第34章 同じ光を見ていた⑤

 大歓声の中、彼女が現れ、1曲目が始まる。イントロで観客がざわつく。さっき唯奈も話題に出していた曲だ。


「リスタート!」


 最初からテンションがあがる曲だ! ペンライトが揺れ、会場もどっと揺れる。その中で輝く彼女は私が知っている人のようで知らない人だ。

 カッコいい。

 私が惚れた人。

 彼女の世界に惹き込まれたあの日より、ずっと上手になり、ずっと輝きが増している。

 私の彼女は凄い。

 胸を張ってそう言える。


 2曲目の「一番の光」、3曲目の「Colorful」で駆け抜けたあとはMCになった。


「皆、今日は来てくれてありがとうー。盛り上がっているかーい」

「「おおおおおお」」

「元気、元気。いいね。私はちょっと疲れちゃったんでお水飲みますね。ごくごく。あれ、掛け声は無いの?」


 笑い声とともに「お水おいしい~?」の掛け声が四方八方から聞こえる。

 私たちも悪乗りし、声を出す。


「お水おいしいですぅかー?」

「お水おいしい?」

「お水になりたいー」

「お水おいしいの?」


 唯奈がこっちを見て、「何、お水なりたいって!?」とツッコミを入れる。さすが唯奈、耳がいい。


「稀莉さん、わかります。私もお水になりたいです」


 砂羽さん、同意しなくていいから。


「まだまだ、いくよついて来てー!」

「「おおおおおお」」


「次の曲はこれ。『ワタシをみつけて』」


 ペンライトを黄色に切り替える。サビで皆が横に振るのが綺麗で、楽しくて、会場の一体感が増す。一人で聞くのも良いが、皆で盛り上がって聞くのもやっぱりいい。

 しんみりとした曲も、かっこいい曲も全ては彼女のためにあるといっても過言ではない。可愛い系の曲は似合わないけど、うん、それでもこなしてしまうのは凄い。


「キャラソンも好きだけど、ライブの雰囲気には合わないねー」

「「そんなことないー」」

「「もっとやってー」」


「ありがとう、そう言って貰えると嬉しいな」


 奏絵の中では異質な電波ソングのキャラソンまで聞けるとは思っていなかった。キャラ声で歌うと奏絵の良さは半減するが、それでも抜群に上手い。キャラのまま歌えるのだから同じ声優の私でも感心してしまう。どこまでポテンシャルがあるのだろうか。それを見抜いていた小学生の頃の私凄くない?


 大阪のセトリの順番とほとんど違う。振りだって前のライブとは変え、よりよくなっているように思う。

 ずっと見ていたい。

 見ていたいのに2時間はあっという間に終わってしまう。

 奏絵が舞台から去り、呼び止める声が会場に響き渡る。


「アンコール」「アンコール」「アンコール」「アンコール」


 私達4人も手を叩きながら、奏絵が戻ってきてくれることを祈る。

 そしてライブTシャツに着替えた彼女が戻ってきた。


「皆、アンコールありがとー。いくよ、『桜色の中で』!」


 歓声とともにペンライトがピンク色に変わり、桜が咲く。奏絵にはこの満開の桜が見えているのかな? そっちの景色はどう? 楽しい、奏絵?


 アンコール1曲目も終わり、告知コーナーになる。

 いよいよだ。観客の中で知っているのは私だけだろう。この後の重大発表を知っているのは私だけ。


「3つお知らせがありますー!」

「「おお!?」」


「1つ目は『劇場版・空飛びの少女~未来へのツバサ~』の主題歌に決まりました」

「「おおおー」」

「皆はすでに知っていたかな? アルバム曲の『翼にかえて』が劇場で流れます。私も劇場の歌はこれが初めてですごく楽しみです。それも空飛びだよ? 絶対に観に行きます。皆も行ってね!」

「「はーい」」

「素直でよろしい。じゃあ次の発表だよ」


「2つ目は、これ。アプリゲームに私の曲が収録されることになりました!」

「「おおおお」」


 皆の盛り上がりの中、笑顔が隠せない。3つのうち2つが発表された。

 この後、この後発表されるんだ。夢の舞台、武道館でのライブの告知が―。


「最後の発表です!」

「「おおおおお!?」」


 きた。


「じゃん、このライブのBDが発売決定しましたー!」

「「おおおおおおおおお」」


 あれ?


「来年の2月に発売されます。すぐだね! 絶対に買ってね!」

「「わあああああ」」


 皆の盛り上がりの中から一人取り残される。

 武道館の発表は無し?


「じゃあ、さっき紹介した映画の曲行くよ。『翼にかえて』!」


 曲が始まるも出遅れる。

 あれ? 奏絵の話は嘘だった? 私の妄想?

 そんなことはない。武道館は別の機会での発表に変えたのだろうか。確かに、このライブの盛り上がりを見るに、次のライブ告知をしなくても十分だと言えるだろう。

 ……奏絵も言ってくれればいいのに。でも別の時に告知になった、なんて私には言いづらかったのだろう。仕方ない。今は盛り上がろう。私も出演する空飛びの劇場版の曲だ。映画で聞いたら絶対に泣いてしまう。誰よりも私のための曲。彼女の私ならそう思ってもいいでしょ?

 ライブで聞く彼女の曲はイヤホンから聞く曲とは全然違って、ライブにこそ彼女の真の姿が見えるのだと思うのだ。


「では、最後の曲です」

「「えーーーー」」

「いまきたばっかりー」


「嬉しいね、でも今日はこれで最後です。皆、本当にありがとう」


 イントロが流れ出す。この曲は『サヨナラのメソッド』だ。バラードに近い、しんみりとした曲。でも奏絵の高音が響き渡るサビが凄くて、


「ありがとうなんて言えなくて~♪ わた……」


 奏絵が感極まったのか、声が詰まり、彼女の目から涙が溢れる。でも必死に歌おうとする。けど流れる水は止まらなくて、声が歌にならない。


「だ、から言うよ、さ……」


 その光景に視界が潤む。あれ? 私まで泣いていた。


「がんばれ、がんばれ奏絵」


 私のコトバから始まったのか、わからない。「がんばれー」、「泣かないでー」、「かなえー」と各々がエールを送る。

 ちょっとだけ持ち直したが、普段の彼女の出来からは程遠かった。でもその懸命な姿は私たちの胸を打つ。

 歌い終わった彼女は涙を流しながらも笑っていた。


「ごめんね、本当ごめん。最後までしっかりと歌えなかったよ。皆の言葉嬉しかった。本当にありがとう、大好きだよ」


 「そんなことない」、「よかったよー」と温かい言葉が送られる。拍手の中、赤い目のままだった彼女は「ありがとう」の言葉を送り、舞台を降りた。


 そして照明がつき、BGMが流れ出し、日常が戻ってきた。


「いいライブだったわね」

「最高でした! 感極まった吉岡さんもめっちゃエモかったです!」

「よしおかしゃん、頑張ってましたぁ~」

「ねー。私もウルっときちゃったわ」

「ライブBD絶対に買います!」

「わたしも買いますぅ~」


 3人が感想をいう中、私は何も言えなかった。


「稀莉?」


 唯奈が声をかけ、やっと声に出すことができた。


「よかった。凄いライブだった」


 その言葉は嘘ではない。嘘ではないんだ。

 けど―。

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