第32章 かなえる明日へ
第32章 かなえる明日へ①
物語の主人公になりたかった。
世界を守って、お姫様を救って、皆に称賛される。
勇者やヒーローはどんな辛いことがあっても挫けない、強い人だ。ヒロインを、仲間を大切に思いながらも、世界を、人々を救ってしまうのだ。
何でもできる、強い能力と、強い信念。
でも、それは空想の話。
私はそんな強い主人公になれない。
だから、私は――。
× × ×
その日が来た。
都内のキッチンスタジオに私と彼女がいる。お馴染みの「これっきりラジオ」のスタッフたちと共に、今日も料理配信である。
5回目ともなると、稀莉ちゃんのエプロン姿も見慣れ、この場所にも慣れたものだ。……料理の腕は一向に上達しないというツッコミは無視する。
けど、今日はいつもと少し違う。
「普段よりカメラ多いですね」
「ああ、これも君らの人気のおかげかな」
植島さんの冗談のような誉め言葉に乗っかる。
「じゃあパート2もやりましょうか~」
「いいね。どんどん難しい料理に挑戦していこう。肉じゃが、グラタン、それに」
「ごめんなさい冗談です!今日で最終回です、もう料理なんてしたくない!」
私の必死の言葉にスタッフたちが笑う。
……そう、今日で終わりだ。
「よしおかん、汗凄いわ、大丈夫?」
「……うん」
稀莉ちゃんに心配され、曖昧な返事をする。そして他のスタッフに聞こえないように、悲しそうな顔で謝る。
「私のせいよね?」
稀莉ちゃんのせい。
違う。これは私の、必死の抵抗、ワガママだ。
「違うよ、私が勝手にやることだよ」
「ううん、違うわ。私たちのすること」
でも、彼女は否定する。私だけのワガママじゃないと。二人がすることであるとわからせるため、私の手を握ってくる。
その温もりが優しくて、私の心を前へ進めてくれる。
「わかったよ」
彼女が許してくれるなら、何処にだって行ける。そう、きっと空だって、宇宙だって飛べるし、生きていける。
私たちは運命共同体、
「吉岡さん、佐久間さん、そろそろ始めましょうか~」
共犯者だ。
***
奏絵「はじまりました、これっきりラジオ、特別配信」
稀莉「ドキドキ同棲!?スペシャル、ちゃんと料理できるかな?」
奏絵「パチパチパチ」
稀莉「はい、5回目の今回でこの茶番も終了よ」
奏絵「茶番って、ひどいなー稀莉ちゃん」
稀莉「私の体力と心がすり減る、悪魔のような企画だったわ。二度とやらない!」
奏絵「開始の挨拶がそれって!?」
稀莉「今日はさらに悲惨なことが起きるわ。だって生放送なのよ!?失敗しても、食べなきゃいけないのよ?逃げられないのよ?」
奏絵「あ、皆からのコメントが流れている。『稀莉ちゃん逃げてー』、『稀莉様が無事でありますように』、『カメラを止めて!』。ひどいコメントばかりなんだけど」
稀莉「そりゃ今まであんな醜態をさらしていたら……」
奏絵「醜態って言うなー」
稀莉「……はい、ここに4回までの完成した料理の写真があります。ちゃんと振り返りましょう。はい、1枚目」
奏絵「形の悪いハンバーグ……、いや味は美味しかったから!」
稀莉「2枚目は目玉焼き。黄身がどこにいるかわからないわ」
奏絵「鮮やかすぎるー、君がいない夏~♪」
稀莉「急に歌わない!」
奏絵「黄身と君をかけました」
稀莉「やかましい!3回目はホットケーキ」
奏絵「うん、これも原型をとどめていないね……」
稀莉「4回目は餃子」
奏絵「皮から具が飛び出ている……」
稀莉「だいたい見た目が汚いわよね」
奏絵「……さぁ、5回目はどんな素敵な料理ができるかな!」
稀莉「今までの振り返ってよくそんなテンションに持っていけるわね!?」
奏絵「せっかくなら楽しまないと。それに今日の内容なら大丈夫」
稀莉「そうね、今日は正直料理とは呼べないからね」
奏絵「それでは今日の料理配信の内容を発表しちゃうよ」
奏絵・稀莉「せーの」
奏絵・稀莉「お弁当盛り付け対決~!」
パチパチパチパチパチパチ。
稀莉「スタッフが必死に盛り上げようとしているわ」
奏絵「今日は対決です!素敵なお弁当をつくって、どっちが良いか決着をつけるよ」
稀莉「アンケート機能をつかって、最後に視聴者の意見を集計するわ。負けた方には罰ゲーム」
奏絵「え、罰ゲームあるの?」
稀莉「ええ、このボックスから紙をひいて、書かれた罰ゲームをしてもらうわ!」
奏絵「もらうわ!って、もう私が負けたみたいな言い方しないで~」
稀莉「負けるでしょ」
奏絵「負けない!皆、応援して!」
稀莉「空気を読んで、『……』、『お、おう』、『できるといいですね』とコメントが流れているわ」
奏絵「おい、こういう時に一致団結するなー。素直に応援して!」
稀莉「あ、私への応援が。ありがとう、皆のために頑張るわ!」
奏絵「『やる前から投票決定しました』、『可愛さで圧倒的勝利』とか書いている奴らアクセス禁止にするからな!」
稀莉「視聴者数減らさないで!」
奏絵「それにしてもコメントで、リアルタイムで視聴者の反応が来るって、生放送ならではだねー」
稀莉「ええ、面白いわね。話がウケたか、ウケていないかが視覚的にわかる」
奏絵「怖っ。皆、温かいコメントをよろしくねー」
奏絵「じゃあじゃあ、テーブルを分けて始めていこうか」
稀莉「真ん中の料理コーナーから、好きな物を選んで盛りつけていくのね」
奏絵「野菜とか全てカットしてあるから今回は助かるわー」
稀莉「肉などは焼いてOKなのね。電子レンジも使用可と」
奏絵「よし、だいたいわかったよ」
稀莉「じゃあ、開始ね」
奏絵「レッツ」
稀莉「これっきりクッキングー!」
***
普通だった。
私にとっては普通だった。
でも、その普通は認められない。
世界は都合よくできていない。
……けど、そこで諦めるのは違う。
陽気なBGMの中、私の戦いが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます