第37章 推したい背中④

「こんにちは~、佐久間稀莉です! 今日のこれっきりラジオはなんと沖縄からお届けよ」


 空港の館内放送で呼び出されたと思ったら、そこには稀莉ちゃんがいて、これっきりラジオ沖縄出張版が始まった。

 出張版とは言っているが、公開録音でもなく、植島さんをはじめとした見知ったスタッフもいなく、もちろんイベントではない。

 これは稀莉ちゃんの意志で、つくられたものだ。


 けど彼女のトークの感じや、私が書いた手紙をバラバラにするなど、皆に届くことなどなくとも、やっぱりこれは『これっきりラジオ』だった。

 たった一人のリスナー、私のために彼女がお届けする。

 準備された舞台の上で、必死に言葉を、気持ちを伝えようと声を張る。


「奏絵、あなたは声優だけど、歌手だけど、でも声だけじゃない」


 声が変わり、私は私ではなくなった。

 個性が、性質が、命が変わった。


 でも、それでも彼女は、「私は“私”」だと言ってくれる。

 私が諦めても一緒に飛んでくれる。私は終わってなんかいない。

 彼女が沢山の言葉で私を定義してくれる。


「だから、私を信じて」


 声が変わっても、それでも私であると。

 私は私で、これからも輝ける。


「では、ここで一曲流しましょう」


 そういって彼女がマイクを構える。流すと言いながら、足を少しだけ開き、ポーズをとる。


「私もあなたのために歌うわ、奏絵!」


 イントロが流れ出し、気づく。聞いたことのある曲だ。

 それも当然だ。

 この曲は私のデビューシングルの「リスタート」だ。


「さあここから始めよう♪」

「え」


 そう、稀莉ちゃんが私の曲を歌っていた。

 衣装も何だか見たことあるなと思ったら、それは私のライブ衣装のアレンジだった。身長が違く、サイズが違うのに彼女にピッタリで似合っている。

 そして歌も踊りも完璧で驚いてしまう。まるで自分の歌であるかのように、彼女がこの空間を彩る。あの時歌うのが出来なかった彼女がここまで成長していたなんて思ってもいなかった。上手だ。かっこいい。

 でも違う感想も頭に浮かぶ。


「アオの世界に私はまた飛び出すよ♪」


 聞こえる声は、稀莉ちゃんの声だ。

 当然、私と違う。


「雲が光をさえぎっても♪」


 なのに、どうしてだろう。

 舞台の上でが歌っていた。

 

 違うのに、それは私だった。

 そうだ、私はノッてくるとマイクを持ってない方の左手を強く振り出す。後先考えずに、アクションがオーバーになる。

 そうだ、歌う時は色々なところを見る。時間は計ってないけど、だいたい10秒ぐらいで視線をずらしていく。観客一人一人を見ようとして、届くといいなと思って歌うんだ。

 そうだ、汗なんか気にせず、前髪が崩れるのなんて気にせず、私は必死に歌う。前に突き出す指はやたらとビシッと決めて、サビ終わりで勢いよく天を指さし、空を見上げる。

 そして自分でも気づかないほどに笑顔なんだ。ライブ映像を見返すと「こんなに私笑っていたっけ?」といつもびっくりする。

 私は目の前の彼女のようにいつも楽しそうに、笑顔で歌っていた。


 彼女が示す。証明する。

 違っても、私でいられると。

 見た目も違う、声も違う稀莉ちゃんが、私であるかのように振舞うことができるんだ。

 きっとこれからの私だって、できるんだ。

 そう、彼女が示し続ける。


「さあまた始めよう♪」


 同じ時はない。

 戻れない。

 けど、「違ってもいいよ」と彼女が教えてくれたんだ。


「わああああ」

「すごい~」

「歌手の人? すごいねー」

「かっこいい!」


 歌が終わり、拍手が聞こえる。

 いつの間にか観光客が集まっていたらしい。彼女の歌声が、何が行われているかわかっていない人たちを魅了する。気づかないうちに、本当にたくさんの人がいて、皆、笑顔だった。

