第32章 かなえる明日へ②
***
奏絵「はい、出来上がりました~」
稀莉「お弁当を盛りつけるだけのはずなのに、なんでこんなにアクシデントがあるのよ」
奏絵「追いオリーブ」
稀莉「ぎっとぎとじゃない!かければいいってもんじゃないわよ」
奏絵「この一手間が美味しさを引き出すんだよ」
稀莉「素人に限って余計なことをするんだから……」
× × ×
稀莉「はい、完成した料理を見ていくわよ」
奏絵「まず、私のから!カメラマンさんよろしく!」
稀莉「……よしおかんのは、何だか茶色いわね」
奏絵「今日の視聴者は男性が多いと思ったんだ。だから肉、肉、肉!。レンジで冷凍唐揚げをチンして、コロッケをレンジで」
稀莉「電子レンジばっかり!」
奏絵「豚バラはちゃんと焼いた」
稀莉「焼くだけじゃない!その結果、追いオリーブの餌食に……。それにご飯大盛すぎじゃない?蓋閉まるの?」
奏絵「……だ、大丈夫だって。お、こら、うおおお、ほら閉まった!」
稀莉「無理やりすぎる!」
奏絵「大丈夫、食べ盛りだから!」
稀莉「そういう問題じゃない!」
奏絵「次は稀莉ちゃんのお弁当へ~。稀莉ちゃんのお弁当は彩り豊かだね」
稀莉「誰かさんみたいに偏ったお弁当じゃないわ」
奏絵「赤や、緑、カラフルで見た目が綺麗」
稀莉「見た目だけじゃないわ。梅干しは殺菌効果も見込めるから、お弁当にはピッタリなの。酸っぱさは体にもいいわ」
奏絵「稀莉ちゃん、お母さんみたいだね。『よしおかん』のおかんをあげるよ、きりおかん」
稀莉「いらない!それに言いづらい」
奏絵「きりまま?」
稀莉「イマイチね。それによしおかんにママって言われたくない」
奏絵「稀莉ねぇ、稀莉お姉ちゃん」
稀莉「姉呼びはいいわね」
奏絵「いいの!?」
稀莉「はいはい、そろそろアンケートとるわよ」
奏絵「私、よしおかんが良かった人は、1。稀莉ちゃんが良かった人は2を選んでください」
稀莉「2択。きちんと選びなさいよ」
奏絵「どうなるかな、ワクワク」
稀莉「えーっと私もワクワクするべき?」
奏絵「いい勝負していると思うんだ」
稀莉「どこからその自信が出てくるのやら」
奏絵「結果出ました。は!?」
稀莉「勝つとは思っていたけど、これは」
奏絵「6%と94%……圧倒的じゃないか、稀莉ちゃんのお弁当は」
稀莉「ネタで6%の人がよしおかんに入れてくれたのね、良かったじゃない」
奏絵「納得いかないー」
稀莉「じゃあスタッフさんからも投票してもらう?」
奏絵「納得いったー」
稀莉「自分でよくわかっているじゃない。じゃあ、罰ゲームをこの箱から引いてもらうわ」
奏絵「うう、やっぱりやるんだよね。それ、うわあああああ」
稀莉「何が書いてあるのよ。あ、同棲萌え台詞を3パターン言おう!だそうです」
奏絵「つらい、つらすぎる!私が、萌え台詞苦手なの知っているでしょ?」
稀莉「好評らしいわよ」
奏絵「だれに、どこで!?」
稀莉「私に」
奏絵「稀莉ちゃんにかー」
稀莉「やってもらうわよ。1つ目は、朝仕事で出ていく私にお弁当を渡す奥さん。2つ目は、仕事から帰ってきた私への一言。3つ目は、私へのおやすみの一言」
奏絵「細かい!それに全部稀莉ちゃんへって!」
稀莉「勝者は私よ、早くやりなさい!」
***
生放送はお弁当盛り付け対決と普段よりは地味な配信であったが、コメントは多く、おおむね好評だろう。
萌え台詞3連発という罰ゲームも受けたが、盛り上がってくれたらしい。恥ずかしくて、画面のコメントは見られなかった。
撮影はいまだ続き、私たちはつくったお弁当を食べながら話し続ける。
「二つの弁当を分けて食べるとちょうどいいわね」
「そうだね、稀莉ちゃん。ボリューム満点と、バランスよいお弁当の二つだからね」
「味は悪くない」
「えへん」
「いや、よしおかんはほぼ盛りつけただけだから!」
「気持ちがたっぷり入っているよー。稀莉ちゃんの気持ちもちょうだいよ~」
「わかったよわ。はい、あーん」
「なぜ梅干しでやろうとする」
「視聴者サービスよ」
「梅干しでやるな、梅干しで」
「ほら、一口で」
「うぐ、すっぱ!」
食べさせ合いや、和やかな会話を繰り広げながらも、頭の片隅では冷静でいられている。
失うことを恐れた。
壊れることを恐れた。
恐れて、無理だと諦めて、立ち止まった。
いや、立ち止まったわけじゃないと私は言う。頑張ったよ、私は頑張ったと。
覚悟がなかった。
いや、覚悟はあった。
勇気がなかった。
いや、勇気はあった。
彼女のことが好きだ。
それは紛れもない事実で、でも私から言えなかった。
配信がもうすぐで終わる。
「さてさて、この料理配信も今日で最終回ですー」
「ラジオはこれからもまだまだ続くからぜったい聞き続けなさい!」
「博多イベントができず、残念な気持ちでしたが、私たちも凄く楽しむことができました。皆も楽しんでくれたかな?」
「九州には絶対また行くわ!」
きっとこれは綺麗な答えじゃない。
「コメントありがとう嬉しいなー。それにしても同棲風配信ってうまくいっていたのかな?」
「まぁ、ただのバラエティーだったわね」
「あ、でも『二人が本当に同棲しているみたいだった』、『初々しさがあった』ってコメントもあるわ。嬉しいねー」
「『ぜひディスク化も!』と言われているわよ。スタッフよろしく頼むわ!」
間違った答えだ。
「そうだ、皆さんに言っておくことがあります」
この場でなくともいい。
誰も予測していない、的外れな叫び。
「今回の配信は企画でしたが」
でも、それでいいと決めた。ワガママでいいと。
私は声優、吉岡奏絵。
役者で、アーティストで、ラジオパーソナリティー。
「私と稀莉ちゃんは本当に一緒に住んでいます」
そして、稀莉ちゃんの彼女だ。
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