第35章 セカイの彼方③
その日限りのゲストという話だったが、これっきりラジオの収録にまた砂羽さんがよこされた。
でも今日は好都合だった。
「サンドちゃん、つーかまえたー」
「ひぃいいいいいいいいいい」
逃げようとする彼女の腕をがっつりと掴む。
「ななななんですか、私食べられちゃうんですかあああ。やっぱサンドイッチなんですかああああ」
「……食べるわけない。でもサンドちゃんには案内してもらう」
「あん、ない?」
「そう、あなたの事務所、奏絵の事務所に!」
「ひえええええ」という悲鳴がマウンテン放送本社全体に響き渡った。
× × ×
収録後、早速タクシーに乗り込み、奏絵と砂羽さんの事務所に向かう。行くのは初めてで彼女がいてくれてちょうど良かった。ただ隣の彼女はぶつぶつと独り言を続け、浮かない顔である。
「私の評価下がらないですよね……、新人でクビとか洒落にならないです……」
「私を何だと思っているのよ」
「〇ジラ」
「怪獣じゃないし、総辞職ビームを口から撃たないわ」
「え、撃てないんですか?」
「私を何だと思っているのよ!?」
ギャグで言っているのか、煽っているのかわからない。動揺しているのは確かなようだけど。
「そんなに心配なら目の前までの案内でいいから。サンドちゃんのことはばらさないわ」
フォローする私の言葉に頷かず、砂羽さんは「でも……」と言いよどむ。
「私も気になるんですよね。それに吉岡さんには早く戻って来て欲しいんです。『これっきりラジオ』にはやっぱりよしおかんがいないと成り立たないんです」
嬉しい言葉だ。奏絵あってこそのラジオ番組。
でもつい試してしまう。
「このまま奏絵が帰って来なければ、あなたがずっと代わりでできるかもよ?」
「……ちょっとは考えましたが、荷が重すぎます。それにボクが聞きたいのはよしおかんと稀莉ちゃんのかけ合いなんです。二人だからこそ面白くて、大好きなんです。そこに別キャラは必要ありません。サブキャラがそんなに出しゃばってはいけません」
いい人だなと思う。その言葉に偽りなく、真っ直ぐに心に突き刺さる。いなくなった奏絵に聞かせてあげたい。
「ボクは二人の関係が羨ましいです」
「あなたも女の子が好きなの?」
「そ、そういうことではないですが!? 可愛い女の子は好きですけど、そ、そういうことではないです。ただ二人の信頼関係、ラジオでの積み上げ、パートナー関係がいいな~と思うんです。二人の番組を聞いていると、いつかはボクも誰かと番組を持ちたい、相方と仕事を超えて分かり合うパートナーになりたい、そう思えるんです」
チャンスが来るかはわからないが、来て欲しいと思う。数回ラジオを一緒にしただけだが、彼女のラジオ番組への情熱は確かだ。
「サンドちゃんはいいラジオパーソナリティーになれる。一緒にラジオしてやりやすかったわ」
私の最初のトークの出来なさに比べると彼女は格段に上手だ。初めてのラジオ番組の参加と思えないほどに、自然と言葉が出てくる。
けれど彼女は首を横に振り、否定する。
「そんなことないです。それはボクの言葉です。稀莉さんが一緒だとどんどん言葉が出てきて、話が面白くなって、時間があっという間だったんです」
「私はそんなにトーク上手じゃないわ。隣に奏絵がいたからなの……」
「私が言うのもなんですけど、成長したんじゃないですか。稀莉さんは立派なラジオパーソナリティーです。たぶん今なら一人でも十分にトークできます」
「私だけでも?」
「あっ、もちろん二人のラジオが最高ですよ。でも思うんです。稀莉さんの中にたくさん吉岡さんがいるんです。吉岡さんが稀莉さんの一部になっているんです」
奏絵が私の一部になっている。その通りだと思う。それは一部じゃなくて、かなりの部分を占める気がするが、光があったから私は決意し、彼女がいたから前に進めた。
そして、それはこれからもだ。まだまだ旅は終わらせてあげない。
× × ×
乗車時間は30分ぐらいで目的地へ着いた。
先に砂羽さんが事務所に入っていく。
「おはようございます、現場から戻りましたー」
そして、その後に続く。入口付近にいた男性に私も挨拶をする。
「こんにちは」
「あー、こんにちは。えーっと……佐久間稀莉さん!?」
「そうです、吉岡奏絵さんのことを聞きに来ました」
驚いた顔のまま慌ててフロアを駆け、別の男性に声をかける。
「おい、片山、片山ー!」
「えーなんっすか、先輩? 今、ネット麻雀でいいところなんすよ」
「おい、それどころじゃない。というか仕事中に遊ぶな!」
「へいへーい、来客っすよね? どなたさんっすか」
椅子から立ち上がり、私のところに奏絵のマネージャーが向かってくる。呑気そうな表情が私を見てどんどん強張っていった。そんな彼に私は最大限ににこやかな表情で挨拶をする。
「こんにちは、何度か会っていますよね? 吉岡奏絵さんのマネージャーの片山さん」
「あっ、あー……」
「佐久間稀莉です。吉岡奏絵とラジオの相方以上の関係の佐久間稀莉です」
「稀莉さん、その紹介はどうなんすか?」
サンドちゃんのツッコミが入る。いいじゃない、実際に相方以上の関係なのよ?
マネージャーが慌てて言う。
「ど、道場破りっすか?」
「違います」
「かちこみっすか?」
「違います!」
「わかりました、とりあえず土下座すればいいっすかね?」
「しなくていいです!!」
「生・稀莉様めっちゃこえー……」
そんなに怖い顔をしているだろうか? 一歩前に踏み出すだけで、「ひいい」と驚かれる。街を荒らす怪獣になったつもりはないわ。
「けど、ごめんなさい。俺からは何も言えなくて、社長権限でストップかけられているんす」
「なら、社長を出してください」
「しゃ、社長はでかけてて」
といった矢先、お目当ての人物の姿が見える。
「奥の部屋から出てきたのは社長じゃありませんか」
片山さんが後ろを振り返り、ぎょっとする。ナイスタイミングだ。
「社長逃げて~」
「逃がすか!」
奥へ先に私が進み、すかさず挨拶する。
「こんにちは、佐久間稀莉です」
「さ、佐久間さん……!」
「今日は奏絵さんのことで聞きたいことがありまして、事務所に来ました」
「えーっと、その……」
「しゃ、しゃちょう~」
困惑する社長さんに、助けを求めるマネージャー。それに立ち向かう私。何人が相手でも私は怯まない。
「私は奏絵のパートナーよ。一心同体。奏絵は私。私は奏絵。知る権利が私にはある!」
「えーっと、そのだね、もし佐久間さんが問い合わせたり、事務所に来たりしても吉岡さんからは絶対に言うなと口止めされていて」
「そんなの知らない。いいから知っていることを話してください」
「そ、それはできなくて……」
「しゃ、しゃちょう~」
「私から話します」
新たに女性の声がした。
社長さんが先ほどいた部屋から、見知った顔が出てきた。
「牧野先生」
奏絵の歌のレッスンの先生、そして私たちの番組テーマ曲でお世話になった女性がそこにいた。
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