橘唯奈のスキとキライ⑪
***
唯奈「今日も」
スタッフ「世界で1番」
唯奈「私が」
唯奈・スタッフ「可愛い!」
唯奈「唯奈独尊ラジオ―!!」
唯奈「はじまりました、年も明け寒いわね。でも寒くても私の声を聞けば温かくなれるわ。ヒート〇ックもびっくりの温かさ。アットホームなラジオです。……うん、アットホームではないわ。自分で言ってて違うとわかるわ」
唯奈「さむ~いといっても冬でもしっかりと栄養をとったり、運動したり、水分補給したりするのよ! ぐうたらしていたら駄目になるわ。かっこいいあなた、かわいいあなたでいてください!」
唯奈「寒いと言えば、コンビニ『ステラ』さんでおでんも絶賛販売中。さらに新しい中華まん、本格肉まんも販売したのよ。番組前に私も食べさせてもらったんだけど、本格というだけあってお肉がジューシーで美味しかったわ! 王国民の皆は毎日仕事後、学校の帰りに買うこと! がっかりはさせないわ」
唯奈「スポンサーをしっかりと宣伝する私、ポイントが高いわね。唯奈はできる子。ハッシュタグで『#唯奈できる子』と宣伝頼むわ。目指せトレンド入り! イメージは情報戦略からつくりあげるのよ」
唯奈「さぁ今日も始めるわよ、唯奈ー、独尊ー、ラジオ―!」
唯奈「この番組は、日々の暮らしを豊かにするコンビニ『ステラ』と、あなたの喉を爽快、リフレッシュドリンク『レモンダッシュ』の提供でお送りいたします」
× × ×
唯奈「はいはい、今日もばしばしとお便りを読んでいくわよ。先週おたよりを読まなかったのは誰って? 仕方ないじゃない。先週は稀莉のライブ感想会だったんだから。30分じゃ足りないわ。構成ミスね。今日は超がんばる」
唯奈「『マチカドジっ子』国民から。『あけましておめでとうございます、唯奈様。今年も唯奈様の可愛い姿をたくさん見せてください。』 ありがとう、もちろんたくさん見せるわ。しっかりと心のフィルムに焼きつけなさいね。続き読むわ。『私にはよく一緒に唯奈様のライブに行くお友達がいるのですが、気づけばその人のことを好きになっていました』」
唯奈「お~、青春」
唯奈「『関係を進めたいのですが、オタク友達、唯奈様好きの同志としての関係が居心地よく、告白することでその関係が壊れるのは嫌でなかなか踏み込めません。唯奈様に聞くのはお門違いかもしれませんが、アドバイスをいただけませんか? よろしくお願いいたします。』」
唯奈「お便りありがとー。女の子からのおたよりね、年齢はわからないけど学生さんの雰囲気かな? うーん、悩ましいわね。その人とは友達で、今の関係が居心地が良い。でもその先が見たい。これは私も迂闊なことが言えないわね」
唯奈「でも、相手も私のライブに来てくれているってことはこのラジオ聞いているかもしれないわよね? 実質間接告白?」
唯奈「心当たりのある男子、いや女の子かもしれないけど、どっちでもいいわ! 心当たりのある人は『あ、自分かも』と思って受けて入れてください。いや、あんたから言いなさい! 『マチカドジっ子』に言ってあげるのよ!」
唯奈「心当たりないオタクももしかして俺を想ってくれる子が!? と妄想してください。妄想すれば現実になります。いつかきっと。って、それより私に貢いでください」
唯奈「さて、踏み出すのは難しいわよね。今でも十分にいいと思えるならそれでもいいと思う。無理して壊すのは怖いわ。でも挑戦した人しか見えない景色もあるのも事実。
唯奈「告白したことで終わるかもと思っているけど、終わらないかもしれないわ。それに相手は今そこまで意識してないかもしれないけど、告白したことで意識してくれるようになるわ。悶々と悩んでいるなら、はやくスッキリしなさい。言える時に言う。言えないまま終わるのは絶対駄目。唯奈との約束よ」
唯奈「大丈夫。恋するあなたは可愛いわ。私が保証する」
唯奈「どうなったか、またおたよりくれると嬉しいわ。結果次第でラジオではオンエアーしづらいかもだけど、しっかりと私が読むわ」
唯奈「さあここで一曲。私のセカンドアルバムに収録の曲を流すわよ。『ときめけ、恋する乙女!』」
唯奈「唯奈からあなたへのエールを送る曲よ。頑張って! 私が応援するわ」
***
「唯奈様、今日のお便りの返しは気合いが入っていたじゃない?」
番組の収録が終わると、構成作家の女性、伊勢崎さんが私にそう言ってきた。
「まるで自分に言い聞かしているかのように真剣だったぜ。何かそういうことあったんか?」
「……ないわよ」
「ふ~ん」
「何よ、その意味ありげな感じは」
「何でも」
内心困惑中である。そんなに気合い入っていた? 普通に答えたつもりだったけどそんなに違和感あった?
