番外編⑥

ある日の収録⑩

 今日も今日とて収録は始まる。


***

奏絵「ラジオネーム、『ロクロロック』さんから。『よしおかん、稀莉ちゃん、こんちはー。私事で恐縮なのですが、1月から転職して新しい会社に入りました』」

稀莉「新年から転職なんて大変ね」

奏絵「そうだね~、ドタバタしそう。『早速、新年会込みで歓迎会が開かれ、私は 新しい会社の若手ということでビールの注ぎ方、グラスが空いたら入れる、粗相がないようにと飲み会の席のマナーに気を付けていたのですが、そういうことをしなくていいよ~と先輩たちが言ってくれて、面食らいました。前の会社では気をつかってばかりの飲み会だったのですが、各々が好きなように飲む自由な雰囲気で、今まで嫌いだった飲み会が好きになりました。会社の飲み会ってこんなに自由でよかったんですね! 2次会も無理に誘われないし、家族持ちが多く、平和な時間に終わり、すごく快適です』」

稀莉「いいことじゃない。って、まだあるの?」

奏絵「もうちょっと聞いてね。『ただそれでも慣れないのは焼き肉です。飲み会はとやかく言われないのですが、焼き肉だと最初に焼くのは牛タンじゃないのか~、焼き加減甘いよ~などなど上司さんが厳しいのです。鍋奉行の方は今まで見ましたが、焼肉奉行の人に出会ったのは今回が初めてで、先輩から焼肉行こうよ~と言われても気軽に返事できなくなった自分がいます。お二人は先輩後輩と鍋や焼き肉に行ったとき困ったことありますか?』」


稀莉「焼肉奉行……、自由に各々が焼けばいいじゃない」

奏絵「でもトングの数が少ない時もあるからだいたい焼く人は固定になっちゃうかな」

稀莉「そういうものなの?」

奏絵「うん。そもそも稀莉ちゃん、あまり焼肉行ったことない?」

稀莉「私だってあるわよ! 目の前でシェフがステーキを焼いてくれて」

奏絵「それは焼肉ではない! お金持ちのお食事と一般市民のを同じにしないで~」

稀莉「むー」

奏絵「え、現場帰りにない?」

稀莉「なんだかんだで門限が厳しかったし、ないわ。まだお酒飲める年齢でもないし」

奏絵「そうかなー。私は学生の頃からソフトドリンク飲み放題で行ってたけどな~。部活の大会が終わった後とか、クラスの打ち上げとかでさ」

稀莉「どうせー、私はー、学校になじめてないしー、部活もやっていないー、友達もいない、寂しい子ですよー」

奏絵「稀莉ちゃん、拗ねないで!? そういえば私たちで焼肉行ったこともないね。バーベキューはいつかの打ち上げでしたけど。よし、植島さん、今日終わったら叙〇苑に行こう! え、行けるわけないって!? いいじゃないですか、私の復帰祝いで」

