第33章 ときめきの導き⑤

***

奏絵「始まりました」


稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」


奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


奏絵「時空が追いついてしまったよ……」

稀莉「かつてないほどにおたよりがたくさん届いているわ……」

奏絵「皆は先日の生放送を見たよね? 見たからこうやってお便りが山ほど来ているんだよね……」

稀莉「さっそく読めって、構成作家が促してくるんだけど」

奏絵「先日温泉に行ってきたんですよ」

稀莉「思いっきり話を逸らしてきた」

奏絵「SNSに写真を載せていたから誰と行ったかは丸わかりだと思うけど、草津の源泉かけ流しの温泉だったんですよ。温泉っていいですよね」

稀莉「……何が言いたいの?」

奏絵「かけ流しだけに、流してくれないかなって」

稀莉「キレが悪いわよ!? トーク力も流してきちゃったんじゃないの!?」

奏絵「うう、読むしかないんですよね。たくさんきたおたよりの一部を紹介していきます。ラジオネーム『神速劇場』さんから。『同棲ってどういうことですか?』、終わり、短い!? そしてど直球!? しかも大きくゴシックフォントで、それだけ書かれているって……。次っ!」

稀莉「何も答えないの?」

奏絵「いい! ラジオネーム『アルカナマジカナ』さんから、『よしおかん、稀莉ちゃんこんばんはー』」

稀莉「こんばんはー」

奏絵「『こないだの生配信は驚きでした。同棲風配信と思ったら、最後に本当に同棲している宣言。こんな放送見たことありません。でも僕はあれはやらせだと思っています。よしおかんの料理スキルをみるに実際に同棲しているのか疑わしいです。あんなに料理ができない人と一緒に住んでいるとかありえません。仮に同棲しているとしても毎日出前注文でしょうか? それはそれで栄養が偏りそうで不安です。お二人は本当に同棲しているんですか?』」

稀莉「……どうなんですか、よしおかん」

奏絵「それほど私の料理スキルはあかんのか……。料理よしあかん……」

稀莉「何、新しい呼び名つくっているの!? 良しとあかんが入っているから紛らわしいし!」

奏絵「でも最近出前も便利になったよね~。温かいものが家まで届くの嬉しい。種類も豊富で重宝しています。って、それじゃ私が料理してないみたいじゃないか!」

稀莉「してないでしょ? 次、読むわよ。『スマイル39ポケット』さんからのおたよりよ。『こないだの配信を拝見しました。衝撃の同棲宣言から私の妄想が止まりません。味噌汁のいい匂いで起きたり、間違えて相手の歯ブラシを使ってしまい赤面したり、風呂上りは同じシャンプーの匂いがしたり、ペアのマグカップで食後コーヒーを飲んで微笑んだりと何ですか、最高じゃないですか!? これからも過剰な百合供給をお願いいたします。末永くお幸せに』」

奏絵「妄想が捗りすぎ!!」

稀莉「なお、これで半分の内容です。カットしました」

奏絵「これほど熱くなるなんて私たちはリスナーに何をしてしまったんだ……」

稀莉「しかもこれ10代の女性リスナーよ……」

奏絵「本当!? 本当だ、学生さんだ。15歳の中学生って受験期とかじゃない?」

稀莉「妄想もいいけど、勉強もちゃんとしなさいよー」


奏絵「ん? 植島さん、何? え、実際のところどうなんですかって? そこは想像にお任せします。あまり言わない方が妄想しやすいでしょ? そう、リスナーのためにこれ以上は言いません!」

稀莉「一緒に住んでいて毎日楽しいわ。昨日は風呂上がりに化粧水を塗ってもらったの」

奏絵「うぉい、稀莉ちゃん!?」

稀莉「さぁ妄想しなさいリスナーたち! 私たちはその上を超えていくわ!」

奏絵「何を張り合っているの!?」

***


 コーナーもすっ飛ばし、先日の生配信のことをほとんど話した回だった。本当にこれでいいのだろうか? イチャラブ自慢なんて声優ラジオでしていいの? 反響が怖い。いや、もうリスナーたちのことを信頼しすぎていて、良い意味で反響が大きいだろう。


