手くいき嬉しかったことも、振られてこっちまで悲しい思いをしたこともある。結末がどうであれ、恋をすることは素晴らしいことだった。それがつくられた物語であっても私の中で一緒に育ってきたんだ。いつか私も、なんてちょっと思っていたりもした。

 

 ……そう、知っていたはずなんだ。

 自分だってきっと知っていた。

 私は稀莉に好意を持って、可愛さに夢中になって、声に惚れ惚れして、彼女のことばかり考えて、会えた時は幸せで、私の名前を呼んでくれた時は嬉しくて、たぶんそれは恋と呼んでもいいものだったはずだ。


 なのに、“それ”は違ったんだ。


 駆け抜けてきた10代後半の中で、私は彼女に出会った。

 初めて会ったのは私のラジオ番組に稀莉と一緒に来た時だった。あの時は稀莉につくお邪魔虫の認識で、ただただムカつく相手だった。

 けど稀莉を変えた人でもあった。苦手だったはずのラジオでのトークが“彼女”の力もあり、稀莉は面白い掛け合いをすることができるようになり、楽しい番組を作りあげていた。

 稀莉をトークの分野でも輝かせた。私は諦め、できなかったことだ。それを彼女は変えた。

 ライバルと呼ぶには大したことない人だ。主役をしたこともあったが、それ以来鳴かず飛ばず。でも大好きな稀莉を変えたという結果と事実にムカつき、イラつき、けど心のどこかで彼女のことを凄いと認めていた。


 ……それだけだったはずなんだ。

 ただのライバルで留まるはずだった。


 それがいつからだろう、自分でも気が付かないうちに私の心は蝕まれ、自覚ないほどに彼女の色で染まっていた。

 その色は、雲一つない青。


「じゃあ次の曲いくぞー。君を見た瞬間から!」


 眩しぎる、青。

 19歳の終わり、私は吉岡奏絵の歌う姿に心を奪われていた。


「…………」


 彼女の音は前もって聞いていた。CD音源でも化け物だと感じ、驚いたものだ。何気なく聞いた瞬間から惹き込まれ、何度も聞き、今では歌詞も見ずに口ずさめるほどにハマっていた。

 だから、期待もしていた。

 彼女の生の歌はどんなものなのだろう? とワクワクしていた。データに落とし込まれたものより、もっとすごいかもしれない。


 ……聞いていた音楽とは別のものだ。

 蒼く輝く光の中で、ステージ上に立つ彼女が眩しくて、でもその輝きから目を離せない。期待を平気で超えてきた。

 始まる前、楽屋で呑気に話していた人とは思えない。

 私とは違う。荒い部分も多い。音程が完璧なわけでないし、たまにテンポもズレる。

 なのに、心が持っていかれる。

 CD音源とは違ったリアルと濃さ。そして、熱量。

 魂、と表現するには言葉が安直過ぎるか。

 懸命に歌う姿にこっちの身体も熱くなり、鼓動が加速し収まらない。

 ペンライトも振らず、私はただただ呆然と見つめていた。


「すごいですね、よしおかしゃん……」


 隣に座っていた声優仲間である新山梢が曲終わりにぽつりとつぶやく。


「ええ、すごい」


 そう表現するしかわからない。会場の熱気以上に私たちの心に彼女の凄さが深く突き刺さり、抜けてくれない。

 この日舞台に立った彼女は文字通り、別のステージへと昇りつめたのだ。


「みつけたよ、奏絵」


 アンコールで吉岡奏絵が再登場し、空飛びの主題歌を歌ったと思ったら次の曲で稀莉が現れた。

 驚く彼女の顔と、やっと会えたと嬉しく笑う稀莉の顔。

 二人にスポットライトが当たり、世界は二人の再会を祝福する。


 そこに私はいなくて、私の名前は呼ばれない。


 ……すべてが完璧だったはずなんだ。

 橘唯奈は10代声優のNO1の座を手にし、これからの20代も声優界の中心として輝いていける。何も間違ってこなかった声優人生だ。すべてが順調で、これからの展望も明るい。

 なのに彼女の物語の中で、私にスポットライトは当たらない。


 心の中で「稀莉よかったね」と祝福する私と、「何でそこに私がいないの?」と責める自分がいる。

 ただ拍手をするだけで、どんな表情をしているか自分でもわからない。


 これは私の勝手な気持ちの暴走。

 自分でも上手く理解できていない想い。

 

「好きなのに」


 歓声の中で、私の声はかき消され、誰にも聞こえない。

 そう、これは、……叶わない恋の物語だ。

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