 私も拍手していた。精一杯に力強く、称賛を送った。

 やがて拍手の音が落ち着き、見上げる私と彼女の目が合う。

 肩で息をしながら、呼吸を整えながら、彼女が私に向かって宣言するのだ。


「今日からがあなたのリスタートよ!」


 また私は始めていい。

 変わっても私でいていい。

 

「あぃがとう!」


 ちゃんとお礼が言えているか、わからない。

 喉のせいだけじゃなく、涙のせいかもしれない。十分すぎるほどに気持ちが伝わって溢れてしまう。不安な気持ちも、暗闇も彼女が全部吹き飛ばしてしまったんだ。そこには晴れやかな空しかない。

 私はこれからも声優でいていい。

 そう、肯定してくれたんだ。

 

 彼女が満面の笑みを見せる。そして、


「あ、まずい。搭乗時間まずい。東京行の飛行機が出ちゃう」


 急に慌て出した。


「へ?」


 「もう20時過ぎているじゃない」と舞台の小さな段差から飛び降り、私に接近する。出発時刻は20時15分だったはずだ。うん、確かにマズイ。もう時間がない。

 フリップを取り出し、彼女に催促する。


『早くしないと!』

「わ、わかっているわよ! さすがに今日は帰らないと。明日午前から仕事で。き、着替えている時間はないわ。え、このまま飛行機に乗るしかない? え、ええ……」

『忘れ物はしないでね?』

「忘れ物はあんたよ。いいから乗りなさい」

『物じゃないし、搭乗券ない!』

「し、知っているわよ。勢いでこのまま一緒に帰る気分だったのよ」


 こんなに話している時間はもうない。それなら今日も泊まって「朝一番で帰れば?」なんて言っている暇もない。午前の仕事だからきっとそれも無理だろう。

 稀莉ちゃんが私を見上げ、焦りながら告げる。


「と、というわけよ奏絵! 待っている、東京で待っているから早く帰ってきなさい! あなたは大丈夫、大丈夫だから」

『わかった、わかったから』


 まとめてあった荷物を持って、彼女が駆け出す。

 その背中に手を振り、間に合うことを祈る。

 なのに、彼女は忘れ物でもしたかのように立ち止まって振り返り、私に言うのだ。 


「あと、奏絵。だいすきーーーーーー!!」

「いぃから早くっ!」


 フロア中に響く声で去っていきやがった。残された私がめちゃくちゃ恥ずかしいのだけど……。観客の視線が私に集まっている。なんだこの羞恥プレイは。沖縄のシーザーもびっくりにするぐらいに、顔が真っ赤な自信がある。


「……ぁはは」


 思わず笑ってしまう。

 騒がしくて、面倒で、愛が重い。

 あんなにかっこつけてくれたのに、最後はドタバタで本当に私たちらしいなと思う。

 けど、その明るさが良くて、ドタバタな毎日も、心が休まらない日々も愛おしいんだ。

 私はその日常を取り戻したいし、これからも享受し続けたい。


 ――稀莉ちゃんが大好き。彼女との日々が大好き。

 そんな言葉で片付けることができないくらいに、大好きだ。

 背中を押されたら、あんなに推されたらやるしかないでしょ、私。


「はははは」


 可笑しい。嬉しくて、愉快で、楽しい気持ちが止まらない。

 私はまだまだ飛べるんだ。



 この日は沖縄に泊まったが、夜、次の日以降の予約はすべてキャンセルした。もう逃げる必要なんてない。今すぐ東京に戻りたかった。また始めたかった。


 これからきっと辛いことも、上手くいかないこともあるだろう。

 でも、そしたら彼女が一緒に飛んでくれるらしい。諦めても、逃げても彼女は隣にいる。どうしようもないぐらいに私を愛してくれる。

 そんな私は無敵で、きっとどんなことがあっても「なんくるないさー」で乗り切れる。今の私ならそう言える、言えるんだ。

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