第34章 同じ光を見ていた④

 10月は奏絵にほとんど会えなかった。

 同じ家だが、ライブ前なので遅くまでレッスンがあり、大学で朝が早い私と生活の時間帯がズレていった。それでもラジオの収録は一緒だし、なるべく同じ時間をつくろうとした。家で会う時も、外で待ち合わせした時も、疲れているだろうに彼女はいつでも笑っていた。

 1カ月はあっという間に過ぎ、葉は色づいたり、落ちたりし街は姿を変えていった。

 そして奏絵のライブの日がやってきた。

 先日大阪でのライブも無事に終え、東京で終了だ。大阪にも行きたかったが、仕事と学校の合間では休日といえど参加が難しく、泣く泣く見送った。後から流れてきたセトリを見て、「あー行っとけばよかった!」と後悔したものだ。

 今日という日はもう戻れなくて、このライブも今日限定のものだ。始まる前から終わってしまうのが寂しく、「この日が来なければ一生ワクワクしていられるのに」とも思うが、それでは奏絵の素晴らしい歌声が聞こえないのでそれは無しだ。


 駅から歩いていると同じ目的のオタクさんたちを何人も見かける。いままでのライブTシャツやタオルを持っているので丸わかりだ。皆、奏絵の歌を聞きに来たのだ。会場にはすぐ着き、関係者入口で受付し、中に入る。フラスタをみつけ、すかさず撮影。『これっきりラジオ』からのお花もあるし、私個人からのお花もある。向日葵モチーフの祝い花はどのファンよりも豪華だと思う。「私の想いが1番強いんだからね?」とフラスタでも牽制するのだ。我ながら愛が重すぎる。


 他のファンからのフラスタもバッチリ撮り終え、満足したのでホール内に入り、関係者席を探す。2階席の真ん中最前列。向かうと番組関係者や、アニメ関係者がちらほらおり、挨拶をしていく。

 そして自分の席に近づくと名前を呼ばれた。


「稀莉~」


 私の名前を呼んだのは唯奈だった。どうやら私の席は彼女の隣らしい。


「唯奈も呼ばれたのね」

「当然でしょ? 私のライブの時もチケットあげたのよ」

「稀莉しゃん、お疲れ様です~」


 唯奈の隣に合同ラジオイベントで共演した新山梢さんがいた。こうして集まると何だかプチ同窓会のような気分だ。人生において今までしたことないけど。


「え、稀莉様……」


 知らない声に「様づけ」されて呼ばれた。振り返るとそこには背の高い女の子がいた。


「こんにちは、佐久間稀莉です。ごめんなさい、お名前ご存じなくて声優さんですか?」

「ひゃ、ひゃい、そうどす」


 思いっきり噛んだ。


「そうです、そうです! 93プロデュースの新人声優の広中砂羽です」

「あ~、あなたが噂の」

「う、噂の?」


 背は高くてモデル体型のような人だが、おどおどしており小動物系な印象だ。


「奏絵から聞いたわ。事務所の後輩で私たちのラジオのリスナーがいるって」

「え、僕の話を聞いたのですか。あっ、それもそうですよね。同棲されているんですものね!」


 公にはなっているけど、直で同棲の話を振ってくるなんてこの新人声優やるな…‥と思ったが、違った。


「こないだの放送も最高でした。愛してるゲームが音声だけなのだがもったいないぐらいです! お二人の表情が見たいな~とラジオ聞きながらニヤニヤしていました。あ、見てください。バッグに着けているのラジオのラバストです! ほら二人ともあるんですよ~!」


 このテンションはオタクだ。オタクが嬉しくなって、早口になるあの現象だ。お世辞ではなく、私たちのラジオを聞いてくれているのだとわかる。


「ありがとう、嬉しいわ。稀莉でいいよ、私の方が年下だし」

「そんな! 私の方が芸歴短いですし」

「遠慮しないでいいですよ」

「じゃあ稀莉さんで……!」

「うん、砂羽さん」

「稀莉さんと隣の席で吉岡さんのライブを見るなんてファンの垣根を超えすぎて怒られない? こんな幸せがあっていいの?」


 なかなかに重度なオタクだ。見た目は綺麗な人なのに、オタクトークになると顔がだらしなくなる。激しいギャップに愛着がわいてきた。


「稀莉とばっかり話してないで、私とも話しなさいよ新人!」

「は、はい! すみません。あ、唯奈様に梢様もいる……! お二人のラジオも毎週聞いています。ここって天国?」


 言葉の表現も過剰だ。最近の子ってこうなのだろうか。私の方が年下だけど。 


「砂羽ちゃんは」

「ちゃん!?」

「あ、ごめん。何となく年下のような気がしてきたけど、年上だったわよね」

「ちゃんでもいいです。特別感あっていいです!」

「砂羽さんのままで。砂羽さんはなんてラジオネームでうちのラジオに送っているの?」

「…………言えるわけないじゃないですかー」


 それまでのオタクハイテンションはどこへやら。一気にトーンダウンした。


「えー」

「言ったら今後採用されなくなっちゃいます。それに」

「それに……?」

「基本、セクハラ的な内容ばかりなので言えません……」

「おいおい」


 初対面だったが、ラジオリスナーだったこともあり、砂羽さん含め私達4人のトークは盛り上がった。 


「それにしてもライブ前に会えなかったねー。前回は会って勇気づけてやったんだけど」


 唯奈の言う通り、今回はライブ前に奏絵に挨拶ができなかった。ギリギリまで大変らしい。なので、こうやって皆で楽しくおしゃべりしていた。

 そしてBGMが奏絵の曲に変わると、皆曲の良さを話していた。


「リスタートは凄く聞いたわ。イントロから心が持ってかれるのよね」

「アルバムの宛名のない物語も大好きですぅ~。よくカラオケで歌うんですぅ~」

「僕はジブンの形が好きですね。歌詞がこれまた良いんです」


 3人の話についつい笑顔になってしまう。

 ねえ、奏絵。同じ業界の人が曲聞いただけで内容についてこんなに語れるんだよ? 単なる関係者としてじゃなくて、ファンとして来てくれているんだよ。これって凄いことなんだ。皆が奏絵の登場を待っている。

 奏絵の歌は凄い。たくさんの人の心に響き、温かい何かを与えている。

 私は知っているし、他の人も知っている。

 残念ながら私だけの吉岡奏絵じゃない。でも誇らしいんだ。

 あなたの歌声は皆を照らす。


 BGMが止まり、幕があがった。

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