第37章 推したい背中⑤
***
奏絵「始まりました~」
稀莉「佐久間稀莉と」
奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」
奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」
稀莉「今日の掛け声はやっと二人です!」
奏絵「みんなー、ただいまー」
稀莉「よしおかんの帰還です!」
SE「テレレレッテッテレー♪」
奏絵「謎SE!? なんだかレベルアップしたみたいな音なんだけど!?」
稀莉「年齢があがった音よ」
奏絵「まだ30歳じゃないし! あと3カ月ある!!」
稀莉「はいはい、おかえりなさい」
奏絵「あっ、スタッフの皆さんまで拍手してくれてありがとうございます。久しぶりで緊張しますね」
稀莉「2か月近くいなかったものね。気づいたらもう新年で、2020年よ」
奏絵「たいっへんお待たせしました! 稀莉ちゃんに、スタッフの皆さんに本当に感謝しています。それと事務所の後輩の砂羽ちゃんも私がいない時に何度かゲストで出てくれてありがとう! こないだ事務所で会って伝えましたが、改めて感謝します」
稀莉「今日は語られなかったことについて、たくさん話してもらうわよ。リスナーたちはよしおかんが活動休止していたという事実しか知らないんだから」
奏絵「はい、話しますね。私の病気のこと。手術をしたこと。沖縄での出来事。そして稀莉ちゃんに救われたことを」
***
東京に帰ったものの、リハビリには時間がかかり、12月中に声優として、ラジオパーソナリティとして復活することはできなかった。
けど当初は30分しか話せなかったのが、1時間、2時間、3時間と伸びていき、12月の内に日常会話は問題なくなり、喋るのに制限はなくなった。
ただ仕事は休止状態で、声のリハビリも一日の中で割合が少ないので、かなり時間ができた。なので、これを良い機会にと晴子さんに家事を教えてもらった。
けど、
「絶望的なセンスですね」
「アハハ……、え、冗談ですよね?」
「冗談だと思いますか?」
料理を教わって作っても、何故か晴子さんと同じものができあがらない。「吉岡さんは別のベクトルで生きているんですか?」や「アニメの料理下手キャラも嘲笑するレベルですね」などたくさんの晴子語録が生まれた。
「私には無理なんだ」とリハビリ以上にへこたれそうだったが、他に私ができることはなく、必死に頑張った。その成果もあり、一カ月の間で食べられる物ができるようになった。……その進歩スピードはどうなのだろう、小学生の方が伸びるぞ? と思いながらも、人それぞれなので仕方がない。料理以外の家事はかなり上達したので許してほしい。
「う、うーん、まずくはない」
「稀莉ちゃん、そこは嘘でも美味しいって言ってよ!」
愛しの彼女さえ、こんな返事だ。
「今のままでもいいと言ったけど、変わってほしいこともある」
「だよね! すみません、頑張る、私頑張るから!」
「私が料理を覚えた方が早いんじゃないかしら……」
「見捨てないでー」
そう言いながらも残さず食べてくれる彼女に感謝している。
***
奏絵「先日、アフレコにも復帰したんです。続編ものなので、自分の声が変わっているのが心配だったんですが、音響監督から『別に変わってないじゃないですか。バッチリです』と言われました。それでも信じられなくて、できた音源を聞いてみると確かにあの時と同じで安心しました」
稀莉「自分では違うと思っていても、案外そんなものよ。私もよしおかんの声が変わった印象はあんまり受けないわ。ただ私の場合はいつも一緒にいるから、同じ場所に住んでいるから気づかないのかもだけど。いつも一緒にいるから」
奏絵「何でいつも一緒にいるって2回言ったの!?」
稀莉「大事だからに決まっているじゃない!」
奏絵「供給過多です……」
