第33章 ときめきの導き⑥
セカンドアルバムの曲は全部で12曲だ。「リスタート」、「透明ミライ」、「ヒカリの先」はすでに発売されているので、新たに追加されるのは9曲。曲として販売できるレベルには持ってきたが、ライブとなると話は別だ。踊り狂う曲はないものの、簡単な振り付けはあるし、立ち位置、演出をしっかりと覚えないといけない。
「吉岡さん、そこの振り違います」
歌いながら手の動きをつけているが難しい。頭で歌詞を思い出しつつ、動きも覚えていくのだ。身体以上に頭が疲れる。そしてミスを先生である牧野さんは見逃さない。
「すみません、もう一度お願いします!」
でもへこたれない。1番と2番で共通の振りにし、簡単にしてもらっているのだ。最高の舞台にするためにこれ以上の妥協は許されない。
3曲続けて歌い終え、しばらく休憩となった。
「ごめんなさい、振りを間違えてばかりで」
「アルバムに合わせて歌ばかりの練習でしたからね。振りつけを始めたのはここ数週間なんで良しとします。でも橘唯奈さんならもう仕上げている段階ですね」
「天才の歌姫を比較に出さないでくださいよ……」
先生が話に出した橘唯奈ちゃんは声優であるとともに、売れっ子の歌手である。稀莉ちゃんと仲が良く、その縁もあり、私とも何かと関係が深い。何度も助けられたライバルで友人だ。
「歌に関しては吉岡さんも負けてないですよ。それに本番の爆発力は凄いです。他の人では到底及びません」
「私ってそんなに本番に強い女ですかね……?」
そんな自覚はないが、確かにライブやイベントになるとノセられ、いつも以上の力が出る気がする。ライブ映像を見返しても「これが自分?」と思うこともしばしばだ。
「の割にライブ中のトークはそんなにうまくないんですよね。ラジオのトークはうまいくせに、ライブだとてきとーな話が多い。こないだの大阪でのライブはずっとたこ焼きの話ばかりだったし、福岡ではもつ鍋うまかったーばかり。……まぁ最後の東京では雰囲気を壊さず、うまくできていましたが」
歌に集中するあまり、トークでは気を抜かないとうまく調整できないのだ。ずっとかっこいい吉岡奏絵ではいられない。所々よしおかんが出るから、私なのだ。と自分で言い訳するが、牧野先生には言ったら呆れられるだろう。
「普通は台本をつくって喋ることも固めさせるのですが、上の意向で吉岡さんのライブトークは自由を許されているんですよね」
「アハハ……、私の周りは放任主義ばかりですね」
ほとんど連絡してこない事務所といい、ラジオの真っ白な台本といい、私に決めさせすぎだ。それとも私ならできる!と思っているからそうしているのだろうか? 才能を見抜かれていたか……、そんなことはない。
「歌は今日もバッチリ良かったですね。そこはさすがです。まだまだ本番まで仕上げてもらいますが、今すぐステージに立っても問題ないレベルです」
鞭のあとは飴。褒められることは悪くない。できるなら注意はされず、褒めて伸びる子でありたいものだ。でも私はまだ信じきれなくて、
「本当に歌よかったですか……?」
疑問を呈してしまう。私の問いに牧野先生も不安になったのか聞き返す。
「何か気になるところでもあるんですか?」
そう言われると言語化はできない。牧野先生が気にならないということは特に何でもないのだろう。
「いえ、何でもないです」
「そうですか。要望や不安などあったら言ってくださいね。どんな些細なことでも構いません。文句なしの最高のライブにするんです。そして来年は武道館です」
武道館。
その単語は普通の人よりはよく聞くが、それでも自分のこととなると別だ。重く、夢の果てで、憧れの舞台だ。それも普通に声優をしていたら目指せる場所ではない。夢のゴール地点ともいえる聖地。
「……さすがに早すぎませんか?」
「自信を持ってくださいよ。上はもう考えていますよ。来年の春にやろうって」
「そうなんですか、いや自分でも武道館なんて実感なくて」
「アルバムの売上次第ですが、売れるでしょう。空飛びの主題歌の先行リリースともなりますので注目度は高いです。夢なんかじゃないですよ」
そこまで言われるとその気になってくる。
ステージの中央で歌う私。四方八方のお客さんがペンライトを振り、拍手を送る姿。きっと泣いちゃうだろう。その光景は素敵すぎて夢のようで、でも夢じゃなくなりつつある。
「……現実にしたいですね」
