第33章 ときめきの導き②
私の目の前のお布団で「ごろごろ~」と可愛く言いながら、転がっている。ローリング稀莉ちゃん。ずっとループ再生していたい。
「もう寝れそう~。幸せ~」
可愛い。先に惚れたのは彼女かもしれないが、今では私もかなりベタ惚れであるのを自覚する。kawaiiはこの世界の共通語だ。でも、ずっと転がっていると浴衣がはだけて、可愛いを通り越してしまうのでしてね。稀莉ちゃんに「止まって~」と優しく注意すると、素直に止まった。
「貸切風呂は朝にしようか。ね、奏絵?」
「……入らないという選択肢は?」
「ない。部屋にあるのに入らないって損でしょ」
せっかく良い部屋を予約したのだ。確かに入らないと損だが、私の精神は本当に持つのか?
「お布団はひとつでいいわよね?」
「いや、ふたつ敷いてあるけど!」
「しまおう!」
「しまわないで!」
「ほら来て」と手招きし、私を布団へと誘う。一瞬迷うも諦め、私も隣で寝転がる。
「ふふ、アニメの修学旅行みたい」
アニメの修学旅行でもこんなにドキドキするシーンはきっとない。恋バナしたり、枕投げしたりして平和に終わるだけだ。
横を向くと稀莉ちゃんと目が合う。長い睫毛に、ぱっちりとした目。同棲はしているが、寝る場所は別だし、そういうこともないので、この距離感は落ち着かない。合わせた目を逸らすのもできなく、まじまじと見つめる。その輝く目は私を好きなのだと実感させる。もう疑いもしない。言葉や、行動で好きを証明され続けた。
稀莉ちゃんは私が好きだ。そして、私も同じだ。きっと同じ恋する目をしている。
「奏絵の方が背は高いけど」
「う、うん?」
「寝っ転がると同じ目線だね」
その笑顔と無邪気な言葉に、カチッとスイッチが押された気がした。
「っ……」
顔をゆっくりと離す。気づいたら唇が触れ合っていた。
「あれ?」
私から触れていた。自分からした行動なのに心は驚き、ついていってない。指で自分の唇を触ると感触が残っていた。瞬間の記憶がまだ残っている。考える前にキスをしていた。同じ目線だった。いつもは少し屈むか、彼女が背伸びする必要があるが、寝っ転がっていたら同じなのだ。年齢も身長も、状況も問題も、何も関係ない。ただ好きという気持ちだけがここにある。
彼女は嬉しそうな顔をしながら、呟く。
「ぃぃ」
「え?」
「いいよ、奏絵」
「その……、何が?」
「奏絵のしたいこと」
ドクンと血液が流れる。
あ、流される。これ、流されると思いながら、それもまたいいかと思った。生放送で想いをあんなにも告げた後だ。もう何も怖くない。星空が輝く素敵な夜空を満喫し、二人っきりの場所だ。誰の邪魔も入らない、絶好のシチュエーション。稀莉ちゃんの両親も、監視役の晴子さんもここにはいない。私たちしかいないのだ。
頭の中で『大人の階段昇る~』とBGMが流れ出す。歌ったこともないけど、流れ出す。私が生まれてもいない時の曲だけど、自然と頭に流れ出す。もう十分に大人のつもりだけど、流れ出す。
「き、稀莉ちゃん」
「うん」
「いいんだよね?」
「言わせないでよ」
余裕なんてない。
ゆっくりと起き上がり、彼女の上にまたがる。両手で自分の体を支えながら、彼女の顔を真上から見下ろす。
「……止まれないよ」
「いいよ」
彼女が目を閉じる。私を待つ、その表情は私の何かを刺激し、駆動させる。
心臓が自分のものでもないかのように激しく鼓動する。せっかくお風呂に入ったのに、すでに額の汗が止まらない。
顔を近づけ、彼女の髪の毛をあげ、おでこに唇が触れる。これから起こることに不安に思っているのか、震える彼女の手をもう片方の手で握りしめる。続いて頬にも口づけする。沸騰でもしそうなその頬の温度を愛おしく思い、下に移動し、細い首に跡をつけると声がした。そして浴衣に手を伸ばし、
トゥルル。トゥルル。
音が静寂を破る。
音は震える携帯電話から発せられていた。
それでもこの気持ちはもう止められない。音が鳴らなくなったのを確認し、また手を伸ばし、
トゥルル。トゥルル。
また電話が鳴る。
「……」
「……」
トゥルル。トゥルル。……鳴り止まない。
「……うん」
「……そうね」
電話が鳴り続けている。気になる。誰にも邪魔されない!とか思ったけど、集中なんてできなくて、気になる!
「……ど、どうしようか」
「……私の携帯っぽいわね」
「で、出る?」
「う、うーん」
「い、いいよ、出て!」
体をどけ、私の支配から彼女が解放される。歩きながら乱れた浴衣を少し整え、彼女が鳴る携帯を手にし、音を止める。
その間、私は正座だ。お預けされた犬の気持ちが今ならわかる。微動だにせず、正座するしかできない。
って、うわー、今私何をしようとしたの? いや、しようとしたことはわかっている。理解している。理解しちゃっているから顔が熱い。稀莉ちゃんのあの恥ずかしそうな表情を思い出すだけで頭がどうにかなりそう。唇が柔らかいのは知っているが、首筋に口づけた時の感触は初めてで、知らない感情だった。え、私汗だくなんだけど? 何この緊張感!? ……この電話が終わったら、まだ続くのだろうか? 続けていいんだよね? ちょっとだけ冷静になっちゃってやっぱり辞めようとなるの? お預け? もったいない、いやいやいや、恥ずかしい気持ちにどうにかなりそうで、もう動けそうにない。でもでも、彼女のあの表情を目の前にしたらまた豹変してしまいそうで怖い。
「ふぅーーー」
肺を膨らませ、ゆっくりと息を吐く。少しだけ落ち着き、電話しているはずの稀莉ちゃんを見る。
自分の事で精一杯で気づかなかった。稀莉ちゃんはその場で固まっていた。
耳から電話を離しているので通話は終わっているみたいだが、微動だにしない。
「き、稀莉ちゃん……?」
私の声に意識を取り戻したのか、彼女がこちらを向く。さっきまでの紅潮した顔は何処に行ったのかその顔は悲壮感に溢れ、
「……どうしよう。私、事務所クビになるかも」
「えっ!?」
今にも泣きそうだった。
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