第32章 かなえる明日へ③
あの日、唯奈ちゃんに背中を押され、私は稀莉ちゃんに気持ちを伝えた。
「稀莉ちゃん、私のワガママを聞いて!」
彼女は怪訝な顔をした。
「なによ、我儘って」
そして、私は計画を話し始めた。
私たちの現実を変えるために、同棲を暴露する計画を。
初めは中止になったイベントの代わりという体で、配信を開始する。
「まず下地をつくっておくんだ。私たちが同棲していても可笑しくないという雰囲気、空気をつくり出す。少しでも誤魔化せるように、事実を違和感なく受け入れてもらえるように環境を整えるの」
そうやって積み重ねた上で、もしかしたら本当に同棲しているのでは?と思わせるほど仲の良さをアピールする。そして、
「ラストの生放送で同棲は企画じゃなくて、本当のことでしたーと暴露する」
私たちは同棲しており、本当に互いが好きだと伝える。条件も、許可もすべて無視して、気持ちを貫き通す。それがこの行き場のない苦悩を打ち破るために、私が考えた方法だ。
「……馬鹿じゃない?」
怒るでもなく、笑うでもなく、稀莉ちゃんはあきれ顔だ。
「知ってる、馬鹿だよ」
本当に馬鹿みたいな方法だ。
「認めてくれないわよ」
その通りだ。
稀莉ちゃんの両親も、私の両親も、事務所も認めてくれないだろう。リスナーは受け入れてくれるかもしれないけど、それは全員ではない。離れるファンもいるだろう、稀莉ちゃんガチ勢は怒るかもしれない。それにこれからの仕事にも大いに影響してくるだろう。
それでも、
「稀莉ちゃん」
「うん」
「私は思ったんだよ、認めてもらう必要なんかないんじゃないかって」
「へ?」
「いや、認めて欲しいよ。祝福はされないにしても、この同棲を続けたい。続けていいよと言われたい」
けど、現実はそんなに甘くない。
だから、無理にでも押し通す。
「私たちは悪くない。だってお互いにこんなに好きなのに、一緒にいちゃいけないって可笑しいんだ。認めてくれないなら、悪いのは世界だ。なら力業でも、周りを味方につけてでも世界を変える。宣言したらこっちの勝ちだよ」
稀莉ちゃんの両親が認めなくても、
条件を達成できなくても、
私の両親が嫌な顔をしても、
事務所が反対しても、
それでも認めさせる。認めざるを得ない状況をつくりだす。こいつらには何をいっても無駄だと思うほどの気持ちを見せる。
それが私の“ワガママ”だ。
「ふつうじゃないわ」
最もな彼女の言葉に、私は返す。
「ふつうじゃない私にしたのは誰だよ」
振り回したのは、私の心に火をつけたのは、呪いのように言葉を送ったのは、どんなことがあっても立ち向かってきたのは、稀莉ちゃんだ。
「でも、すべてを失う可能性だってあるわ」
彼女の言葉の通り、稀莉ちゃんの両親や、事務所がそれでも認めず、抵抗してきたら私は敵わないかもしれない。
それに声優の選考基準は実力や今までの実績もあるが、重要なのは印象だ。これだけトラブルを起こしたら扱いづらいと思われるだろう。
「けど、ここまでぶちまけたら注目度はあがると思うんだ。炎上したらさ、役をゲットする確率もあがるかも」
「劇薬すぎるわ」
「知ってる。でもあの時の炎上のおかげでこれっきりラジオは人気出たよね」
「……誰のせいかしら」
「君のせいだよ」
稀莉ちゃんに否定する資格はない。一度彼女が行ったワガママを、素直な気持ちの告白を今度は私がぶちまける。
「それにさ、私はずっと稀莉ちゃんと生きたいんだ。今は隠せても、いずれ同じ問題はきっと起きる。いつまで隠しておくことはできないよ。別に日本の法律を変えようとは思わないし、抗うつもりもない」
社会や制度を変えたいと思わないし、誰かの味方になりたいわけでもない。
「ただ私でありたい。稀莉ちゃんと一緒に笑える自分でいたい。それが私のワガママだよ」
ただ好きな人と一緒にいたいだけだ。そのために私の、私たちの世界の色を変える。
いったいそれの何が悪いと言うのだ。
× × ×
コメントで画面が埋まる。
戸惑い、驚き。突然の私の本当に同棲してます発言に視聴者はついてこれていない。いったい画面の向こうの皆はどんな顔をしているだろう。
スタッフにだって知らせていない。慌てている人、驚く人、指示を必死に飛ばす人。すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだが、もう逃げられない。
けどカメラは止めず、回してくれている。ありがたい。
私は言葉を続ける。
「けど、今更かもしれないね。わかっている人にはわかっていたかも」
好きって気持ちはとうにバレていた。
スタッフにだって勘付かれていただろうし、同業者にも、唯奈ちゃんにもバレバレだった。
「私のこないだのライブの東京公演を見てくれた人はわかるよね。あんな感動的な再会をしたらぐらっとくるよね、感情が揺れ動かない方が可笑しい」
色々なことがあった。良いことばかりではない。でもどんどん好きになっていった。
「同棲して、だいたい三ヶ月ぐらいです。でも、二人っきりというわけではないです。もう一人女性が一緒に住んでいて、言うなれば私たちを監視しています。稀莉ちゃんとは寝る部屋も別です。そこは安心して。安心してなの?」
誤解されないように説明を挟む。曲解されるかもしれないが、事実はしっかりと私から伝える。
「いつから好きかって?ラジオを始めた頃はムカつく女の子だったけど、すぐに好意を持つようになったかな」
コメントを拾って余裕ぶった風を装う。
「1番意識したのは、初のラジオイベントで告白されたことだよね。ディスク化されていなくてよかった。そのせいで噂は変な方向に広がったけど、炎上したけど、それはそれ。稀莉ちゃんの憧れ、私への想いはすごく嬉しかった。今でも覚えているよ」
稀莉ちゃんは口を挟まずに私の言葉をただただ聞いている。
今回は私が頑張る番。あくまで迷惑をかけるのは私だ。
「たくさんの思い出があります。いや語れないけどさ、ごめんごめん」
体裁を考えるな。
声優?条件?事務所?未来?
知ったことか。私は今、この場で彼女を選ぶ。
もっと気楽に考えろ。何とかなる。何とかなるんだ。
誰もこんなことはしたことない。未踏の地だ。足跡はない。
でも私は進む。
ただ、いたい。彼女といたい。
「そしてこれからも彼女とたくさん思い出をつくっていくよ。ラジオはさらに面白くなっていくから期待してね」
かっこよくない。
私はかっこいい主人公になれない。
世界か、彼女か。
世界を失うことは怖いけど、それでも彼女の手をとる。
認めないなら、認めさせる。怒られようと、それでも笑わせてみせる。
自分らしくあろうと、もう偽るのは辞めようと空を見上げる。
「私は稀莉ちゃんの彼女です、宣言するよ。できたら応援してくれると、嬉しいな」
晴れやかな顔で私は告げ、番組は終わった。
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