第37章 推したい背中③

 館内放送に従い、進んでいく。

 国際線入口付近ということで、ひとまず国際線のチェックインカウンターがある3階へエスカレーターを使って1階から上がっていく。

 何で国際線付近なんだろう?

 十中八九、稀莉ちゃんの仕業だろうが、国際線入口に連れていかれる意味がわからない。東京に帰るというのは嘘で、このままオランダかフランスに私は連れていかれるだろうか? さすがの稀莉ちゃんでも……しでかしそうで怖い。あ、那覇から欧州への直行はないので無理か。そもそもパスポートを今持っていないので海外への旅立ちは不可能だ。

 なら、何なんだ? 考えるも思いつかず、行くしか答えはわからない。

 3階に上がると、貼り紙があった。


『吉岡奏絵さま、こちらです⇒』


 ……本当に何なんだ。

 矢印の通り進む。国際線のチェックインカウンターに着いたが特に何もない。さらに奥のチェックインカウンターへ向かう。

 その間にちょっとした広場があった。上の表示には『ふくぎホール』と書かれている。ちらっとそちらを見て、歩いて、

 うん?

 足を止める。

 え?

 自分で見たものが信じられず、目を擦る。


「かなえー!」


 声が聞こえた。

 さっき別れた稀莉ちゃんがマイクを持って、ホールから呼びかけていた。

 え、え?

 戸惑いながら、彼女の元へ歩く。

 ホールには即席のステージがつくられ、彼女は派手な衣装を着ていた。

 そして辿り着いた私に、彼女は言うのだ。


「これっきりラジオ、沖縄出張版はじまりまーす!」


 × × ×

 奏絵のために何ができるだろう。

 言葉ではいくらでも伝えることができる。

 けど、それだけじゃ奏絵は変わらないだろう。どんなに好きと示しても、愛を伝えても彼女は一歩引き、留まろうとする。

 なら実力行使、あの時の奏絵のように唇を奪えばいいのだろうか。それはそれでいいかと思ったが、今となっては効果が薄い気がする。

 大事なのは触れ合うことでも、言葉でもない。


 示すこと。

 そうだ、大事なのはキスしたことではない。

 その後の奏絵の言葉と、二人で歌って示したことが私の力になった。


 なら同じことだ。私も示す。

 けど、ただ行っても意味がないだろう。

 タイミングと、相応しい舞台が必要だ。


 奏絵と再会した夜、部屋から抜け出し、ホテルのロビーで電話をかけた。


「佳乃、勝手なことだけどお願いしたいの」

『今さらですか。沖縄まで行っといて』

 

 電話の相手は新設事務所の社長の佳乃だ。今さら長田社長とは呼べず、マネージャー時代と変わらず、佳乃と呼び捨てだ。私の無茶な提案を聞き「ならもっと派手にしましょう」とさらにアイデアを出してくる。許可をとるために連絡したつもりだったが、『こちらでできることはすべて手配します』と言ってくれたのだった。


「そんなにしてくれていいの?」

『社長ですから。それに吉岡さんがいないと稀莉さんが売れませんからね』


 あくまでビジネスと言い張るが、後押しが嬉しく、私の不安が払拭される。

 今までの事務所だったらこんな融通が利かなかっただろう。違う、佳乃でなかったら計画さえできなかった。


「ありがとう」


 次に電話したのは、私たちのラジオの構成作家の植島さんだ。


『無事に吉岡君に会えて良かったよ。ああ、もちろんいいよ。存分に暴れてくれ』


 私の計画にも賛成してくれ、『関係者には話をつけておく』と許可もしてくれた。さらに『ラジオで話せるネタをたくさんよろしく頼むよ』と応援される。本当にありがたい存在だ。


 そして最後に電話したのは晴子だ。


『ご馳走を用意して待っています』


 晴子にしてもらうことはない。でも家族からの言葉が欲しかったんだ。そして晴子も望んでくれた。前に進む心に勢いがつく。

 私の勝手だけど、1人じゃない。1人じゃなくて、沢山の人が支え、協力してくれる。皆の気持ちが私に託された。



 そして次の日、奏絵と沖縄をめぐっている間に舞台は整った。

 奏絵と那覇空港で別れたあと、急いで準備をする。

 場所を用意してもらうだけのつもりだったが、東京からサイズピッタリの衣装も送られてきたり、『吉岡奏絵さま。国際線入口近くまで至急お越しください』と館内放送までご丁寧に流してくれたりと張り切りすぎた。一円のお金にもならないのに最高の舞台が用意され、涙が出そうになる。けど泣くのは全て終わったあとだ。