稀莉「もう復帰から一カ月経っているでしょ。図々しい」

奏絵「そんなこと言わないでよ~」


稀莉「焼肉はないけど、奏絵と鍋はしたことあるわ」

奏絵「そうだね、こないだはすき焼きしたね~。私がつくりました」

稀莉「ただ切って入れるだけでしょ?」

奏絵「それだって立派な料理だよ! そうそう、すき焼きは家によってやり方が違うから論争が起きるよね」

稀莉「そうなの?」

奏絵「関東と関西で違うんだよ。煮るのと、焼くので違うんだ。関西の親戚の家で食べた時は先に肉を焼く派で、うちのすき焼きと違くて驚いたんだ」

稀莉「そうなのね。でも美味しければいいんでしょ?」

奏絵「身も蓋もない!」


奏絵「ちがうといえば、お好み焼きの関西風、広島風論争」

稀莉「どっちも割と近い場所じゃない」

奏絵「関東民からしたらそうだけどさ……。広島風は生地を薄く伸ばし、具材を間に挟んでひっくり返すんだって。重ね焼きって言われて、麺を挟むことが多いみたい」

稀莉「へー、じゃあ関西風は?」

奏絵「関西風は全部混ぜて焼く! 麺は入れず、家庭でつくるのはこっちが多いかな?」

稀莉「つくれない人が言うんじゃありません」

奏絵「うるへー」

稀莉「じゃあ作ってくれるの?」

奏絵「関西風なら私だって……今度食べに行こうか!」

稀莉「諦めない!」

奏絵「お店の方が絶対に美味しい」

稀莉「そうかもだけど!」

奏絵「あ、広島風、関西風のどっちのお好み焼きも好きです」

稀莉「私のことは?」

奏絵「はい、お好みです。って言わせないでー」

稀莉「そこは素直に好きです!でよかったのに」

奏絵「で、何だっけ? そうだ、困ったことだって」

稀莉「社会人なら年下が焼きそうなものだけど?」

奏絵「でもこだわりが強い人が案外いるもので、焼くのを自分でやりたがる人もいるよね~。先輩と焼き肉行くときはちょっと様子見てから考える」

稀莉「七輪を一人一人用意して、好き勝手焼けばいいのよ」

奏絵「焼肉の楽しみさが何もない!」

*****


 せっかくなので、放送終了後、お家にいる晴子さんに連絡し、3人で焼肉に行くことになった。


「私が焼くわ!」

「うふふ」

「えへへ」

「……なによ、二人して子供を見るような温かい目で見て」

「いや、その通りだけど」

「まだまだおこちゃまですね、稀莉さん」

「そんなことないんだけど。奏絵とキスだって何回もしたし、旅館では」

「き、稀莉ちゃん!?」

「その話詳しく!」

「目を輝かせないで晴子さん! 焼いて、稀莉ちゃん早く焼こう~」


 まずは網に牛タンを置く。すぐに色が変わり、彼女が裏返す。


「えへん」

「はいはい、上手だよ稀莉ちゃん」

「よしおかんさんはすっかりおかんですね」

「誉め言葉ですかね?」

「おふくろの味はつくれませんが」

「私の料理がとやかく言われますけど、稀莉ちゃんのお母さんも料理できないですよね?」

「……吉岡さん、触れてはいけないことに触れましたね」

「私が焼いたの早く食べなさいよー」


 お肉を口に運び、三人とも「おいしい~」とハモる。やっぱりお肉しか勝たん。 


「そういえば、式場の話ですが」

「待って、そういえばじゃない!?」

「え?」

「え?じゃない! 晴子さん何でそんな乗り気なの!?」

「私だって寂しかったんですよ! 供給が不足していました。毎日悲しい顔をした稀莉さんを目の前で見ていて辛かったんです! 責任取って稀莉さんと結婚してください!」

「そうよそうよ!」


 焼かれているのは肉か、それとも私か。


「こちらが私が提案する結婚プランです」

「いやいや、何で冊子が出てくるの!?」

「奏絵、今日はビールを飲んでいいわよ」

「お酒飲んでも承諾しないからね!?」

「でも結婚、ということになったら私は出ていった方が良いですよね?」

「「え」」


 すっかり慣れてしまっているが、元々は晴子さんは監視役だ。監視の必要がなくなればその任は解かれる。

 でも、

 

「私はこれからもいてほしいです。けど、私たちの人生に晴子さんをずっと付き合わせてしまうのも悪いかなとも思います」

「ありがとうございます、吉岡さん。私も悩んでいます。一緒に住んで、私が障害になってイチャイチャ度が減るのかもしれない。なら、隣に住んでたまに様子をうかがうぐらいでいいのかもしれない。でも隣に住むだけではイチャイチャの遭遇が減って、妄想が膨らむだけでどうかなってしまうかもしれない……」

「あれ? 隣には住む前提??」

「私は観葉植物になりたい、壁になりたい」

「晴子がまた何か言いだした!」

「壁ってどういうことですか!?」

「え、リアル壁です」

「リ、ア、ル、壁」

「あ、でもいいですね。サークルつくって、同人デビューしましょうか。きりかな赤裸々同棲漫画を描きましょう! 売り子は二人ともお願いしますね。目指せ壁サークル!」

「やめて!!」

「仕方ないわね」

「稀莉ちゃん、仕方なくない! あ、お肉もういいから、焼けているから、食べよう!」


 いつかこの3人の奇妙な生活も終わるだろう。

 でも、それでも晴子さんはきっと私たちを見守り続け、思い出を保存し続けてくれるだろう。現に……写真を集めすぎだ。ラジオ番組スタッフとして晴子さんを抜擢するべきでは?と思うほどに資料がたくさんある。有能すぎるだろう。


 私たちはもう家族で、この心地よい距離感は多少離れたとしてもずっと続いてほしい。いや、続けていくんだ。

 一人じゃなくて、三人だから焼肉も楽しい。きっと、そういうものだと思う。

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