「二人ともお疲れー。いや~人気過ぎて驚くよ。毎度毎度、おたよりの最高記録を更新していくね」


 呑気な声で話すのは、私たちのラジオ『これっきりラジオ』の構成作家の植島さんだ。頭はもじゃもじゃだが、最近は髭をきちんと剃っているみたいで清潔感は改善されている。


「そういえば吉岡君はセカンドアルバムを出すんだよね」

「ええ、そうです。ちょっと最近はそれもあり忙しくて」

「11月にライブもあるわよね! 行くわ、絶対に行く! この日は絶対NGと事務所にも伝えたわ」


 目の前に私の大ファンがいて嬉しいが、気恥ずかしい。


「今度はサプライズしないでね?」

「空から花束を持って現れようかしら」

「そういうのは求めていない!」

「指輪だと客席から見えないと思うの」

「そういうことじゃない!」


 今回は東京と大阪の2か所でライブをする。同棲生配信の騒動もあったが、なかなかに忙しい毎日だ。


「で、知っているわよ。空飛びの映画の主題歌がよしおかんになったって」

「げ、情報早くない?」

「そりゃ、空音を演じていますから」

「そうだったね、空音」

「ええそうよ、空音」


 『空飛び』、『空飛びの少女』は私が初めて主役をもらった作品だ。その作品のリメイクが決まり、主役の空音はラジオの相方の稀莉ちゃんが演じることになった。リメイクの放送も無事終わり、次は来年の2月に映画なのだが、その主題歌のオファーが私に来たのだ。様々な想いがあり、色々なこともあったが、今となっては作品に関われることが嬉しく、私自身も楽しみである。


「ライブで映画の主題歌も歌うの?」

「それは来てからのお楽しみだよ~」

「けちー、よしおかんのけちー」


 声優の仕事に、歌手の活動も順調だ。来年は30歳になるので最後の20代なわけだがたくさんの挑戦ができ、実りある1年となっている。まだまだ私はできる。変わっていける。同棲宣言をしても仕事がキャンセルになったり、減ったりはしていない。私はまだまだ求められている。こんなに嬉しいことはない。


「君たち待ってよ、これっきりラジオのことも考えてくれよ」


 植島さんの発言に私たちの反応は渋い。


「同棲宣言もし、これ以上の刺激はないというか……」

「当分は大人しくしようというか……」


 やりすぎて、ラジオでこれ以上何をすればいいのか、わからない。もちろん変わらず楽しいトークは続けるつもりだし、イベントをやり、リスナーの生の声も聞きたい。

 それは番組スタッフだって同じだ。


「夏はイベントが天候で中止になったんだから来年こそは絶対に開催するよ。まずは1月の合同イベントに再び参加してもらう」

「げ」

「合同イベントですか」


 前にも5番組が出演するマウンテン放送のイベントに出演した。今回も同じような形式で6番組が集まるとのことだ。植島さんから出る番組のリストをもらう。


「げ、『唯奈独尊ラジオ』もリストにあるじゃん」

「梢ちゃんもいるし、ひかりんの番組もあるね」

「前回とは2番組違うわね。この声優さん知らないわ」

「今年の夏からラジオをしている子だよね。ほぼ新人なのにずっと塩対応なんだよ」

「それ面白いの?」

「逆に面白い。媚びないのが逆にいい!」

「ふーん、今度聞いてみようかしら」

「こないだアフレコで一緒になったけど新人らしくなくて、面白い子だよ」

「吉岡奏絵さん、それは浮気ですか?」

「ち、違うって!」

「やる気出てきたね、吉岡君、佐久間君」


 イベントの気持ちなんてなかったのに、リストをもらい、現実を与えられると気持ちは動き出す。そういうものだ。目標があって、何かすることがあって動ける。何もなく、自主的に動けるほどできた人間ではない。


「ええ、合同イベントで絶対に勝つわ!」

「そういうのだったっけ?」


 前に進む理由は何だっていい。与えられて、求められて、私は輝ける。

 問題は残っているけど今年の終わりも、来年も楽しみだ。隣には彼女がいる。それだけでこの未来は明るいんだ。

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