第35章 セカイの彼方②

***

稀莉「今日はよしおかんがお休みです。代わりに特別ゲストが来てくれましたー」

砂羽「こ、こんにちは、93プロデュース所属の新人声優、広中砂羽です!」

稀莉「新人ちゃんですが、私より年上」

砂羽「でも稀莉さんの方が先輩です!」

稀莉「ややこしい! 他の業界でもあるあるかもだけど、声優業界でもよくあることよね~」

砂羽「ボクは稀莉さんを何と呼んだらいいですか?」

稀莉「しかもボクっ娘です」

砂羽「はっ、また癖が!?」


稀莉「呼び方は何でもいいわよ。むしろ砂羽さんは何て呼ばれること多いの?」

砂羽「さわわ、さわーが多いですかね」

稀莉「本名? 芸名?」

砂羽「芸名です。本名とはかなり近いんですが」

稀莉「本名は何て言うの?」

砂羽「本名はですね、ひ……って言いませんよ!? このラジオ怖いですね」

稀莉「ちっ」

砂羽「新人にはハードル高いラジオですね……! せっかくなんで稀莉さんが私にあだ名をつけてくださいよ~」

稀莉「はいはい、ラジオ初回あるある、ゲスト登場あるあるね」

砂羽「達観しないでくださいー」

稀莉「うーん、よしおかんに倣って『ひろなかん』と思ったけど、よくわからないわね。ひろとさわをとって、ひろさわ……」

砂羽「別の苗字になりますね……」

稀莉「よしおかんならきっと、砂肝! 手羽先! 羽根つき餃子!とか名付けそうだけど」

砂羽「お酒のおともに合いそうな名前ですね! 砂肝呼びは嫌ですね」

稀莉「すなぎもん」

砂羽「嫌です!」

稀莉「贅沢だね。あんたは『す』で十分だよ、『す』」

砂羽「さすがに短すぎですっ! それに私の名前は『さわ』なんで『す』はどこにも入りません!」

稀莉「よし、じゃあ『サンド』! 砂からとって『サンド』ちゃんでどうよ!」

砂羽「今までのより可愛いです~。サンドちゃん、なんだかいいですね。気に入りました」


稀莉「じゃあアバンは終わりでCMに入るわよ。CM後はコーナーをやっていくからついてきなさい。えーっと、サンドイッチさん」

砂羽「もう呼び名が変わっている! サンド、サンドちゃんでお願いします!」

***

 彼女がいなくなって1週間が経った。


 奏絵はまだ帰って来ないし、公式の発表もまだだ。でも明日にはラジオが放送され、奏絵がラジオを休んだことがバレる。1回ならまだ凌げるが、それが2回、3回となるとリスナーも不安に思ってくるだろう。


 私もこの1週間黙って過ごしていたわけではない。

 私と晴子以外に情報を持っていないかと奏絵の周りの人たちに当たった。

 まずは奏絵の養成所時代の同期の西山瑞羽さんに会った。結婚式をひかえ、忙しいというのにわざわざ時間を作ってくれた。


「ありがとう。相談にのってくれて」

「当然だよ、佐久間さん。私も佐久間さんから聞いて驚いたもん。まさか奏絵が急にいなくなるなんて。でもごめん。私にも詳しい連絡はきていないんだ」

「そうなのね……」

「奏絵は勝手に決めて、勝手に悩んで落ち込む人だけどさ」

「そう、いつも勝手なのよね……」

「でも大好きな佐久間さんをここまで傷つける人ではないと思うんだ」


 そうなのだ。奏絵は私のことを思って勝手に動く人だ。今回は彼女らしくなくて、解決の糸口が見つからない。


「他の声優さん、同期にも聞いたんだけど、さっぱり。ひかりんも『まじで、それ知らない!?』とすごく驚いていた。奏絵と同じ事務所の人も知らなかったね」

「奏絵の実家の連絡先は知らないわよね?」

「さすがにそこまでは……。ごめん! 全然力になれなくて」

「いえ。話を聞いてくれただけでも嬉しかったわ」

「何か情報入ったら、すぐに連絡するから! でもあまり広めるのもよくないよね。あくまで内密に聞くね」


 人に話せば、その分広がって関係ない人にも伝わる。それで情報が手に入るかもしれないが、奏絵のマイナスの印象が広まるのは避けたい。あくまで信用できる人だけだ。むやみに聞くのは駄目なのだと気づかせてくれる。もう少し考えないと……。


「クビでもないし、何だろうね……。もしかして誰かと駆け落ちなーんて」

「絶対に許さない。その場合は地獄の底まで追いかけるわ」

「冗談、冗談だよ佐久間さん! なーんてねと言おうとしたの、本気にしないでー」


 感情的になるのを辞めようと思ったが、冷静でいられるはずもない。

 

 アフレコで一緒になった唯奈とも奏絵のことを話した。


「なによそれ!? 聞いてない!」


 唯奈も奏絵の失踪をひどく驚いていた。彼女にも連絡は来てなかったのだ。


「稀莉を悲しませるなんて、なんなの!? 自分勝手ね。会ったら説教ね」

「スタンプは送られてきたから無事みたい。奏絵が送ったかどうかはわからないけど」

「何かあったの、吉岡奏絵に?」


 ラジオの現場では話さなかったが、1つだけ気になっていることがあった。それは直接は関係ないかもしれない。でもずっとそれは私の心に棘として刺さり、抜けていない。


「奏絵に武道館の話があったの」


 奏絵との秘密の約束。でも唯奈なら、大切な友人にならその秘密を打ち明けてでも聞きたかった。


「武道館、いい話じゃん」

「こないだのライブで発表する予定だったんだって。事前に聞いていたの」


 唯奈が顎に手をあて、首を傾げる。


「でも発表はなかったわね。ライブ後もアナウンスないし、ホームページやSNSにも載ってないわ」


 少しだけ引っかかる。


「……唯奈、ふだんから奏絵の情報をさぐっているの?」

「わ、私の話はいいのよ!?」

「毎日ホームページを見たり、SNSのアカウントを監視したりしているの?」

「し、四六時中はしてないわ、あ」

「あ、ってなによ、あ、って‥‥…」

「い、い、いいい、今は吉岡奏絵の話よ! 武道館の話が無くなったから逃走? そんな反抗期じゃあるまいし」


 やけに焦っている。怪しい。実は唯奈が奏絵を匿っているのではないか。……冗談だ。友人を疑ってはいけない。唯奈の家は私の家からタクシーで20分でいける距離にあるわね、うん。


「直接は関係ないかもしれないけど、武道館の話が何かしらの手がかりかもしれないわね」


 武道館。

 私たちの夢のゴールになるはずだった場所。両親も呼んで、夢の舞台で奏絵の実力を見せつけて、認めさせる予定だった。そうなるはずだったのに、何かがあってきっと武道館の話はなくなった。

 でもその理由は知らない。私の手の届く範囲の情報ではない。


「なら、事務所にいくしかないんじゃない? 脅してでも聞き出すしかない」


 唯奈は平然と言ってくる。

 ……その通りだ。何故、最初からそうしなかった。


「唯奈天才ね!」


 「ま、まぁね」と彼女は微妙な表情で笑った。

 手が届かないなら、届くように伸ばせばいい。届かないからと諦めれたらそこで終わりだ。それが無理やりでも、強引でも手段は選んでいられない。ジャンプしてでも、台を置いてでも私は手を伸ばす。

 内密に穏便に、でも時には強気に。


「さぁ奏絵の事務所に突撃よ!」


 「え、本当にするの……?」と提案者が不安がった。

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