そしてその素敵な景色を稀莉ちゃんに見せてあげたい。絶対に喜んでくれるはずだ。
「ライブ後の告知で言うことになるはずです」
「もうそんなすぐのことなんですか?」
「ライブが終わるところで、次のライブは特に予定ありませーんでは盛り上がりませんからね。アンコール1曲目のあとに発表して、会場のボルテージが最高潮のところで最後の曲を歌い、ライブを終わらせる。ね、吉岡さん、あなたにはその景色が思い浮かぶはずです」
「……絶対楽しい、熱くなりますね。一生忘れられない光景になると思います」
牧野先生も嬉しそうに微笑む。ファンの嬉しそうな顔、声にならない声、鳴り止まない拍手。その中で熱唱し、輝く私。
思い描く妄想は、これから現実にすべきことだ。
そしてその先に武道館がある。考えてもいなかった未来が今、私の手の届くところにある。
「牧野先生はのせ上手ですね」
「でもやる気になったでしょ?」
「ええ、未来が見えました」
「そのまえに振りを完璧にしましょうね」
苦笑いで頷く私がいるのであった。
× × ×
練習はその後1時間半ほどし、帰路に着いた。
扉を開けると声が聞こえる。稀莉ちゃんと、稀莉ちゃんの家からの監視役のメイドの晴子さんの声だろう。誰もいない家に帰って無音だった頃を考えると、誰かが家にいるというのは良いことだ。
「ただいま」
リビングの扉を開けると、稀莉ちゃんと晴子さんが対面に座っていた。
「おかえりなさい、吉岡さん」
「おかえり、奏絵」
そして机には写真が置かれていた。
「何をしているんですか?」
近づき、何が写っているのかな?と見ると、それは私や稀莉ちゃんの写真だった。
「え、何しているんですか、晴子さん?」
「本当に草津にいってきたかの事情聴取です。写真ごとにエピソードを聞き、稀莉さんのご両親に報告させてもらいます」
「え」
「ずっとよ、もう1時間も話したのに解放してくれない……」
「あんな大それたことをしたんですから、仕方ないですよね稀莉さん。はい、吉岡さんも手洗いうがいをしたら座ってください。早くまとめて報告しましょう」
私も半ば強制的に座らせられる。晴子裁判長の名の元に私たちはあったことを報告させられ、審議にかけられるのだ。
「それにしても吉岡さん」
「はい」
「写真少なすぎませんか!? せっかくの二人の旅行ですよ!? それも大胆宣言をしてからの愛の逃避行! これで全部って冗談ですよね!? 1000枚ぐらいないと可笑しいですよ!?」
「可笑しいのは晴子さんのその情熱です!!」
怒られている理由がちょっとおかしい。ちょっと? 何で写真を少ないことに怒られているの私? そもそもここに置かれている写真は携帯で撮ったものでわざわざ印刷したのですか?
「こんなことになるんだったら私もお忍びでついていくべきでした。素材が足りなすぎですよ。稀莉さんの両親をなだめた代金としてはこれでは安すぎますよ……」
「ごめんなさい、その件は本当にありがとうございます!」
私の同棲宣言に、草津への逃避行はもちろん稀莉ちゃんの両親の耳にも入った。特に母親の理香さんが今すぐ同棲を解消させようとするぐらい激怒していたらしいが、晴子さんが必死に説得し、今は現状維持に留まっている。感謝してもしきれない。
「晴子、私からもありがとう。あなたのおかげでこの安らぎが得られているわ」
「なら、もっと写真を撮ってくるべきですよね? 供給が少ないんですよ!」
「「ご、ごめんなさい!」」
怒るところが違うと思うが、晴子さんに私達愛されているな~って思う。血は繋がってないけど、これも家族の形なのかな。
「で、何も間違いはなかったですよね?」
一瞬でのほほんとした気持ちが冷める。
「うん? どうしたんですか吉岡さん」
「いえ、何も、何もないです!」
慌てて否定すると逆に怪しいと自分でも思う。そして隣の女の子は余計なことを言い出す。
「間違いじゃなく、正解なので問題なしよ!」
その発言が問題だ。確かにしかけたが、何もなかったではないか!
「いや、未遂です! 電話かかってきてそんな雰囲気じゃなくなって。って、晴子さん鼻から血が!?」
「文字起こしするので詳しくお願いします」
「するか!」
愉快すぎる家族だと思う。でもこの日常が愛おしくて、守りたかったものだ。そしてこれからも―。
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