第32章 かなえる明日へ④
それがハッピーエンドだとしても、バッドエンドだとしても私の物語は終わらない。どちらを選んだとしても、現実の世界はまだまだ続いていく。
「はぁーーーーーーーーーーーーーーー」
何故か私は、青色の浴衣を着て足湯に浸かっていた。湯畑の硫黄の匂いにも慣れ、夕暮れになるにつれ、夏の暑さも和らぎ、過ごしやすい。
そして昨日のことを思い出し、自己嫌悪に陥る。
「何、長い溜息ついているのよ」
けど、一人ではなかった。
隣には浴衣姿の稀莉ちゃんが座っている。赤色の浴衣姿は新鮮で、「画になるな~」としみじみ思う。浴衣の裾を少しめくり、素足で足湯につかるのは、うん、なんだか扇情的だ。……意外と余裕じゃないか私。
「だってさ、携帯が!」
差し出したスマホには赤色の数字のマークが表示され、数字は限界突破している。連絡が追いつかないし、私へのSNSへのコメントも無限に増え続けている。
「……まぁそうなるわよね。私の携帯だってほら」
見せられた携帯には何ページにもわたる着信履歴。誰から来ているか見たくないので、目を逸らす。
「アハハ……」
笑うしかない。この状況を作ったのは紛れもなく私だ。
「いつまでへこんでいるのよ」
「どうかしていたんだよー」
「言ったのは奏絵でしょ」
「やったのは私、私だけどさー」
稀莉ちゃんの言葉で、公開告白の後のことを思い出す。
× × ×
同棲と、付き合っていることを告げ、配信の最終回は幕を閉じた。
カメラが止まった後は静寂で包まれた。
「ごめんなさい。植島さん、スタッフの皆さん。番組を私的なことに利用して申し訳ございません!」
そんな沈黙した世界を私が壊す。
現実は続く。言いっぱなしで終わりではない。
スタッフたちは私に何を言ったらいいか、戸惑っている。そんな中、口を開くのは、やっぱり植島さんだった。
「吉岡君、やってくれたね」
「……はい」
「せめて事前に相談できなかったのかな」
「……その通りです。ごめんなさい、本当にごめんなさい。でも」
逃げない。
前を向き、相手の目をしっかりと見る。
「後悔はしていません」
時が戻ったとしても同じことをするだろう。何度だって繰り返し、変えようとする。
「私と稀莉ちゃんの事情は番組には全く関係ないですが、現状を変えるにはこれしかなかったんです。同棲……といっても監視役はいるし、条件付きで、このままでは私たちの関係は終わっていました。ああ、そういう意味では番組も関係してますね!たぶん同棲解消したり、別れたりしたら、会話がぎこちなくなって、たぶんこの番組は終わります」
この緊張感に耐え切れなくなったのか、スタッフの一人が「無茶苦茶だ(笑)」と噴き出し、つられて周りも笑う。あれ、そんなに面白いこと言った?こちらはいたって真面目に謝罪をしているつもりなのだが。
「はははっはは、最高に面白い。まさかとは思っていたが、そのまさかとは」
そして植島さんまでも笑い出す。
「君は、君らは私の想像を超えてくる。行動が、展開が全く読めない。最高だ、台本におさまらない」
筋書きのないドラマだと嬉しそうに語る。
「すばらしい、これが、これこそが私の目指した化学反応だ!」
大絶賛だ。私の失態を褒めすぎだろう。
さらにスタッフたちものってくる。
「アニメなら間違いなく神回だったよな」
「かっこよかったですよ、よしおかん」
「あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ。女性声優2人が料理配信していたと思ったら、同棲宣言をしだした。何を言ってるのかわからねーと思うが……」
「創作が捗る!」
「SNSめっちゃ盛り上がってますよ!トレンド独占っすね」
重かった空気はどこへやら。白熱し出し、話題にされているこちらが恥ずかしくなる始末だ。
「あの、その、みんなありがとう!」
私の言葉に、グッと親指を立てる。その笑顔で、心が安堵する。
「ラジオは続けるよ。もう炎上には慣れっこさ。局には怒られるだろうが、まぁそれも人気でカバーしてくれるだろう。もっと面白くしてくれ」
植島さんの言葉が心強い。
そして、彼女が私の手を握る。
「ええ、奏絵と私ならもっと面白くなるわ。私たちは最強よ!」
もう隠す必要はないとばかりに、スタッフがいるのに彼女の距離がやたら近い。周りもヒューヒューと冷やかすでない!
「最強、ね。ならまずは通販グッズを完売してもらおうか」
「余裕ね」
「今年のラジオの最優秀賞もとってもらうよ」
「とったも同然でしょ」
「なら」
「何でも来なさい!」
稀莉ちゃんが強気で植島さんに言い返す。私の言葉でパワーアップさせすぎた気がする。無敵スター状態だ。私も、今なら何でもできてしまう気がする。
「心強いな。吉岡君、これからが大変だぞ。それでも選択した。なら、私たちはついていこう。この化学反応に、いや、歴史的瞬間に」
「はい!」
大言壮語すぎる。けど、そのために暴露したのだ。変わる、世界は、色は変わった。変えたのはこの私だ。
「配信第2弾もやりましょうよ」
「今回のディスク化したら売れますよね?神回爆売れですよね!?」
「売るのは辞めてください!」
「さぁ、忙しくなるぞ」
馬鹿だ、馬鹿たちがいる。
でも、私たちを否定せず、受け入れてくれる。
ただ、皆がこういうわけではない。嫌に思う人もいるし、私の行動は褒められたものではない。稀莉ちゃんの事務所や、互いの両親の反応が怖い。
何にしろ前代未聞だ。結婚しましたーと報告する人はいるけど、同棲してます!と発言する声優がどこにいるというのだ。うん、ここにいる、いるんだけど!
でも、けど、私と稀莉ちゃんをそのままで理解してくれることは嬉しくて、スタッフたちにはまたしなきゃいけない恩返しが増えたと思うのだった。
「よし、グッズで婚姻届けつくろう。もちろん二人の名前が記載済みで!」
「ウェディングドレスをイベントで着るのはどうですか?」
「それいいですね。写真、いやパンフにして売りましょう」
「売れますね、ビジネスの匂いがします」
「コラボしてリング売りましょう、リング」
「男性にはハードル高いかも。なら、リングネックレスにして」
「採用。私、伝手があるので連絡してきますね」
「早く次のイベント会場をおさえよう。鮮度だよ、鮮度。来週にでもイベントしよう」
「リスナーたちで二人が退場の際にフラワーシャワーしましょう。絶対盛り上がりますよ!」
「植島さんが神父の役したら絶対ウケるって」
「どうしてもというなら……」
いや、ノリ良すぎだよね!?妄想が広がりに広がる。植島さんまで乗るなんてカオスだ。
「皆、おかしいですね」
「「一番オカシイ人に言われたくない!!」」
見事にスタッフの声がハモったのであった。
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