稀莉「もう一度ダイスキーって叫んだ方がいい?」
奏絵「やめて! 那覇空港ですごく恥ずかしかったんだから。稀莉ちゃんもむやみに叫ぶのはやめよう。喉によくないよ?」
稀莉「むやみじゃないしー」
奏絵「十分に愛は伝わっているから」
稀莉「それなら固形物を要求します」
奏絵「固形物? あー、来月はバレンタインデーだからね~」
稀莉「違います」
奏絵「え? 違う?」
稀莉「はい」
奏絵「その固形物は甘いものですか?」
稀莉「いいえ」
奏絵「……それは食べられるものですか?」
稀莉「いいえ」
奏絵「それは……これ以上は言えない! 気づきたくない!」
稀莉「気づきなさいよ、答えまでたどり着きなさい! わかっているんでしょ? 約束してくれたでしょ?」
奏絵「やめて、キリネイターはやめて!」
稀莉「給料3ヶ月分……」
奏絵「休止していたからお金ない!」
稀莉「それは沖縄を満喫していたからでしょ?」
奏絵「ひ、否定できん……」
稀莉「ということでよしおかんは元気です!」
奏絵「雑にまとめないでー」
稀莉「アフレコにも復帰し、ラジオにも復帰。いいことじゃない」
奏絵「いやー本当によかったです。皆さんの応援や、サポート、励ましのおかげです。ありがとうございました。ただ歌うことはまだできていません。当分は曲を出したり、ライブをしたりは控えると思いますが、いつか、いつかまた皆の前で歌いたいと思うので、待っていてください」
稀莉「私の方が先に武道館に行かないよう頑張りなさい!」
奏絵「一緒に立つのもいいんじゃない? そうだ、ラジオのイベントでさ」
稀莉「ラジオイベントで夢の舞台を消化していいの!?」
***
私は私で、また君に出会えた。
まだ完全とはいえないけど、なんとかやれている。なんとかなっていることが嬉しくて、あんなに悩んでいた日々が何だったんだろうと今となっては思う。
「あ~、緊張した」
「どこがよ。いつもどおりのこれっきりラジオだったじゃない」
「いつもどおりがわからないんだって」
「奏絵と私がいればいつも通りよ」
「そっかなー」
「そうだよ。今だってこれっきりラジオだわ」
「日常とラジオの境が無くなるのは嫌だな……」
「もっともっと甘い放送をしましょう」
まだマウンテン放送内だというのに、彼女が指を絡め、がっちりとホールドする。彼女は一緒に飛んでくれるといったけど、私が落ちたら共に海の底まで沈んでいきそうで怖い。
それでも私たちは選んだ。
手を握ったままエレベーターに入り、答える。
「わかった」
「え?」
「もっと稀莉ちゃんを幸せにするよ」
狭い場所に二人しかいないことをいいことに、彼女の唇に自分を重ねる。
もう一度、私は夢を見る。
花咲く時を信じて、ふたりで叶える未来を願う。
離れた彼女が私を見上げて、そっと呟く。
「ええ、頼むわよ奏絵」
「そこはもう十分に幸せよ、と言ってくれる展開だと思ったんだけどなー」
「残念、私は欲深いのでしたー」
無邪気に笑う彼女に私も微笑み返す。
エレベータの扉が開き、上機嫌な稀莉ちゃんが鼻歌を歌いながら私を引っ張る。その歌は、……もう言うまでもないだろう。
「その歌好きだね」
「全部好きよ、大好き」
口ずさめば未来は始まり、空に描かれ、一人じゃない夢が奏でられる。
それはきっと終わりなんかなくて、永遠に続く魔法だ。
私たちはそれを何と名付けるだろうか。今はまだわからない。
……いや、知っているんだ。
出会った時から私たちはずっと知っている。
その眩しさに憧れ、時にその眩しさに嫉妬し、みえないことに不安を覚えた。それでも消えることはなく、輝き続ける。
名も無いモノに命を吹き込み、響かせ、手を伸ばす。
そして、これからも届けていくんだ――。
長い冬が終わり、また春がやってきた。
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