第38章 降り注ぐ光
第38章 降り注ぐ光①
「新曲すごく大好きです! 何回も聞いています!」
「ありがとう、嬉しいわ」
宛名を聞き、渡されたCDにサインをしていく。100人限定だが、直筆ですべて書いていくのは大変だ。でも出来上がったサイン入りCDを手渡しし、ファンが笑顔になってくれるのが嬉しい。それにこうやって話をしながらサインするのもなかなかない体験で貴重だ。
男性ファンが多いのかな?と思ったが、女性ファンも多く、年齢層も幅広い。挨拶をする度に褒められて、色々な人に愛されているな~と自惚れてしまう。
「いつも応援しています! とっても応援しています、ともかく応援しています!」
「ありがとう。気持ちすごく伝わるわ」
つたない言葉でも、語彙が少なくても気持ちは十分に伝わる。私も最初、憧れの人に会った時は凄く緊張したことを懐かしく、しみじみと思う。いや、再会した時はなぜか奏絵にとって嫌な女子高生声優を演じ、ムカつかせ、奏絵の反骨心を煽ろうとした。緊張とは全く違ったベクトルの行動をしていたと思う。今となっては……意味がわからない。あのまま嫌われていたら今の私はいなく、ぞっとしてしまう。
「これっきりラジオ大好きです!」
「娘と一緒に聞いています。娘から教えてもらったのですが、私もハマって来ちゃいました」
「お母様まで! 親子そろっての応援嬉しいです~」
お渡し会に親子参加とは驚きだが、ラジオイベントではけっこう親子参加も見かけるようになり、不思議ではなくなった光景だ。ラジオの世界は奥深く、アニメや漫画とは違った層にも響く。作品を知らなくても、私たちを知ってくれる。それだけの長い年月を重ねてきたんだとも思う。
途中で離脱したリスナーもいるだろうし、受験勉強、資格の勉強が大変だからと聞くのを辞めた人もいるだろう。けど私たちは変わらず声を届け、いつでもリスナーを待っている。ファンの帰りを待つし、新しい人を歓迎するし、慣れ親しんだ人たちと笑い続ける。1クールで終わるアニメに比べ、ずっと続くこのラジオは週間の習慣、皆の日常になって、大げさだが人生の一部でもあると思う。
私たちはリスナーと一緒の時を生き、一緒に大きくなっていく。長く続けばそりゃ親子で聞く人も出てくるだろうし、リスナーの人生も大きく変わっていくだろう。それは良いことだけじゃないかもしれない。辛いことや悲しいことも人の数だけそれぞれある。
けど、それでも私たちはいつもの場所で「おかえり」と言い続け、「ただいま」の言葉を待っている。
そうやって共に生きている。
「よしおかん推しですが、来ました」
「そこは素直に私推しといいなさいよ!」
そ、そうだ。私推しじゃなくても温かく出迎えて、
「友達がサイン欲しいと言っていて……」
「じゃあその人がきなさい!」
思わずつっこみが入る。な、なんなの? 限られた人数なんだから私の最推ししか許しません!
「あと奏絵は私のものだからあげません~!」
そうやって左手のくすり指に光るものを見せつける。
サインをもらいに来た人に何をしているのだろう私は……。20代になっても大人げなさは相変わらずだ。
でもファンの人は何だか嬉しそうにサイン入りCDを受け取ったから良しとしよう。そ、そういう性癖? 私に冷たくされたいからという高度なテクニックだったの?
