第35章 セカイの彼方⑤

 奏絵の活動休止が事務所から発表された。

 奏絵のメッセージはなく、具体的な期間は書いていなかった。ただしばらくの間活動を休止します、とだけだった。何日、何週間、何カ月? 記載の少ない発表は様々な憶測を呼んだ。色々と炎上騒ぎをした後なのでマイナスな想像が多く、ファンやリスナーは不安がっていた。番組にも奏絵のことを尋ねるおたよりがたくさん届いた。でも私たちは答えることができなかった。

 その答えを知るのは彼女。

 関係者が口止めするなら彼女本人の口を割らせるしかない。

 そのために私がいる。私にしかできない役割。違う、私だからきっとできるのだ。彼女のためなら何処までも行ける。


 一人で出かけるのは慣れているが、こうやって長距離移動するのは奏絵を追っかけた青森以来だ。あの時は新幹線だったが、今回は飛行機を使わないといけない。何度も乗っているが、一人で乗るのは初めてで、そわそわしてしまう。

 けど私だってもう大人だ。19歳だけど大人だ。彼女はまだ子供扱いするかもしれないが、大人なのだ。きっと何だってできる。

 地球の法則に反して空に飛び立つ。戦闘機に乗ったり、魔女になったりしたらこうやって空から街を見下ろすのだろうか。そう思い、一人で見下ろす景色は綺麗で、どこか寂しかった。



「あったかいー……、というか暑い!」


 地上に降り立ち、両手を広げ、バンザイをする。

 東京では秋も終わり、冬になりかかっていたが、ここは暑い。12月なのに気温は20℃近くあり、かなり過ごしやすい。東京で着てきた防寒具は荷物の邪魔だ。日焼け止めをちゃんと持ってくるべきだったわ。


「それにしても、なんでよりにもよって沖縄なのよ」


 ここならバレても私は来ないと思ったのだろうか。甘い。私の諦めの悪さを甘く見すぎだ。欧州でも、宇宙でもどこだって追いかけてやる。心のツバサが折れなければ何処へだって飛んでいけるのだ。

 牧野さんから宿泊先のホテルまでメモしてもらった。1日ごとにホテルが変わっており、「奏絵は沖縄に観光でもしにきたの?」と思ってしまう。そんな呑気なものなのだろうか? 今日は沖縄本島から離れた久米島のホテルにいるらしい。事前に調べてはいたが、ここからさらに移動だ。待てば明日は本島に宿泊予定みたいだったが、ここまできて待ってはいられない。再び空の旅だ。



 飛行機で30分ほどで久米島に着いた。

 この島に彼女がいる。

 そう思うと徐々に気持ちが浮ついてきた。まず何を喋ろうか。話す前に彼女の姿を見たら泣いてしまいそうな気もする。または怒りがこみ上げて罵倒しそうでもある。何にせよ、言葉は用意しない。彼女を見てから自然と言葉は出てくるだろう。でも、やっぱり会えて嬉しいという気持ちが1番な気がする。

 

「今日お泊りのお姉さんは、はての浜に行きましたよ?」


 ホテルのロビーで受付のお姉さんに聞くと、奏絵はどこかに出かけたようだった。メモ書きで伝えられたと聞き、お願いし見せてもらうとメッセージの最後に吉岡と書かれており、それは確かに奏絵の字だった。


「はての浜という所はここから歩いていけるんですか?」


 「泳ぎの自信があるならいけますー」とお姉さんは言う。そんな自信はない。私にだって限界がある。話を聞くと、どうやら久米島からさらに船に乗る必要があるらしい。なかなか彼女に辿り着けない。本当に面倒な女だ。

 ここで待っていれば夕方にはホテルに戻ってくるとの話だったが、いますぐに会いたかった。ただ「はての浜」に行くには船の事前予約が必要とのことで困ったが、お姉さんの友達のお姉さんにお願いし、特別に乗せていってもらうことになった。その厚意に感謝した。


 

 透き通った海の上を小さな船が進む。飛行機に船にと今日は大忙しだ。1話の中でこんなにロケーションが変わるとアニメだと怒られそうなぐらい贅沢で、非日常的な日だ。いや、彼女がいなくなってから日常などないのだが。


「東京からよく1人で来ましたね~。こんな日本の果ての果てまで~」

「会いたい人がいるんです」

「そらロマンチックですね~」


 『はての浜』は、マエノ浜、ナカノ浜、ハテノ浜の3つの砂州の総称らしい。エメラルドグリーンの海に囲まれた場所で、真っ白な砂と珊瑚のかけらだけでできた絶景の地、美しい島ということだった。

 今度こそ、今度こそ奏絵に会える。

 最果ての最果てで、彼女は私を待っていない。これは望まぬ再会だ。


「つきました~。お楽しみくださいね~」

「ありがとうございました。帰りもお願いします」


 降り立った目の前には、海と空と砂浜しかない。日本、いや現実とは思えない天国のような絶景。アニメの世界でもこんな素敵な景色はなかなか見られない。思わず呼吸をするのを忘れてしまうぐらいに、絶景に目を奪われる。

 そして彼女がここにいる。

 足を踏み出し、君への道が始まる。


「待っていなさい、奏絵。待っていなくても待っていなさい」


 セカイの最果てでまた君と出会おう。

 もう一度空の色を取り戻すために。

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