第七部
第33章 ときめきの導き
第33章 ときめきの導き①
「みて」
「みえてるよ」
彼女が空を見上げ、指さす。デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角だけでなく、幾多の星が夜空を彩る。地球から見える星には名が付けられ、複数個の星を組み合わせ『星座』として物語がつくられる。
でも見えている以外にもきっと星はたくさんあるのだろう。名づけられていない星、見つからない星、これから生まれる星。だれかに見つけてもらい、名づけられてやっと空で光ることができる。
「……綺麗ね」
「うん」
私は見つけられたからここにいる。声優と名乗り、輝くことができている。
「奏絵」
彼女が私の名前を呼び、微笑む。吉岡奏絵、それが私の名前だ。来年30歳の声優で、歌手としても最近は活動している。今年はアルバムを出し、ステージに立ち、熱唱した。
そして私はラジオパーソナリティーである。それは横にいる彼女もそうだ。
「何?」
「呼びたくなっただけ」
「よくわからないよ、稀莉ちゃん」
佐久間稀莉。10代の女の子で、声優、私のラジオの相方だ。『これっきりラジオオ』を一緒に担当し、3年目になる。3年の間に色々なことがあった。声優としての危機も、ラジオとしての危機もあった。でも私たちは乗り越え、今もこうして声優でいられている。
私たちは声優だ。胸を張ってそう言える。
ただ今、可笑しなところといえば、……互いに全裸なぐらい。
「青森の露天風呂でもこうやって星を見たわね」
「懐かしいな」
私たちがいるのは収録スタジオでもなく、ラジオ会社でもない。
草津温泉。
もちろん仕事ではなく、プライベートだ。一緒にお風呂に入るのは、青森に突如帰った私を稀莉ちゃんが追いかけてきたあの夜以来の二度目となる。女同士とはいえ慣れない。好きな人が目の前で裸でいるのだ。緊張するな!なんて言われても、緊張してしまう。稀莉ちゃんも緊張しているのか、口数がいつもより少ない。
しかし真っ裸でいる以上に問題なのが、赤裸々な公開告白をしてしまったことだ。先日、生放送の番組配信で私たちが同棲しているという事実をファン、視聴者に向け、告げた。
付き合うを通り越して、同棲。
メイドの晴子さんも一緒なので厳密には3人で住んているのだが、とんでも発言である。今思い返しても、自分の口から言い出したなんて思えない。
けど後悔はしていない。
私が告げなければ、稀莉ちゃんの親との約束は守れず、同棲は解消になっていたのだ。……絶対稀莉ちゃんの両親は激怒しているだろうな。胃が痛い。
「あの時は冬だったわね」
「雪降っていたねー、寒かったな」
「けど夏に温泉も悪くないわね」
「私が一緒だから?」
「そうね、奏絵が一緒だからよ」
「……最近、素直過ぎて怖いんだけど」
「離さないから」と言わんばかりに私の手に指を絡め、がっちりとホールドされる。そのまま寄りかかり、私の右肩に頭をのせる。……行動も気持ちに正直だ。正直すぎて心臓が持たない。
「……暑くなってきたね」
「私はまだまだこうしてたいわ」
結局、のぼせたのであった。
× × ×
扇風機にあたり、体を冷ます。
「奏絵ごめん、大丈夫?」
旅館の浴衣に着替えた稀莉ちゃんが椅子に座る私をのぞき込む。
「大丈夫、大丈夫。だいぶ楽になった」
そう言って立ち上がり、平気なことをアピールする。軽くのぼせただけだ。少し休めば大丈夫になった。良かったと彼女はほっとし、微笑む。
それにしてもだ。
浴衣姿の風呂上がりの私の彼女がカワイイ。おろした髪は乾かしたものの、まだ少し潤っている。白い肌は湯上りのため少し紅潮し、扇情的だ。端的にいっていやらしい。浴衣姿の稀莉ちゃん、素晴らしい……!
