side story:橘唯奈のスキとキライ
橘唯奈のスキとキライ①
鏡に映る煌びやかな私を見て、つぶやく。
「私はすごい」
そうやって自信を持って、自分を強く見せて、戦う。
実際、何をやるにもうまくいった。
16歳で声優デビューし、同アニメでキャラ名義ながら歌手デビュー。すぐにアーティストデビューのオファーがあり、シングル発売。ライブ活動も始め、17の時には武道館にも立った。
「でも、もっとできる」
私は欲張りだ。
一つのことに収まりたくない。何でもできる。私が望むもの何にでもなりたい。
だから、声優になった。
役者として色々な役になれ、様々な人生を疑似体験できる。それは人だけじゃない。動物、ロボット、天使に悪魔、普通の人では味わえない人生を満喫できるのだ。
それに演技だけではない、歌にも自信があった、さらにトーク力、喋るのも得意でラジオ、イベントなどでその力は存分に発揮された。それに美貌。可愛すぎる容姿は、写真映えし、声優雑誌や週刊漫画の表紙を何回も飾った。
マルチタレント、枠にとらわれない人間。
アイドル声優、声優のタレント化を批判する人もいるが、私にとって『声優』はうってつけの職業だった。
声だけに留まらない、この私の可愛さを活かして、何が悪い。
何にでもなれる。
私が望み続ける限り、人に求められる限り、選ばれる限り。
選ばれるためには、自信がなくちゃいけない。自分のことを、1番自分が信じてあげなくちゃならない。
今日も自信満々な橘唯奈の一日が始まる。
仕事の準備を終え、出ようとしたところ、マネージャーから電話がきた。
『役が決まりました。こないだ受けたアイドルアニメのです』
今日も私は選ばれる。
「はいはい、主役でしょ」
『いや、脇役です』
「はあ!?」
思わず大声を出してしまった。
挫折。オーディションでの主役落選。
といっても、完璧な私でさえオーディションに落ちたことは何度もあった。いくら私が素晴らしくても、キャラのイメージと私が合わないこともあるし、選ぶ人の声の好みもある。それに歌手としてデビューし、大活躍しているが、まだ高校にも通っている身なので、スケジュール上どうしても無理ということもある。
でもこのアイドルアニメのオーディションは本気だったのだ。主役を演じたく、自身で試行錯誤し、オーディションには自分の持てる力のすべてを出した。完璧なはずだった。
なのに落ちた。
「誰が、主役なのよ!?」
『えーっと佐久間稀莉さんっていう声優さんですね。新人さんみたいです』
気に食わない。
私もデビューして2年目の人間で、まだ新人扱いではあるが、気に食わなかった。
佐久間稀莉。
電話を終え、すかさず調べる。情報はすぐに出てきた。元々劇団に所属し、声優になったらしい。声優としての仕事はまだほぼなく、本当に駆け出しの新人だ。
しかし調べると母親はあの有名役者で、父親は映画監督。なるほどサラブレッドというわけだ。ますます気に食わない。
私は何でも持っているが、人一倍努力してきたつもりだ。
私の家は多少裕福かもしれないが、それでも普通の部類に入るだろう。小学校、中学校と公立の地元の学校だった。
そんな普通から私は飛び出した。自分の意志で、自分の覚悟で。
選んだのはいつも自分だ。
声優のオーディションに応募したのだって自分の意志。親の協力あってこそだが、私は私の力で声優になった。だから最初から揃っている人は、気に食わない。
「負けないから、佐久間稀莉」
× × ×
勝手にライバルに位置づけた佐久間稀莉と初めて会ったのは、オーディションの結果を受けてから2か月後だった。
その日は夕方の収録。学校があったので私は抜き録りだった。
「橘さんの後に、今日は佐久間さんの抜き録りもあるんですよ」
「げ」
音響監督の何気ない一言に、いつもは完璧な私は動揺し、その日の収録はなかなかうまくいかなかった。
「時間かかってごめんなさい!」
「そういう日もあるよ。お疲れ様」
完ぺきだったはずだ。新人声優ながら実力はあり、選ばれ続けたはずだ。甘い。まだまだ完璧じゃない。
そう反省しながら、収録ブースを出た時だった。
風が吹いた。
「おはようございます、佐久間稀莉です。はじめまして橘唯奈さん」
室内なのに、確かに風が吹いた。
写真で見たことはあった。でも、リアルで見ると全然オーラが違った。
「かわいい……」
「え」
突然、そう言われ、戸惑う女の子。
声がカワイイ。
容姿もカワイイ。
驚き、戸惑う姿もカワイイ。
「抱きしめてもいいわよね?」
「え、え?橘さん、それはちょっと」
「ぎゅー」
彼女の反対も無視し、抱きしめてしまう。
こんな衝動は初めてだ。あったかい。いい匂い。はぁはぁ。
「いいって、言ってませんよね!?橘さん!?」
彼女は必死に振り解こうとするも、私は抱きしめ続ける。
はぁー幸せ。落ち着く。心が満たされていくのを感じる。
……これって恋?
「私と稀莉の間に、時間は関係ないわ」
「な、なんで急に呼び捨てなんですか!」
3分ぐらい、そんなやり取りを続けた。
ライバル意識は、出会いにより一瞬で消えたのであった。
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