第34章 同じ光を見ていた②

 アフレコ後は稀莉ちゃんと時間を合わせ、喫茶店へ。私はこの後ライブの練習があり、稀莉ちゃんは雑誌の取材があるとのことで時間は1時間ほどだ。その少ない時間でも一緒にいたいと思うぐらいに浮かれている。


「さっきアフレコで事務所の新人さんに会ったんだけど、私たちのラジオのファンだったんだよ」


 先ほど会った新人声優さんのことを早速稀莉ちゃんに話す。彼女は疑うような目をし、「お世辞じゃないの?」と答えた。


「それがイベント行ったり、お渡し会にも来たりしたらしいんだよ」

「イベントってことは私の奏絵への熱い思いを聞いた証人ということね」

「……さっきはそこまで頭が回らなかったけど、そうなるのか。え、恥ずかしくなってきたんだけど」


 これっきりラジオのリスナーということで料理配信も見ているだろうし、同棲宣言も見られているだろう。それどころか今までの恥ずかしい放送、やり取りも全て聞いているのだ。初対面のはずだったが、ほぼすべての私を知られていたといっても過言ではない。


「その子のおたよりも読んだことあるんだって」

「もしかしてあるぽん?」

「あるぽんさんは男性だったと思うけど」

「送ってきた性別があっているとは限らないでしょ?」

「さすがにそこまではしないと思うけど。でも実はこの人だったの!?って驚きはあるかも」


 知らない新人さんでもラジオで繋がっている。会ったこともないのによく知られているのは不思議な感覚で、私たちの思っている以上にこれっきりラジオが皆の心に浸透しているのだ。


「稀莉ちゃん」

「うん?」


 稀莉ちゃんが飲んでいるハニーカフェオレを置き、私を見る。


「まだ絶対ってわけじゃないけど、武道館が決まったんだ」

「……本当?」

「100%とはいえないけど、ほぼ確実。今度のライブの終わりに発表する予定」

「すごい、武道館、武道館か……」

「私はまだ早いと思ったんだけどね」

「そんなことない! 吉岡奏絵は今一番武道館で聞きたい歌手よ」

「そんなそんな。稀莉ちゃんの中だけでしょ?」

「なことないわ。セカンドアルバムだって大ヒットしているじゃない」

「すごくありがたいことにね」


 セカンドアルバムはデイリー1位だけでなく、週間1位も獲得した。配信でもアニソン歌手のカテゴリーだけでなく、全カテゴリーの中で1位だ。ラジオもそうだが、私の歌が皆に届き、力になっている。本当に嬉しいことだ。


「武道館ってステージを円状に囲い、傾斜もあるからどの席でも見やすいのよね。あー後ろで見るか、前の方でみるか悩むわ。どっちの席でも見たい」

「残念ながら、武道館は1回かぎりの公演予定だね」

「もったいない!」

「使用料高いんだって」

「高くたってお客は埋まるわ!」

「私のライブじゃ、アニメイベントに比べてグッズはそんなに売れないだろうからね」


 曲は売れているが、グッズで考えると私は弱い。アニメやラジオのイベントに比べると品数は少なく、また私モチーフのものもあまりない。正統派歌手?で売っているので、グッズはシンプルなものが多いのだ。定番のTシャツ、タオルは売れるが、それ以外はイマイチ。あとは売れてパンフレットぐらいか。あくまで吉岡奏絵で、キャラのイラストなどはない。グッズの利益は少ないだろう。

 けどそれでも武道館でやると決断したスタッフには感謝しかない。


「稀莉ちゃんには当日の会場で初めて知ってもらって、驚かせたかったんだけどね。でもどうしても言わなくちゃいけなかったんだ」


 当日でもよかったが、前もって準備は必要だ。


「今度こそけじめをつけたい」


 無理やりしたことを正しいと証明する。


「武道館は私が1番輝く場所になるはずだから、両親に見てもらいたい。私の両親だけじゃなく、稀莉ちゃんの両親にも」


 前は否定した母親を、渋った父親を認めさせる。文句も言えないほどの愛を歌う。青森からの交通費を出してでも私の晴れ舞台を見て欲しい。

 そして稀莉ちゃんの両親にもだ。私が凄いことを知らしめる。言葉だけじゃなく、歌で伝える。きっと伝わる。


「わかったよ、奏絵。次の日は両家で集まって挨拶ね」

「うん。……うん?」

「そういうことでしょ? 互いの両親を呼び出し、見せつけるんだから」

「そ、そういうことなの?」

「結納品も準備しないと」


 稀莉ちゃんの中で話がすでに出来上がっている。両家顔合わせに、結納、結納? あれ、私結婚するの? いや、まぁそのような気持ちだけど。


「……覚悟を決めるよ」

「もっと力強くいいなさいよ」

「君をずっと幸せにしてみせる」

「よろしい」


 「でももう幸せよ」と微笑んでくれる彼女を、絶対に幸せにしようと心に誓った。


「武道館ライブが春ってことは奏絵が30歳になる頃ね」

「20代最後になるのか、30歳最初になるのか。どっちだろうねー」


 どっちにしろ私の節目だ。ただどっちだっていい。今までの私の集大成でも、新しい私の始まりでもどっちでもいい。ともかく記念すべき一日とする。


「春か」

「これから冬だからまだ先だけど」

「でもあっという間よ。すぐにやってくる」

「そうだね」

「桜見えるといいな」

「見えなくたって咲いているよ」


 青森で冬に咲くサクラを見た。照明だって、それは本物の桜のように綺麗で、美しき思い出だ。それにきっとライブでも見れる。


「アルバム5曲目の、『桜色の中で』は皆ペンライトをピンクにしてくれると思うんだ」

「きっと満開の桜が奏絵からは見えるのね」


 9月も終わり、10月がやってくる。11月のライブなんてあっという間だ。そして何度目かの春を迎える。

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