橘唯奈のスキとキライ③
どうせ今日も面白くない。
そう思いながらも稀莉のラジオを聞いてしまうのは友達だからか、それとも何かを期待していたのか。わからない。
時間になって、私はイヤホンをつけ、携帯を操作した。
*****
稀莉「〈よしおかんに報告だ!〉のコーナー(エコー)」
奏絵「おい」
稀莉「このコーナーではよしおかんに報告したい出来事、よしおかんに質問したいことを送ってもらう、何でもいいから送ってこいの、いわゆるふつおたのコーナーです」
奏絵「おい」
稀莉「はい、まず1通目行きましょう。『マッチョポンプ』さんからです」
奏絵「待って、ちょっと待って」
稀莉「何ですか、さっきからうるさいですね、よしおかあさん」
奏絵「さらに名前変わっているよ。って、そっちじゃなくて、コーナー、コーナー名が違うの!」
稀莉「えっ、〈よしおかんに報告だ!〉のコーナーですよ」
奏絵「それ! 私の台本に書いてないから! 私の台本には〈ふつふつおたおた〉のコーナーって書かれているから!」
稀莉「何ですか〈ふつふつおたおた〉のコーナーって。ネーミングセンス皆無ですね」
奏絵「謝れースタッフに謝れー」
稀莉「だって、私の台本にはそう書いてありますよ」
奏絵「どれどれ……マジで書いてあるやないかい! おいスタッフ、出て来い、書いたスタッフ出てこーい!」
*****
「ぷふっ」
気づいたら笑っていた。
……気に食わない。
稀莉のラジオ番組が急に面白くなっていた。稀莉がイキイキとしている。今までの彼女の雰囲気とは違うが、ラジオとしては大正解だった。
構成作家がそうさせた? 違う。面白くするためとはいえ、そんな選択をとるはずがない。事務所に怒られることはしないだろう。なら稀莉がと思うが、残念ながらラジオ経験の少ない彼女が提案したとは思えない。
そうさせたのは、おそらくラジオの相方の吉岡奏絵だ。
「吉岡奏絵」への呼び方が「よしおかん」となり、彼女は自分を犠牲にすることで笑いに変えた。自己犠牲。笑いのために、自分を利用したのだ。
違う。本質はそうじゃない。
彼女は自分を「よしおかん」とすることで、稀莉に役割を与えた。
「よしおかん」をいじる、という役割を。
役割を与え、稀莉の力を引き出した。稀莉の立ち位置を明確にした。
彼女に演じさせた。『仲が悪い、辛辣な若い女の子』としてキャスティングしたのだ。
役割を与えられた稀莉は輝いた。
それもそのはずだ。元々、稀莉の演技力は抜群に高い。役割さえ明確にすれば、あとは簡単だ。稀莉は「よしおかん」をいじり倒し、番組に活気と面白さを与えた。
吉岡奏絵は気づいたのだ。稀莉の活かし方を。それは無自覚かもしれないが、彼女のトークの力を引き出し、番組を変えた。
「……気に食わない」
今度は声に出していた。
私が気づかなかった、不向きと思って諦めていたのを、この『吉岡奏絵』は変えていったのだ。
それから、稀莉は変わっていった。
ラジオを重ねるにつれ、役割を超え、広がりを見せ始めた。
時にはよしおかんみたく、いじられる役を演じた。ちょうど良いお手本が目の前にいたのだ。彼女は吸収し、自身のトークのレパートリーを増やした。そして役割は徐々に薄れ、彼女の素が混ざり始めた。違和感なく、ゆっくりと少しずつ溶け込んでいった。
半年経ち、佐久間稀莉は立派なラジオパーソナリティーになっていた。
ラジオは不向きと思った彼女は、立派なラジオの人に育っていたのだ。
――吉岡奏絵の相方として。
やっぱり気に食わなかった。
そして、人気になった『これっきりラジオ』と、私が担当する『唯奈独尊ラジオ』が、5番組合同イベントで共演することになった。
前に私の番組にゲストに来た時よりも、稀莉の相方ははるかに大きな存在になっていた。
「吉岡奏絵」
イベントが始まる前に私は彼女に声をかけた。
「おはよう、唯奈ちゃん。今日はよろしく! 今日の衣装も可愛いね~」
馴れ馴れしく話し、褒めてくる。まぁ褒められるのは悪い気はしない。でも今は違う。馴れ合うために来たのではない。
「吉岡奏絵」
「うん? どうしたの?」
「ありがとう、私のライバルでいてくれて」
「何の!?」
吉岡奏絵は驚いた顔をしていたが、こちらは詳しく説明しない。
敵わない。
私にはできなかったことを彼女はやり遂げた。
稀莉をラジオパーソナリティーとして成長させ、人気ラジオ番組を作り上げた。稀莉をもっと輝かせたのだ。
でもそれで諦める、橘唯奈ではない。
今回は私の負けだ。認めよう。
けと、終わりではない。
「稀莉を1番輝かせるのは私だから」
「え、あ、うん。そうかもね、そうかも」
私の言葉に一瞬驚くも、平然と答え、認める。オトナの余裕ということだろうか。彼女は「うん、うん」と頷くも、高らかに宣言した。
「でも彼女を1番笑顔にしてあげるのは、稀莉ちゃんを1番楽しく、面白くさせるのは私だよ」
顔が引きつる。アニメなら「ピキピキ」と音が出そうだった。
気に食わない。
「面白いこと言うわね、よしおかん」
「そうかな?」
ムカつく。
だからこそ、ライバルにふさわしい。
稀莉が舞台袖にやってきて、吉岡奏絵と話し出す。
嬉しそうに、楽しそうに。私に脇目も振らずに。
……いいわ。今はその隣はあなたにあげる。
「稀莉、吉岡奏絵、見てなさい」
私は一足先にお客さんの待つ舞台へ飛び出した。
「いつか稀莉の隣を絶対に奪ってやる」と心に誓って。
*****
唯奈「たたたたた、たーん!いくぞー、今日も!」
お客さん「「世界で1番」」
唯奈「私が!」
唯奈・お客さん「「可愛い―!!!」」
唯奈「どうも、美少女声優、橘唯奈よ!」
お客さん「「わーーーーー」」
咲良「やべー、初っ端からやべー奴来ちゃった。自分で美少女言っちゃうのウケる」
真琴「でも、唯奈ちゃんなら許せちゃうー。あざとかわいい」
*****
でも、完璧なはずの私は知らなかった。
感情は表裏一体であることを。
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