「おっ、植島じゃん」
伊勢崎さんがブースの外にいる植島さんをまた発見したらしい。よく見つけるなこの人……。話をしているようで、周りのことが良く見えている。
そして話が逸れてちょっとホッとした私がいる。あれ以上追及されたくなかった。ボロが出そうで怖い。
台本をしまいながら、今日は早めに家に帰ってゆっくりとしようと思う。
「あっ、よしおかんもいるじゃん」
が、伊勢崎さんのその言葉で考えがすぐに吹き飛ぶ。
ガバッと顔をあげ、瞬時に廊下を見る。
そこには構成作家の植島さんと話す吉岡奏絵がいた。ちょうどラジオの収録が終わったのだろう。
足は勝手に動いていた。
「伊勢崎さん、今日もお疲れ様でした!」
飛び出し、その場を後にする。
伊勢崎さんが何か言った気がするが聞こえなかった。
「……犬だったら尻尾がぶんぶんと振られているぜ、唯奈様よ」
× × ×
ブースから飛び出した扉の音に吉岡奏絵は振り返り、私の存在にすぐに気づいた。
「あっ、唯奈ちゃん。おつかれ~、ラジオの収録終わり?」
「そうよ、奇遇ね。お疲れ様」
隣にいた植島さんも遅れて私に気づき、話しかけてくる。
「橘君。先日はゲストに来てくれてありがとう。あの回の反響が凄く良くてね。感謝している」
「いえ! こっちも勉強になりました。ぜひまた呼んでください」
「じゃあ次の現場があるんで」と植島さんは空気を読んでくれたのか、いなくなり、私たちは二人になった。
「本当にこないだはありがとうね、唯奈ちゃん。稀莉ちゃんのライブにいけて良かった」
「ふん、私が行きたかっただけよ」
「ふふ、そういうことにしておこう」
それだけで会話が終わってしまいそうで、せっかく会えたのにそれだけじゃもったいなくて、
「た」
「た?」
何だってよかった。
「タピるわよ、よしおかん!」
そう、何だってよかったんだ。タピオカじゃなくたって、クレープだって、ドーナッツだって、牛丼でも、ラーメンでもいい。
話の流れ全てふっ飛ばし、脈絡がなくたってそれでいい。
吉岡奏絵と一緒にいたかった。
「タピるって、タピオカ?」
「そうよ、タピオカよ!」
言いたいけど、言えない。わかっている。結果はわかりきっている。リスナーに偉いこと言っておきながら、自分のこととなるとからっきし駄目で、答えは見つからない。この気持ちはどうすればいいのですか?と私がおたよりを送るべきだろうか。応援してほしいが、応援したら私は「いらない!」というだろう。
「次の現場まで時間あるからどうしようと思っていたんだ。行こう行こう」
「あんたのおごりね」
「……そっちの方が稼いでいるでしょ?」
「仙台のお礼」
「そう言われると何も言えないんだけど!」
放送局から出て、寒空の下に出る。
手袋もしていない彼女の手を握ることなんてできなくて、私はただその隣を歩くしかできない。
「寒いからタピオカやめない?」
「ホットタピオカでもいいわ」
「そんなのあるんだ。タピオカさんは何でもありだね」
「嫌いなの?」
「ううん、好きだよ。基本的に甘いものは好きだからね」
好き、が私に向けられていないのに、他愛ない日常会話なのに、その単語だけで鼓動が早くなる。
私は吉岡奏絵のことが好き。
稀莉が好きになった女性のことが好き。
「私も甘いの好き」
私の勝手な想い。全然甘くなくて、苦いかもしれない、結果が見えている戦い。
「そっか~、じゃあ今度は違うの食べに行こうか」
「アフレコが一緒になったら考えてあげるわ」
「えー行こうよ。甘いものといえば梢ちゃんがスイーツ系詳しいよね」
「あの人は凄いわ。ほわほわした性格だけど、スイーツメモ帳なるものを持っていたわ」
「マジか!? さすがだよ、梢ちゃん……」
「誘ったら喜んで連れていってくれそうよね」
「そうだね、今度皆で行こうか」
「うん、楽しみにしているわ」
でもこの想いは偽りじゃなくて、好きは隠せなくて、嫌いの気持ちなんてもう存在しない。
私は、彼女に『恋』をしている。
言葉にすると簡単で、理解してしまえばもやもやとした景色が一気に晴れ、急に輝いて見える。世界なんて単純だ。
「タクシーで行く?」
「ううん、電車に乗って、そこから歩いていきましょう」
少しでも長くいたい。
欲しいとは思わないし、私は望まない。
稀莉の幸せをきっと私は優先させる。
けどこの想いはもう否定するのは辞めたし、彼女との些細な思い出は大好きな稀莉にだって渡してあげない。
「了解! 行こう、唯奈ちゃん」
今日の笑顔を稀莉は知らない。彼女と、そして私の演技じゃない笑顔を彼女は知らないんだ。
<橘唯奈のスキとキライ・完>
<橘唯奈のスキスキダイスキ>へ続く?
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