「……そんなに見つめられると恥ずかしいのだけど」
「ご、ごめん!」
無意識のうちに彼女を見つめていた。いや、意識はありありだったけど。話を変えるため脱衣所内にある自販機へ向かう。お目当てのものが当然あり、お金を入れ、購入する。
風呂上がりにはやっぱりこれだ。
「コーヒー牛乳!」
「知っている! アニメで見たことある!」
「えっ、現実で飲んだことない?」
「飲んだことないわ!」
堂々と宣言された。家族で温泉や銭湯に行く度、こうしてコーヒー牛乳を飲むのが習慣だったので、初めてという彼女の発言に驚く。さすがお嬢様だ。関係ある? お嬢様だって温泉行かない? まぁ稀莉ちゃんの母親が旅行先にいるだけで大騒ぎになりそうだが。
「コーヒー牛乳を飲むときは、こう! 腰に手をあてて、勢いよく飲む」
「はい、先生!」
言ってと別に頼んでいないのに先生と呼ばれる。稀莉ちゃんも自分から茶番劇を始める面白い子になったな~と成長を感じる。
二人で「せーの」と合わせ、顔を上げ、容器を傾ける。
「おいしい!」
「でしょ? 風呂上がりにコーヒー牛乳は格別なんだよ」
「アニメのキャラの気持ちがやっとわかったわ」
「日本の文化だよ、文化!」
「ええ、日本の心がわかった気がするわ。温泉にはコーヒー牛乳!」
「フルーツ牛乳もまたいいんだよね~」
「今度そうするわ!」
もう私たちに障害はない。自分たちで決めた。もう何にも縛られないと、自分の好きを1番にすると心に誓った。これから何処だって行ける。土日祝日も関係ない声優の仕事だから、まとまった休みはなかなか取れないが、それでも合わせることはできる。「今度」の言葉はけして口約束ではない。
脱衣所から出て、部屋に戻ろうとすると稀莉ちゃんが腕を絡めてきた。動きに何のためらいもない。
「……稀莉ちゃん、近すぎでは?」
「誰が公にしたんでしょうか?」
確かに同棲宣言をしたのは私ですが、その、誰も廊下にいないからって、こう密着されると困る。困るんだ、私の精神が!
「だからって……、その感触が……」
「欲情する?」
「……浴場にはもう入ってきたよ」
「言葉が違うわ」
わかっている。わかっているから!
何度も言うが浴衣姿の風呂上がりの彼女がカワイイ。身体が温かく、良い香りもする。腕に感触がある。感触が、存在する。
……まずい。非常にマズイ。
いや、マズいのか? 私たちは付き合っているし、何も躊躇うことなどないのではないか? いやいや、大人の私が流されそうになってどうする。約束したはずだ。10代の時は何もしないと。その約束はこないだの公開告白で破ったのだけど。え、ならいい? いいの? いやいやいやいや、良くないでしょ!? 頑張れ、吉岡奏絵! 理性を保て私!
頭の中で戦いながら、気づいたら部屋の前だった。稀莉ちゃんが自ら離れ、扉を開け、先に入る。
「あ、そういえば部屋にも貸切風呂があったわね。もう1回入る?」
「え」
畳の部屋の奥にはお風呂があった。ええ、しっかりとお湯が張られ、早く入ってくれないかな~と待っているようにそこに存在した。いや、知っていったんですよ? 最初部屋に入った時にその圧倒的存在に気づいてはいたんですよ? 草津に行こうと言ったのは私だが、この旅館を選んだのは彼女だ。良く見ずに予約を承諾した私が悪いのだが、でもこう部屋に貸切風呂があるのはずるくありませんかね? 倫理的に良くないですよ、稀莉さん。
「でもお風呂入って疲れちゃったかも」
稀莉ちゃんがそういって、敷いてあった布団の上に寝転がる。仰向けの姿で、こっちをちらっとみる。あまりにも無防備な姿でこちらを伺う。
……ゴクリ。
やっぱまずいよこれ!
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