第34章 同じ光を見ていた⑥

 良いライブだったんだ。2時間予定のライブは2時間半もやっていた。

 だけど奏絵の口から「次は武道館」の言葉が聞けなかった。

 ライブ終了後も、終わったあとの奏絵と会うことができず、4人でご飯を軽く食べ、その日は終わった。


 ライブが終わり、日常に戻っても武道館の発表がなかったことについて奏絵に聞けなかった。本人から言ってくれるのを期待したが、何も言ってくれなかった。

 年末に近づき、私が学業の方も忙しかったのもある。奏絵も何かと忙しそうだった。

 何かあったのだろうか。また何か隠している? そう思ったが、普段の様子からは読み取れなかった。奏絵から「クリスマスには何を食べたい?」と言われ、「食事は何でもいいから、指輪が欲しい。給料3か月分」と困らせたりしたが、「じゃあ今度一緒に選びに行こうか」と言ってくれたので心は舞い上がっていた。そう、あの話がなかったかのように普通で、楽しい私たちの同棲は続いていたのだ。


 ……もしかしたら武道館ライブは取り止めになったのかもしれない。

 延期だったら奏絵もすぐに言ってくれただろうが、色々な事情があり、無くなったんだ。けどあれだけ二人で盛り上がってしまったので言いづらくて、どうしようかと悩んでいる。きっとそうだ。その推理だとすべてが納得いった。

 けど、それでも言って欲しかった。別に武道館じゃなくたっていいんだ。彼女が歌ってくれる。私の側にいてくれる。彼女がラジオの相方でいてくれる。一緒に笑って、時には一緒に泣く。それだけでいい。両親を納得させるために夢の舞台は必要ではない。

 彼女が言ってくれないなら、私から言おう。奏絵だけが背負うものではない。私たちは二人でひとつ。彼女の重荷も私が一緒に背負うんだ。


 そう言おうと思った次の日はラジオの収録日だった。夕方からの収録で、その前は互いに別現場だった。家から駅までは同じ道を歩き、それからは反対方向の電車だ。

 駅に着き、改札を通過する。ラジオの収録後、彼女に武道館のことを聞こう、そう決心し、「またあとで」と手を振り、奏絵と別れた。


「稀莉ちゃん」


 別れたはずの彼女が私の名前を呼んだ。奏絵はまだそこにいた。


「うん?」

「いってきます」


 いつも通りの言葉。

 そういって彼女が今度こそ背を向ける。

 でも心がざわつき、私は彼女の袖を掴んだ。

 立ち止まった彼女が振り返り、私を見て微笑む。


「どうしたの? あまえんぼうなの?」

「違う、違うけど」


 何も言えなくて、黙ってしまう私がいた。

 そんな私を彼女はそっと抱きしめた。


「大丈夫だよ」


 その言葉に騙され、温かさに心が落ち着く。


「稀莉ちゃん、じゃあね」

「うん、またあとで」


 別の方向へ歩き出す。

 もう一度振り向き、その姿を探したが、すでに彼女の姿は見えなくなっていた。



 × × ×

 前の仕事も終わり、『これっきりラジオ』の収録のためスタジオに行くと、背の高い女の子がいた。こないだライブでも会った奏絵の事務所の後輩の広中砂羽さんだ。

 私に気づき、すかさず挨拶してきた。


「おはようございます、稀莉さん!」

「あれ? 今日のゲストなの?」

「そ、そうです。そんな感じですっ!」


 いつかこれっきりラジオに呼んでみたいと思っていたが、その機会は意外とすぐにきたものだ。前もって連絡してくれればいいのにいつも突然だ。ただ抗議しても植島さんなら「化学反応するために事前準備は不要なんだ。突然のインスピレーションから新たなものが生まれるんだ!」と誤魔化しそうだ。


「こないだのライブよかったわよね」


 自分の気持ちを確認するかのように、目の前の女の子に問いかける。


「そ、そうですね。今までで1番でした」


 ライブの時はオタク全開で熱く話してくれたが、今日はリスナーでもある『これっきりラジオ』にきたので緊張しているのだろう。借りてきた猫のようにおとなしい。


「あんまり緊張しなくていいよ」

「アハハ……」


 けどラジオが始まれば、彼女のオタク力も全開になり、楽しい時間となるだろう。それは奏絵の力によるものだ。奏絵がいればどんなトークも面白いものとなる。彼女は凄いのだ。奏絵がいたから、これっきりラジオが面白い番組として人気を博している。

 植島さんもスタジオに入ってくる。開始時間10分前だが、奏絵は来ていない。……珍しい。だらしない所もあるが、時間にはキッチリとした性格なのだ。前の現場が押したのだろうか? 携帯を確認するが私には連絡が来ていない。


「じゃあ、はじめようか」

「はい?」


 植島さんの言葉に戸惑う。

 まだ奏絵が来ていないのに何を始めると言うのだ。


「聞いてないのかい? 今日のこれっきりラジオの収録はこのメンバーだ」

「何、言っているの?」


 私の反応に植島さんが困っている。頭をかきながら、「まじかー」と呟く。そして観念したのか、口にした。

 私がはじめて知る事実を、


「吉岡君だが、急遽声優活動、休止となった」

「…………………………は?」


 頭が真っ白になった。

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