 ここからが私の舞台だ。


 唇に人差し指をつけ、目を閉じ、私と彼女のおまじないをする。

 一歩踏み出し、小さな舞台の上に立つ。周りの人たちは何だろう?と不思議な顔をしている。

 ステージ前には一つだけ席があった。

 その席は彼女のためのもの。

 足音が聞こえる。ゆっくりと顔をあげると目が合った。

 そして、私は告げるのだ。


「これっきりラジオ、沖縄出張版はじまりまーす!」


 電波に乗らないラジオが始まった。


*****

稀莉「こんにちは~、佐久間稀莉です! 今日のこれっきりラジオはなんと沖縄からお届けよ」


稀莉「12月なのですが、1枚で過ごせる素晴らしい気候だったわ。沖縄といったら、グルメも最高ね。タコライスに、ソーキそばを今日は食べたし、昨日は海ぶどうを初めて食べたわ。不思議な感触にハマりそう。ぜひ東京でも食べたいと思いまーす」


稀莉「あとはよしおかんとハートロックで写真を撮りましたね。知っていましたか? もう番組のSNSに上がっているんですよ? よしおかんが活動休止で心配していたリスナーからたくさんコメントがきています。『無事でよかった~』、『元気そうで安心』、『無理なさらず!』、『新婚旅行のために休止とはやるなよしおかん……』、『またこれっきりラジオの聖地が誕生してしまったぜ』、『ラジオに早く帰ってきて~』などなど本当にたくさんです。いいねがどんどん増えていきますね。もっと拡散されなさい~、見せつけてやるのよ!」


稀莉「はい、ここでおたよりです。ラジオネーム、『よしおかん』さんから。はい、家を出る時に私に置いていった手紙ですね。アニメキャラのかわいい便箋です。何でこれを選んだのでしょうか。よしおかんさんなりのギャグなんですかね? ツッコまないわよ?」


稀莉「はい、読みます。『稀莉ちゃん急にいなくなってごめんなさい。驚いているよね。でも心配はしないで。私は大丈夫、また戻ってくるつもりだから。今までありがとう。吉岡奏絵』」


稀莉「はい、ふつおたはいりません! ビリビリ」


稀莉「短い!! それに大丈夫と言いながら、今までありがとうって何なの? お別れの挨拶のつもり? こんなおたよりいりません! 普通な定型文なんていらないわよ!」


稀莉「気持ちはわかるわ。とってもつらくて、悲しいこと。これからのことが心配、声が違う。未来が見えない。痛いほどにわかる。でもね」


稀莉「そんなの、なんくるないさー。なんとかなる!」


稀莉「奏絵、あなたは声優だけど、歌手だけど、でも声だけじゃない」


稀莉「たとえ、声が違ってもいいじゃない。私だって、デビューの時から声は変わっていっているわ。同じじゃないの。もう同じ時は戻れないの。それでも吉岡奏絵なの」


稀莉「自信がないなら、言ってあげる。無責任でも言うわ」


稀莉「奏絵、あなたはこれからも輝ける。私が保証するよ」


稀莉「あなたの眩しい笑顔に心が温かくなります。あなたの的確なツッコミに感心します。唐突なボケに驚き、笑っちゃいます。現場がしーんとしていたら、自分から話して場を盛り上げて凄いな~と思います。困っていたら、手を差し出してくれます。それがたとえ私でなくともそうで、ちょっと妬けるけど……許してあげる。間違っていることには間違っているとちゃんと言ってくれます。私のことを思って何度も怒ってくれたよね。声を吹き込むときの真剣な顔に見蕩れます。役をつくるために沢山自分で考えて、収録始まる前に音響監督に質問する姿に、時に自分はこう思うんですと反対する姿に声優としての情熱を感じます。まだまだあるわ。時間が足りない。あなたのいい所なんて数えきれないくらいあるの」


稀莉「私は、そんなあなたが大好きです。その声がなくても、歌声が戻って来なくてもあなたは凄いんです」


稀莉「私が飛ぼうと思ったのはあなたがいたから。あなたがいたから私はここまでこれた。奏絵が諦めると言うなら、今度は私が連れていくわ。デビューだって、ライブだって、武道館の舞台だって連れていく。私が全部全部ぜーんぶ認めさせてやる」


稀莉「安心して、奏絵。私は強いよ。だって、あなたからたくさんのことを教わり、たくさんの力を貰ったもの。どんなことがあってもくじけない」


稀莉「あなたの翼が片方折れたら手を掴んで一緒に羽ばたいて飛んであげる。両方の翼がないなら抱えて飛んであげる。何がなんでも飛んでもらうわ!」


稀莉「だから、私を信じて」

*****

 用意された椅子に奏絵は座らず、その場で立ったまま私の独白を聞いてくれる。

 ちゃんと聞いてくれている。


「よしおかんさんへのおたよりでした。では、ここで一曲流しましょう」


 奏絵、見て。もっと私を見て。

 私の想いを、愛を、私の中のあなたを―。


「私もあなたのために歌うわ、奏絵!」


 合図を送り、イントロが流れ出す。

 何度も聞いた。歌詞を見ずに歌うことなど容易だ。

 けど、それは私の曲ではない。


 この歌は、奏絵の曲だ。

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