ラジオを長く続けていくとそういった知識が身につき、ネタでなくとも疑いも持つようになってしまう。純真無垢ではなくなったな~と悲しくも思う。ついつい笑いにつなげようとしてしまう
次のファンが私の目の前に来ると、周りがざわついた。
それは私の知っている人で、
「あ、唯奈」
「稀莉~~~、来ちゃった~~~」
「いやいや、言ってくれればサインあげるから!」
「それは他のファンに申し訳ないでしょ。堂々と勝負しないと」
「勝負って……。相変わらず唯奈は唯奈なんだから」
私も私だが、唯奈も相変わらず唯奈である。時が経っても、最初の頃からのハイテンションが変わらない。
「もちろん事前に聞いたけど、すっごくいい曲! イントロからおっ?となり、稀莉の歌声が入った瞬間に『これは勝った!』ってなったわ。そしてサビもいいのよ。力強い歌声に歌詞もぐっときた」
「はいはい、サイン書き終わったから。感想は携帯に送ってね」
「えー、そこは喫茶店で語らせてよ! もしくは二人でバーにでもいかない?」
「あとが詰まっているからさっさといった」
「塩対応ー」
「特別扱いしないわ。ファンには平等に愛を分け与えるの」
「くっ、さすが稀莉。でもそんなところも好きだわ」
「はいはい、私もスキダヨー」
「棒読みなんだけど!?」
普通の人よりかなりの時間滞在しているが、誰も注意しない。周りも穏やかな視線で私たちを見ている。
「稀莉、上手くなったわね。でも負けてあげない」
「うん、唯奈。私も負けない」
掲げた拳と拳を合わせる。少年漫画じゃないんだから、と思うがライバルでもある唯奈とはこれでいい。声優としても、歌手としてもライバルがいて、切磋琢磨できるのは嬉しいことだ。
その後もサインは続いていく。
私の元からのファン、ラジオのファン、タイアップしたアニメのファン、色々な人が来てくれた。手の疲れなんか気にならないほどに、時間はあっという間で、こっちが勇気と元気とやる気を貰えてしまう始末だ。期待は心の翼を大きくする。
そして最後の一枚となった。女性が目の間にやってくる。
「新曲聞きました。すっごく好きです。まずジャケットから素晴らしいです。ただアナザージャケットも良すぎて、どっちを買うか迷って両方買いました。それに店舗特典ごとの写真もずるくないですか? どれも惚れ惚れする可愛らしさ。カメラマンにボーナスをあげたいです。で、もちろん中身の歌も素晴らしい。今までの可愛い曲から、今回はカッコいい曲にチャレンジしていて、これがまた最高です。佐久間さんの歌声も力強くて、新境地だなと感心しました。ぜひライブでこの曲を聞きたいですね。また歌詞がすごく響くんです。まるで佐久間さんのことを知っている人が書いたかのような言葉に共感し、勇気を貰えます。私も頑張らなきゃと思える素晴らしい一枚なんです」
「……」
「佐久間さん?」
「こ」
「こ?」
「こんなオタクはいりません!」
目の前にいた女性、いや奏絵が「えへへ」と笑い、眼鏡を外す。
「あちゃーバレちゃったか。ちょっとオタクな一般女性を装ったのだけど」
「どこがちょっとよ? バレるに決まっているでしょ? 眼鏡をしただけじゃない!」
「うーん、ちょっと声色も変えたのだけどな」
「変えてもわかるわ。私は誰よりもあなたのファンなのよ?」
「知っている知っている。それはそうと、早く握手をしてください」
「そうね、はい……って握手会じゃなくて、サイン会なんだけど!」
「それにしてもこの歌凄く良くてですね……」
「さっき歌詞褒めてたけど、あんたが書いたんでしょ? 自画自賛はやめなさい!」
「お手紙も持ってきました。読んでもいいですか?」
「スタッフー、早く引きはがしてー」
この茶番に誰も手を貸さない。最後のサインなので時間はもう気にすることはないのだ。スタッフもわかっていて奏絵を最後にしたのだろう。すでにサインCDを渡したお客さんたちもこの寸劇を見ているし、本当になんなんだこれは。
「稀莉ちゃんだって、こないだ私が出演したアニメイベントに来ていたよね? 隠れていてもバレバレなんだからね!」
うっ、バレていたか。
「だって、アニメイベント系ってなかなかディスク化しないじゃない! しかも配信もないしで行くしかないでしょ!」
「ないでしょ!と言われても……来てくれてありがとう」
「本当、奏絵はトークうまいわね!」
「どうも」
「イベントで歌ったキャラソンすっごくよかったわ!」
「そんなに褒めても何もあげないよ?」
「上げるのは私よ。はい、CD」
「ありがとう! 一生大事にする!」
CDを受け取り、ご満悦の彼女を見ると怒る気力も無くす。けど、ついつい言ってしまうのだ。
「CDじゃなくて、私を一生大事にしなさい」
「それはもう何度も誓っているよね? 誓約書だってまた書かされたし……」
「紙っきれより、毎日示すことが大事なの」
奏絵も苦笑いだ。もう十分に愛されていることは知っている。けど、彼女にワガママできるのは私だけの特権で、生かさない手はないでしょ?
「稀莉ちゃん」
彼女が私の手を握る。
握手会ではないという無粋なツッコミはもうしない。
「武道館も楽しみにしているよ」
「……私、一人じゃなくてフェスだけどね」
「それでも夢の舞台だよ。最前線でもいいし、でも遠くから腕組みして『私の彼女が一番可愛い、うんうん』と頷きながら稀莉ちゃんを見るのも良いな~。あー全角度からみたい!」
私も彼女に似てきたと思うが、彼女だって私に似てきたなーと思う。周りから見たらもっとだろう。
「奏絵は、ほんと私が大好きなオタクよね!」
「ふつうなオタクではないよ?」
「はいはい、特別よ。愛しているわ、奏絵」
「平然と皆の前で言わないで~!」
観客の囃し立てる声と共に、やっと引きはがされた彼女がこっちを見て笑う。「またあとで」とあげた左手には同じものがあり、光が反射し、何よりも綺麗に見えた。
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